とかげくん【背伸び】

 松ぼっくりの上に立って、ぼくはうんと腕を伸ばす。

 ころんとたまご型の松ぼっくりはぐらぐらするし、薄い鱗片はつま先立ちで踏ん張るにはちょっと頼りない。だけど、もうちょっとで届きそうなんだ。あのひとのしっぽの先。


 その日もぼくは「こんにちは」と挨拶をした。あのひとにはやっぱり聞こえないみたいだけど、いいんだ。ぼくは好きなひとに挨拶がしたい。届かなくたって、返事がなくたって、関係ないよね。

 だからぼくはいつも挨拶するよ。ちょっと恥ずかしいけど、いろんなことを話しかけたりもするよ。お花に話しかけたりするひといるでしょう? あんな感じだよ。返事はないけど、ときどきしっぽが揺れたりするんだ。あれって嬉しいよね。


 そうしたらその日、ご褒美みたいに松ぼっくりが落ちていた。あのひとのしっぽのちょうど真下に。

 松の木はとても大きいんだけど、あのひとはもっと大きいんだよね。だから、しっぽの先はいつも地面のすぐ傍にある。きっとぼくがもうちょっと大きかったらさわれるくらいに。

 断りもなくれるのって、きっと失礼だよね。だけど、松ぼっくりのすぐ上で繊細な金色がぼくを誘うように揺れている。


 もしあのたてがみの先に手が届いたら、あのひとの背に乗ることが出来るかな。

 もし耳元まで登っていって挨拶したら、あのひとはぼくに気がついてくれるかな。


 いろんなもしもが駆け巡って、ぼくは頭がくらくらした。


 ごくりと息を呑み込んで、松ぼっくりに手をかける。真ん中の辺りに両手をついてうんっと踏ん張ったら、松ぼっくりはころんと転がった。ころころころ……。勢いがついて、あのひとのしっぽとは随分離れたところでやっと止まる。

 ぼくはしたたかに打ち付けた腰をさすりさすり立ち上がった。それからちょっと考える。


 元の場所まで松ぼっくりを転がしていって、今度は勢いよく飛びついてみた。

 えいっ!

 落っこちないように鱗片にしっかり掴まったんだけど……。

 松ぼっくりは、あっち側にころん。きれいに一回転して、しっかり掴まっていたぼくは松ぼっくりに潰された。

 いてててて。松ぼっくりが軽くて助かったよ。

 

 もっと高く飛ばないとダメかな?

 ぼくは松ぼっくりを転がしながら考えた。


 次は助走を付けて、えいっ!

 いいぞ! 今度は松ぼっくりの随分高いところに足が届いた。だけどちょっぴり、勢いがつき過ぎていたよね。

 ぼくの華麗なキックを食らった松ぼっくりが、あっちの方まで転がってゆく。

 あれえ?

 今度は上手に着地出来たから痛くはなかったけれど、大失敗だ。


 松ぼっくりを転がしながら次の方法を考えていたんだけど。ふと目を向けたぼくの影が随分と長く伸びていた。

 大変だ。もうそんな時間?

 夢中になり過ぎていつもより長居しちゃった。今から帰ったら、おうちに着く頃にはもう真っ暗だよ。

 

 ぼくは松ぼっくりをあのひとの下まで転がしてため息をいた。見上げると、傾きかけた陽を受けてうろこが茜色に煌めいている。


 頑張ったけど、ぼくはまだあなたに届かないみたいだ。

 だけど、諦めないよ。

 明日はもっと頑張って、あなたに近づくんだ。


 さようなら。

 今日もいてくれてありがとう。

 あしたもきっと、ここにいてね。


 ぼくが声を張り上げると、大きなうろこのなかで遊ぶ光が応えるようにきらりと揺れた。

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