とかげくんとすいりゅうさん

早瀬翠風

第一章 とかげくんとすいりゅうさん

とかげくん【ぼくの好きなひと】

 ぼくの好きなひとはね、すっごくきれいなんだ。

 それはもう、夢みたいにね。

 それから、すごく大きい。


 ぼくはね、ちっちゃいんだ。一生懸命背伸びして、松ぼっくりの天辺てっぺんにやっと手が届くくらいだよ。体色もうすい茶色でぱっとしない。


 ぼくの好きなそのひとはね、透き通るようなみずいろ。

 おひさまの光にきらきら、きらきらと輝いてね。とってもきれい。大きなうろこのひとつひとつにゆらゆらと色が揺れている。周りを映して七色に煌めく様は、まるで大地を流れる清流をそのまま引っ張り上げたみたいなんだ。

 その清流の真ん中に、金色のたてがみがそよいでいる。金色と銀色のちょうど中間みたいな淡い色目で。絹糸みたいに繊細で。それが風にさらりとなびくたびにぼくはどきりとする。


 川をそのまま引っ張り上げたみたいなんだから、ものすごく大きいよ。

 村の外れの丘の上に大きな松の木があるんだ。小さなぼくが見上げても上の方なんて全然見えない。すごくすごく大きな木だよ。ぼくの好きなそのひとは、いつもその木に巻きついてお昼寝している。松の濃い緑色のなかで、みずいろのうろこを翡翠色に染めて。すっごく、すっごく。ものすごーく、きれいなんだよ。


 だけどね。あのひとが一番きれいなのは、そらを翔けているとき。

 空を映して、雲を映して、大地の色も煌めく季節も、全部を吸い込んで。息を呑むくらい美しいんだ。


 初めてそれを見たとき、ぼくは心臓が止まったかと思った。

 ぼくの好きなひとは翔けるのもすごく速いから、それは本当に一瞬のことだった。遠ざかってゆくそのひとをほうけたように見つめて、それから慌てて追いかけた。


 さっきも言ったけど、ぼくはすごく小さい。そのひとがあっという間に翔け抜けた距離を、一日の半分かけてやっと辿り着いたんだ。

 拓けた丘の上にぽつんと立つ松の木は、立派だけど寂しいとずっと思っていた。ひとりぼっちって、つまらないよ。だけど今、松の木は独りじゃない。ごつごつした太い幹に美しいみずいろを纏って、誇らし気に立っている。


 上の方は高すぎてぼくには霞んで見えないけれど、あのひとが大きな欠伸をした。

 え? 見えないのにどうして分かるのかって?

 そりゃあ、分かるよ。

 くわあ。って、大きな音がしたって思ったら空気がびりびりって震えて。地面がぐらぐらって揺れて。なのにきれいなしっぽの先がね。とっても満足気にゆらりと振られるんだ。

 みずいろがきらきらって光って、金色がさらりと流れて。尻もちをついたぼくの上に何だか温かくて優しいものが降ってくる。


 あれは何なんだろう。

 ぼくには分らないけれど、ここはとても心地が好い。

 ぼくはね、あのひとが大好きなんだ。


 だけどぼくはとても小さいから、きっとあのひとはぼくのことを知らない。


 いつか、ぼくのことを見てくれるといいな。

 こんにちは、って。挨拶をするぼくの声が届くといいな。


 ぼくはとても小さいけれど、頑張って頑張って、きっといつか叶えたいと思うんだ。

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