新生活②




しばらく悠は、メグミの様子をぼんやりと見ていた。 彼女には無駄な動きなんてなく、手際よく掃除を行っている。 それを見て、5分くらい経っただろうか。

ふと顔を横へ向けると、あるところに目が留まった。


―――・・・あれ?

―――花瓶、ここに置いていなかったっけ。


棚の上にあった、薔薇が飾ってある花瓶。 目立つ青色をしていたので、自然と脳裏に焼き付き忘れるはずがない。 

花の行方を辿っていると、メグミがその様子に気付き声をかけてきた。


「どうかなさいましたか?」

「・・・あ、ここにあった花瓶、知らない?」

「花瓶・・・ですか?」

「うん。 薔薇が挿してあったんだけど」

「いえ・・・。 私が朝ここへ来た時には、なかったと思いますが」

「そ、っか・・・。 ならいいや」


この一瞬で少し悲しそうな顔をすると、その表情が見えてしまったのかある提案を出してくる。


「花瓶、新調しましょうか?」

「ううん。 そこまでしなくていいよ」


メグミの気遣いに柔らかな笑みを浮かべてそう答えると、彼女はそれを見て安心したのか清掃を再開した。 

悠は元々この病室にあった花瓶を気にかけていたのであって、どうしても花瓶がほしいというわけではない。 

それはリーナが毎日花の世話をしていただとか、薔薇を付け加えたりだとか、そういう思い入れで気になっていたわけではなかった。

元はと言えば父が一番最初に用意してくれたもののため、簡単には手放したくなかったのだ。


―――あの青い薔薇、結構気に入っていたんだけどなぁ。

―――・・・あれ、確か昨日、その花瓶って・・・。


あまり昨日のことは思い出したくないのだが、自分の心を乱れないよう制御しつつ記憶を辿る。 

すると舞のことを知る前に、リーナが花瓶を持って病室から出て行ったことを思い出した。


―――あの時、リーナお姉さんは花瓶の水を替えに水道へ行ったんだ。

―――だからもしかしたら、今も水道に置いてあるのかもしれない。

―――・・・後で見に行こうかな。


今すぐに動いてもいいのだが、朝だからなのか身体が重いため、今見に行くのは諦めることにした。 

そして検温の時間までまだ少しあり二度寝しようと思ったのだがなかなか寝付けず、寝返りを打っているうちに6時になってしまう。


―コンコン。


「ハルちゃんメグミちゃん! おはよーう!」


ノックの音が聞こえると同時に放たれた、ナースの畑中の元気な挨拶。 相変わらずの彼女に、悠はどこか安心を憶えた。


「おはよう、畑中さん」

「おはようございます」


―――・・・あれ、畑中さんは既にメグミお姉さんのこと知っているんだ?


第一声で名を呼んでいたため、ふとそのようなことが頭を過る。 不思議そうな面持ちでナースのことを見据えていると、畑中が顔を覗き込んできた。


「ハルちゃん、大丈夫? 少しは落ち着いた?」

「うん・・・。 一応」

「でもまだ、目が腫れているわね。 後で冷やすもの、また持って来ようか?」

「あ、お願いしようかな」

「分かった」


そして検温の支度をしながら、今度はメグミの話題となる。


「メグミちゃん、いい子でしょう?」

「え?」

「律儀だし、ハルちゃんも安心してメグミちゃんに任せられるわね」

「・・・」


―――・・・そうか。

―――畑中さんなんだ、僕の担当を代わるように言ったの。


そのようなことを思うも、特に彼女を責めるようなことはしなかった。 

だって畑中はメグミに代わり本当に心から安心しているのか、彼女から発せられる言葉には全て温かみが感じられたから。 

その優しさに気付いた悠は、何も言うことができなかった。 リーナを追い出したのは確かに自分だが、リーナは悪気があってやったのではないと分かっていながらも。

すると畑中は悠を検温しながら、優しい表情でこう言葉を紡ぎ出した。


「リーナちゃんからメグミちゃんに代わったことによって、少しは気持ちが休まるといいわね」


もちろんその言葉にも――――嫌味なんてものは、感じられなかった。



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