選択③




気持ちの表れか、行きよりも戻る方が足取りは重く、ゆっくりとみんなのいるところへ歩いていくと悠が笑顔でこちらに手を振ってきた。


「あ、お姉さん!」


気は重たいままだが、彼の笑顔を見ると何故か自然と心が軽くなる。 今の時間を楽しそうに過ごしている悠のもとへ着くと、彼は小さな声で尋ねてきた。


「お姉さん、話って何だったの?」

「・・・」


そう聞かれ、早々戸惑うリーナ。 すぐに答えないリーナを見て何か思ったのか、悠からは徐々に笑顔が消えていく。 だがそんな彼を見て、慌てて柔らかな表情を作り言葉を返した。


「大した話じゃないよ。 ハルくんは気にしなくて大丈夫」

「ふーん? そっか」


悠はリーナの笑う顔を見て、自分の顔にも笑顔を張り付けそう返事をする。 この時、タクミと話していた内容のことを思い出した。


―――これが、相手の笑顔を守るためにつく、嘘・・・。


自然と発してしまった偽りの言葉に戸惑うも、これはいいことだと自分に何度も言い聞かせる。 話されたのは舞のことで、どこからどう見ても大した話では済まされない。

これは一人の命に関わることなのだ。 だけどそんな重大なことは悠本人には言えず、彼を心配させないためにも嘘をついた。 そして、思い出したのはもう一つ。


―――私が笑ったら、ハルくんも笑ってくれた・・・。

―――これがあの時教えてくれた、人は自分を映す鏡・・・。


今実際言葉通りの光景を見せられ、タクミの言っていたことに納得する。 舞のことについて悩んでいる今、その確かな情報はリーナをかなり助けるものだった。

その言葉が本当だとしたら、もし悠が悲しんでしまった時自分が笑えば、彼も笑ってくれるのだろうか。


「お姉さん! 今ね、舞ちゃんと一緒にお絵描きをしていたんだ」

「お絵描き? 何を描いていたの?」

「これ!」


そう言って、悠は笑顔で一枚の紙を見せてくる。 そこに描かれていたのは、色鉛筆で描かれたとても大きくて綺麗な、海の景色だった。 

海の色は一色だけでなく、水色やロイヤルブルー、青や藍色を上手く使いこなし塗られている。 そのおかげか、とても生き生きとした作品になっていた。


「凄く綺麗な海だね! たくさんの青色が綺麗に混ざり合って、凄く印象深い色になってる。 今にでも、波の音が聞こえそうだね。 

 それにやっぱりハルくん、青系の色が好きなんだ」

「え、どうして分かったの?」

「ふふ」


好きな色を当てられたことに素直に驚く悠だが、リーナはそこは笑って流す。 

だが自分を知ってくれていることに嬉しく思ったのか、悠は笑顔になって今度は舞の描いた作品を紹介した。


「お姉さん! これはね、舞ちゃんが描いた絵なんだ!」


そう言って、もう一枚の紙をリーナに見せてくる。 彼女が描いた絵は、たくさんの花が描かれている花畑だった。 

ピンクや黄色、水色などパステル調をメインとした花たちが、女の子らしさを表しとても柔らかい光景を生み出している。


「とても綺麗なお花畑だね! 私もここ、行ってみたいなぁ。 色んな種類のお花があるし、凄くいい香りがしそう。 舞ちゃんは、お花好きなの?」

「はい!」


舞は笑顔でそう答えた。 だが楽しそうに笑う彼女を見て、リーナは一瞬顔が引きつる。


―――・・・舞ちゃんは今、悲しくないのかな。

―――どうして、そんなに笑っていられるんだろう。


彼女はこれから起こることなんて何も知らないといったような、とても純粋な表情を見せていた。 違和感のないその笑顔に、リーナは引っかかる。


「舞ちゃん、他にも絵を描こう!」

「うん、いいよ! 次は何の絵を描く?」

「んー・・・。 じゃあ今は風景を描いたから、今度は生き物とか?」

「いいね! 可愛い動物にしよう」


一方、リーナの事情なんて知る由もない二人は、また楽しそうにお絵描きをし始めた。 

そんな彼らの光景を見守るよう、リーナは少し遊び場から離れ近くに設置してあるベンチに腰をかける。 そして深い、深呼吸をした。


―――今一番悲しいのは、舞ちゃんなんだもんね。

―――・・・そうだ、ここは病院だ。

―――ここにはたくさん、命に関わる人たちがたくさんいる。

―――・・・ここではたくさんの人が生き延びて、たくさんの人が亡くなっているんだ。


遊び場にはほとんど子供しかいないが、彼らもきっとどこかしらに怪我があり、病気を持っているのだろう。 

その怪我や病気が必ず治るとは限らないのに、彼らは今の時間を精一杯楽しんでいる。 舞はその中の、一人にすぎないのだ。


―――なのにどうして・・・今回命がなくなってしまうのは、舞ちゃんなんだろう。

―――他にもたくさん、患者さんはいっぱいいるというのに・・・。

―――どうして・・・舞ちゃんを、選んだんだろう。


「お姉さん! こっちへ来て!」


悠はそう言って、笑顔で手を振ってきた。 そんな彼を見て再びリーナは笑顔を無理に作り、悠と舞のいるもとへと歩いていく。


―――・・・命がなくなってしまうのが舞ちゃんじゃなければ、私は深く考えることもなく、ハルくんもずっと笑顔でいることができるのに。

―――人間って私たちが思うよりも、ずっと弱いんだな・・・。


リーナたちロボットは、動かなくなっても修理に出せばすぐにまた命を宿すことができる。 だが悠たち人間は、命は一度きりなのだ。 

それが人間とロボットの、明らかな違いだった。



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