出会い③




数時間後


「んっ・・・」


悠はゆっくりと、目を開ける。


―――あれ・・・。

―――僕、寝てた・・・?


先程までの記憶があまりなく、いつ寝てしまったのかも憶えていない。 退屈過ぎてすることもないせいで、いつの間にか眠っていたのだろう。 

意識が徐々に戻っていき頭も目覚める頃、ふと耳には“カツカツ”といった、聞いていて心地のいいリズミカルな可愛らしい音が届いてきた。

“何だろう?”と思い、その音が聞こえる右の方へ首を動かす。


「・・・あ、おはようハルくん」


するとそこには、編み物をしているリーナの姿が目に入った。 彼女はまたもや優しい表情で、そう挨拶をしてくる。


「・・・何をしているの?」

「ハルくんが寝ちゃったから、編み物をしていたんだよ」


悠が目覚めると“やっと自分の役目が来た”といったように、編み物を隣にある棚の上に置いて、座ったまま悠の方へ身を乗り出してきた。

置かれた水色のふわふわとしたものに一度目を移すと、続けて彼女に質問していく。


「どこから持ってきたの?」

「ハルくんが寝ている間、急いで家まで戻って取りに行ってきたの」

「・・・そうなんだ」


ここで一度会話が途切れると、今の時刻が気になり足元の方へ視線を移動させた。 壁にかかっている時計を見るなり、再び視線を天井の方へ戻す。


―――5時半、か・・・。

―――1時間以上、寝ていたのかな・・・。


寝ている間に他にもすべきことがあったのではないかと思い少し後悔するが、今の自分の状態を思い出した悠はすぐさまその悪い思考を排除した。

その瞬間、自分の右手に違和感を感じる。


「ッ・・・!」


突然妙な感触を憶えそちらへ視線を移すと、リーナが悠の右手を両手で包み込んでいる光景が一度に広がる。 

その瞬間、怖気立った悠は彼女の手を振り払おうと、右手を勢いよく振り回そうとした。


「ッ、触る、なッ、うッ・・・」

「あ、駄目だよハルくん! 一気に大きく動かしちゃ!」


腕を動かした途端、一瞬にして痛みは身体中に伝わり小さな呻き声を上げてしまう。 そんな悠を見て、慌ててリーナは少し怒ったような口調で、悠の右手を元の場所に戻した。

だが逆にそんな彼女を冷たい目で見つめ、心の中で一人呟く。


―――・・・僕のお母さんかよ。


だけど、あんなに笑顔を絶やさなかった彼女が再び違う表情を見せたことに、悠は少し新鮮な気持ちを抱いていた。 

最初は笑ってばかりで人間離れしている彼女に恐怖を憶えてしまったが、その不安は時間が経つごとに少しずつ解れていく。


「でもそろそろ、身体を動かす練習をしないとね」

「まずは手を動かしたい」

「手よりも先に、最初は上半身を起こすところからやろうか。 少しくらい起き上がれないと、色々と不便でしょ?」


不便なのは手が使えないのもそうなのだが、寝たきりではまともな食事もとれないと思い、彼女の指示に素直に従うことにした。

リーナは一度席を立ち、ベッドの横にあるレバーに手をかける。 そのレバーを動かすと、ベッドの三分の一が動くようになっていた。

ベッドが動く場所と悠の腰の位置を確認し、様子を見ながら少しずつ状態を起こしていく。


そして――――数分かけ、45度くらいまで何とか起こすことに成功した。


「うッ・・・。 いた、い・・・」


久々に動かした身体は、かなりの悲鳴を上げている。 腰付近だけでなく、痛みは全身にも伝わってきた。 だけどこの痛みに耐えながらも、更に挑戦しようとする。


「もっと、起こして」

「だーめ。 今日はこのくらいね」

「どうして! やれるうちにやっておかないと!」

「一日でたくさんのことをこなそうとするのは駄目。 明日、身体に支障が出ちゃうかもよ? そんなに焦らなくても、時間はたっぷりあるんだから。 少しずつ、治していこう?」

「・・・」


断固と否定する彼女に、悠は視線をそらす。


―――本当に・・・僕のお母さんみたいだ。

―――いや、お母さんの方がもうちょっと優しいかな。


リーナは悠のお手伝いさんだと聞いていたが、何でも悠の言うことを聞いてくれるわけではなかった。 

大体の望みは叶えてくれるものの、悠のことを思ってか危ないと思ったことはちゃんと止めてくれる。 本当は感謝すべきなのだが、何故か少し腑に落ちない。

その時――――ドアから、元気よく一人のナースが現れた。



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