出会い①




数日後 朝



―――んっ・・・。


悠はゆっくりと目を開ける。 カーテンの向こうからは眩しい日差しが覗いており、病室を明るく照らしていた。 電気はついてなく室内が明るいことから、朝が来たのだと分かる。


―――今、何時だろう。

―――・・・。

―――あぁ、天井に時計があったらいいのに。


首を少し左右に動かすことができるようになったのだが、まだ45度くらいしか傾けることができない。 無理に首を動かし悠から見て斜め右下にある、時計の方へ目をやった。


―――8時前、か・・・。

―――あれ、でも僕さっき一度起きたような・・・。

―――また寝ちゃっていたのかな。


病院では毎朝6時に、ナースに起こされる。 そこで検温などをし、体調を確認するのだ。 だがその時間帯はまだ眠たく、朦朧とした頭で話を聞いていたためよくは憶えていない。 

ナースが退室した後、再び寝てしまったのだろう。


それから数分が経ち8時になると、改めてナースが病室へ入ってきた。 この時間は朝食だ。 

といっても悠は起き上がることすらままならないため、ミキサー食をチューブで通し、何とかお腹を満たしていた。 

当然それだけでは食べた心地がしなく嫌なのだが、普通の食事はせめて上半身を起こすことができるようになったら、のこと。 


カーテンを開け朝食も済んだ後は、見やすいようテレビをベッドの方へ近付けてくれた。 続けて、悠の要望である教育番組にもチャンネルを回してくれる。

ドラマやバラエティ、旅番組などが放送されている中、教育番組をあえて選んだのだ。 その理由は、少しでも頭を働かせたかったから。 “勉強に置いていかれる”という焦りが、少しはあったから。 

この番組なら為になる情報を得られるため、積極的に見ている。

だけど昼になるにつれ内容はどんどん難しくなっていき、最終的には高校生向けのものになってしまうことから、後半はテレビから視線をそらし外を眺めていることが多かった。


―――高校生になったら、意味の分からないものをたくさんやるんだなぁ。


聞き慣れない単語を聞き流しながら、空をぼんやりと見つめ続ける。 この時間は、気楽でとても心地よかった。


そして時間が経ち、12時からは昼食の時間。 食事を終え13時になると、今度は親が悠の見舞いに来てくれた。 流石に連日は来れないため、毎日父と母が交代で様子を見にきてくれる。 

わざわざ仕事を休んでもらっていることから、申し訳なくも思っていた。


「悠、今日は悠の好きな曲をたくさん持ってきたのよ。 それと、いくつかの本だって。 それに昨日悠の好きなテレビ番組がやっていたから、録画もちゃんとしてきたわ」


今日は母が訪れてくれた。 父や母は手ぶらではなく、少しでも悠に楽しい時間を与えようと色々考えてくれている。 ただのお喋りだけでなく、言葉遊びや簡単な本の読み聞かせなど、毎日工夫をして。 


「ねぇ、お母さん。 僕、勉強したい」


素直な気持ちを母に伝えてみた。 すると彼女は心配をかけないようになのか、優しい表情を浮かべこう返してくる。


「大丈夫よ、そんなに焦らなくて。 悠は頭がいいんだから」

「じゃあ、せめてもうちょっと難しい本の読書だけでも」

「ふふ。 それも、起き上がれるようになってからね」


そう言って、悠の頭を丁寧に撫でた。


18時からは夕食のため、母とはここでお別れとなる。 食事をとった後、寝る時間までは母から貰った曲を聞いたり、録画してくれたDVDを見たりして過ごした。 これが悠の入院生活の日常だ。 

特に目立ったものは何もない。 “退屈でつまらない日々を過ごすことになるんだろうな”と予め覚悟していたため、特に苦しくは感じなかった。 だけど、飽き飽きしているのは事実である。 


もっと他に楽しいことでもあれば、生きている感覚が得られるのに――――






約一週間後 昼



悠は首を、病室のドアの方へ向ける。 時刻は14時を過ぎていた。 だけどこの部屋にいるのは、悠だけ。 いつもならこの時間帯は、父か母のどちらかがいるはずなのに。


―――順番的に、今日はお父さんだけど・・・。

―――今日は来れないのかな。


両親が見舞いに来てくれない寂しさに、改めて彼らの存在に有難みを感じていると――――そこからおよそ一時間後、ドアから父が息を切らして現れた。


「悠! 今日は遅くなってごめん!」

「お父さん!」


その声が聞こえるのと同時に、悠は思い切り首を右の方へ曲げる。 この時は既に、悠の首は180度傾けることができていた。 ――――動かせるのは、まだ首だけなのだが。

父に対し何か言葉をかけようとしたのだが、彼は病室の中へ入ると前置きもせず先に話を切り出してきた。


「悠、今日は紹介したい子がいるんだ」

「紹介?」


父が来てくれたことにより自然と笑顔になっていた悠だったが、その一言で少し不安を覚える。


「あぁ。 おいで」


そう言って父がドアの方へ身体を向けると、今度はそこから見知らぬ少女が一人現れた。 彼女は細身で、茶髪のロングストレートヘアをしている。 

そして頭には、ピンク色の可愛らしいカチューシャをつけていた。 更に服装は白を基調としたワンピースを着ており、ところどころに入っているピンク色の線が、愛らしさを増している。

その少女は病室の中へ静かに入ると、悠に向かって優しい笑顔を見せてきた。


「私の名前はリーナ。 ハルくん、よろしくね」



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