第09夜 私の一日が終わりを告げる日!

ごめんなさい、今は告白しません…。


逃げるように旅館に帰宅した香澄の身体は冷え切っていた。

雪はその後も深々と降り積もり、山の積雪は既に5cm程になっていた。


「おかえりなさいませ。ご夕飯はお部屋の方に係りがお届けに参ります。お時間何時頃がよろしいでしょうか?…お客様大丈夫ですか…?」

「…大丈夫です。ご心配なく。すぐ持ってきて」

「…畏まりました。ごゆっくりどうぞ…」

部屋の鍵を渡され、すぐさま部屋に向かった。


部屋に着くなり、着ていたコートに隠していたシロが飛び出し、倒れそうになる香澄を支える。

「だめ…気持ち悪い……うっ…」

バスで酔ったのもあるが、それ以前に香澄の精神が限界に近かった。

洗面台に間に合わずその場で吐いてしまい、そのままうな垂れ込んだ。

『かすみ姫、ゆっくり横になるのだ』

「無理…まだ動かさないで…はぁ…はぁ…」

『何か必要な物はないか…?』

「お水…お水をちょうだい…」

『分かった』

そう言ってシロは覚束無い手で蛇口を捻る。

『かすみ姫、水だぞ』

「…はぁ…はぁ…」

見上げるとそこにコップは無かった。

代わりにシロの両手一杯に水が注がれていた。

「……ありがとう……」

そう言って香澄は髪の毛を耳に掛け、両手一杯の水を吸い上げるように飲んだ。

シロはビクンッと胴体を強張らせた。

少なくなった両手の水を必死に吸い取ろうと吸い付く香澄の唇が両手に当たる。

『…もう一杯、飲むか…?』

「うん…お願い…」

同じ作法で香澄に水を与えたシロは、吸い付く唇に快感を覚えてしまい、不謹慎ながらその光景をもっと見たいと感じるのだった。


「ありがとう……」

緊張の糸が切れたように、香澄は壁の角に寄り掛かり、そのまま眠ってしまった。

『この気持ちは…なんだ…兄上に対するモヤモヤと何か…違う…』

シロの白い指が香澄の唇に触れて、悪戯に唇を撫でる。

「…ん…」

今度はビリッと全身に電気が流れる様な、痺れる感覚になった。

『なんだ…これ…胸がうるさい…』

そーっと静かに香澄の唇に、シロの顔が近づく。


―――コンコンコン。

「お客様、お食事をお持ちいたしました。お開けしても宜しいですか?」

「んあ……しまった寝てた……」

飛び跳ねるようにシロは香澄の吐瀉物を片付けていた。

「あ!…シロごめん…ありがとう。はーいーどうぞー」

そう言って洗面台がある場所の扉を閉じ、シロを隠した。


「………はい………ええ………どうも……」

「…………で………そうなんですか……」

扉の向こうから微かに聞こえる香澄の声に、聞き耳を立てながらも掃除していると、ドロンと雫が復活した。

『……おい、弟…』

『…ぬ…!な、なんですか兄上…?』

『…俺と主、アキラの事、お嬢さんには内緒にしろよな…』

『…言わないと、かすみ姫心配すると思われますぞ…?』

『…まーまーその代わり、そのモヤモヤの気持ち、教えてやっても良いんだぞ?』

『誠か!?』

『こら!大きい声だすな!』


「なんかしたの?」

ひょこっと香澄が様子を見に来た。

雫はシロの口を、シロは雫の口を手で押さえていた。

「なんだ、仲良しになったの?ふふ…」

『はっはっは…』『ふふふ……』

「1人分だけどご飯来たよ。2人は何を食べるのかな…?」

そう言ってその場から離れた香澄に次いで、雫も洗面所から出て行った。

『…………』

シロは手で雫の口を塞いだ時に触れた唇が、香澄と違うと確信した。



「ひっじょうに、美味しかった…1人で食べちゃってごめんね?」

テーブル一杯に広げられた懐石料理は、30分持たず1人で平らげてしまった。

『かすみ姫、体調はもう大丈夫か…?』

「うん!おかげさまで…ありがとうねシロ…」

お礼を言われ慣れてないせいか、頬を赤らめるシロに割って雫が入った。

『いやー、そもそも俺達、飯は夢なんだよね…』

「そっか。それなら私の見た夢を2人で分けて食べてよ?」

『か、かすみ姫!?』『いいのか!?』

その言葉は同時に出た。

「え……?なんか嫌になってきた……」


『お嬢さん、主…アキラの話した時に、力を付けるために夢を食べる、って話したの覚えてるかい?』

「ええ…シロも初めそんな事言ってたよね?」

『うむ、わしらバク族は一人前の夢渡り師になる為に、いろんな夢を食べに徘徊する。痛いとかそんな事は無くて、寝起きの気だるさがある位だ』

『但しだ、お嬢さん。あなたの様な力の強い者の夢は非常に美味しいから別だ。それはもう禁断の果実のように…その夢をずっと食べていたい欲望に駆られる』

「そんな、なんか麻薬みたいな効果があるの…」

『そりゃあもう…媚薬の様な…』

『兄上、そんな卑しい目でかすみ姫を見ないで下さい。後近づかないで下さい』

香澄に近づいていた雫に、シロは釘を刺した。

『ほっんと、2人共冷たいよな、俺に!アキラと俺離れ離れになったのに!もっと優しくしてよ!』

「あ……ごめん……」

『かすみ姫、気にする出ない。兄上は大人気ないですよ…』

シロは段々、突っ込みのスキルが上がってきた。

『じゃーさー…せめて今夜だけでもいーからー、慰めて欲しいんだけど…』


その言葉が始まりであり、終わりでもあった。


かぽーん。

「こ、こんな事…本当に今夜だけなんだからね…!」

『お情け…感謝感激だ…タオルが残念だが…』

『わ、わしは引率だからな?兄上が良からぬ事をしないように…』

今夜だけの慰めの初めは、『露天風呂に入る』事。

客室露天風呂の広さは、大人2人、子供1人入るには若干狭い造りだった。


『弟?良からぬ事ってつまり、なんだと思う?』

『それは…そうだな…交尾とかか?』

『確かに良からぬ事だ…』

「あのさ…もしかしてしなくても、二人はアキラさんの影響力強かったりする?」

『俺は大きく影響しているな!』

『わしは…アキラ様は第二の兄上だと思っている…2人が全てだった』

やはりセクハラ野郎のせいだったかと香澄は再認識した。


夢と同じく月が綺麗に顔を出していた。

3人ともお湯の温かさに虚ろな瞳を浮かべて居た時、雫が不意に口を開いた。

『お嬢さん、弟。改めて礼を言う。アキラの事、ありがとう』

お湯の温かさに頭がのぼせてしまったか、唐突な雫の発言に香澄は、「バカね…」と一言言って、雫の頭をポンポンと叩いた。

「もしまた道を違えそうになったら、その時は私とシロで導いてあげるわよ」

『そうです。兄上』

「良く頑張ったね、雫さん…」

そう言われた雫の目から涙が溢れ出ていた。

下を向いたまま泣き出してしまった雫を見ないように、香澄は後ろ向きになった。

静かに大粒の雪が降って来て、露天風呂の水面に落ちて同化する。

その光景をシロはぼんやり眺めていた。



「はっ……う、そこ…!すご……」

『声漏らさないで…お嬢さん…』

「あうっ!…だめ…!くすぐったいよ…!」

『…ここが良いのですか?かすみ姫?』

お風呂上り、今夜だけの慰めの2つ目が発動していた。

身体が温泉のおかげでポカポカしてるせいか、やけに火照って仕方ない。

気持ち良さで香澄は、はしたなく涎を流していた。

2つ目の慰めは…。

「あひ…、すごい…気持ちい……」


そこで実行されたのが『香澄へのご奉仕マッサージ』だった。

雫は肩から腰付近まで、シロは太ももから足と肩から手を担当していた。

「でも何でこれが慰めになるの…つっ…」

『いやあ、こう女の子の身体を触っているって言う、このいやらしい感じがたまらんよね…しかもお嬢さん声出すの卑猥!』

「ひわ!?…わざとじゃない!あっ…!」

『兄上の言葉、なんだか分かります。苛めてる訳ではないんですが…なんだか…』

「シロ!正気に戻って!~~うう…きもち…い……」


『……ん?お嬢さん?』

『…眠ったようですね』

『良しー覗くか!』

『あなたって人は!』

「……ん……うぅ……」

また大声を出してしまった2人はお互いの口を手で塞いだ。


『あれ…?』

『かすみ姫が、泣いてる…』

「……さ…ゆ……」

『……!!』

『ん…何て言った…?』

悲しげに泣く香澄から、人の名前らしき言葉が聞こえてきた。

『兄上…この夢は少々…いやかなり危険な夢です』

『なんか知った物言いだな。ちゃんと後で教えろよ』

『はい、必ず…』

そう言ってシロは香澄が寒くならないように布団を被せてあげた。

そしてあの言葉を口にした。


『かすみ姫…貴方の夢はおいしい…?』


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私の旦那様がバクと決まったわけじゃない! 三谷真菜 @ro_manasan

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