第08夜 私の一日が新しい光景になる日!

告白します。


私、真白香澄ましろかすみは、夢を愛しています。

明晰夢が得意です。(省略)

そろそろ飽きましたか?でも聞いてください。

旦那が二人になった事に付いてなんですけど!!!??(おこ)



朝日が香澄の部屋を照らす。

ちょうどカーテンの隙間から陽の光が差し込み、香澄を起こす原因となる。

「――ふぁあ……なんだか久々に夢を見ない日だったな…」

時計を見ると、午前7時を指していた。

「会社行かないと……」

「あれ…行かなくていいんだ…」

「もう一回寝よう」

「でも起きないともったいないよな…」

『かすみ姫、おはよう』

「なんか声が聞こえた気がする」

「でも私一人だしなぁ」

『お嬢さん、起きて』

「なんか2人分の声が聞こえたけど気のせい気のせい…………」


「………ちょっとあんたら!なんで私のベッドにいるのよ!人が折角現実逃避してたのに!」

狭苦しいシングルベッドに、大きい男性と小さい男の子と3人で川の字で寝ていた。

『床は寒くて…気づいたらふらっ…とこう…すまぬ』

「確かにシロは子供だからぬくい…から良いかも…いや良くないわ」

『俺も床が冷たくて、弟が入っていったから良いと思って』

「いや、あんたはダメだわ」

シロには優しいが、雫には手厳しい香澄が重い身体を起こした。


「今日はアキラさんにガツンと言ってやる日だったわね!」

昨日アキラに言われた言葉の意味が頭をループする。

嫌な予感は的中しない様に考えたいが、不吉なことが頭を過ぎってしまう。

『お嬢さん、考えすぎ……はっ!』

「…あ!!!」

『!!』

忘れていたことを思い出したが、バク達は心を読めるらしい。

「もう過ぎた事だし、今はそれどころじゃないから…しょうがない」

とめずらしく香澄のお情けが発動した。


「てか思ったんだけど、雫さんってどうやってここに来たの?」

『弟を伝ってきた。ここはバクと人の違いだな』

「便利ね…じゃあ夢を渡って私がアキラさんのとこに行くのは出来る?」

『主…が寝ていれば行ける…』

“主”と言った雫の悲しい表情に空気が重くなる。

そんな事を気に留めず、香澄はウーンと顎に手を当て悩んでいた。

「行くのは良いんだけど…すごい遠いのよね。アキラさんの家…。そうだ…!」

新幹線を飛ばして3時間半とかなりの長距離に嫌な顔をしていた香澄だったが、それをも吹き飛ばす事を思い出し、にんまりしていた。




そう言って着いた旅館は、アキラの家から割りと近いところで、本当に1人で泊まるにはもったいない豪華な造りの旅館だった。

「お一人様ですか?」

「…ええ、一人です」

思い出したのはそう、会社から貰った温泉のチケットだった。それもペアの。

よくよく考えればペアチケットなのに1人で行くって、すごい寂しい女みたいな感じになっていて、半分涙目の香澄はそのまま2人部屋の方に案内された。


さすが2人部屋!と言わんばかりの畳が広がる部屋だった。

窓辺には掘りごたつがあり、右側には…

「すごいーーーー!客室露天風呂じゃん!」

ガタン!と音を立てて倒れるキャリーバッグを気にせず、一人キャッキャと部屋の中を物色している香澄に、どこからか声が聞こえてきた。

『………!』

『………!!』

「あ……!ごめーん…」

1m位あるキャリーバッグを開けると、中から2匹のバクが出て来た。

1匹は20cmくらいのシロで、もう1匹は50cmくらいの雫だった。

『し、死ぬかと思ったぞ…お嬢さん…』

『これはすごい恐ろしい体験をしたぞ…かすみ姫…』

「ごめんて…。寝ながら移動出来るならそうしたいとこよ…」

創造出来てしまっている存在は、消すことが出来ない夢ルールが何故か現実世界でも適用されていたのだ。雫の話曰く、色々と不都合があるらしい。


「2泊3日もあるから、これなら十分に満喫してアキラさんの家探せるわ」

『通りなれた風景は大体覚えてるから、そこそこ案内できるはずだ』

ドロンっと音が鳴ったような感じの変身の仕方の雫が、人バージョンで現れた。

「あー良かった。ちゃんと人っぽく見えるわね」

『かすみ姫、わしはどうだ?』

ポンっと今度は音を立ててシロが現れた。

「かわい…うん、2人ともそれなら一緒に歩いても大丈夫ね…」

出発前に香澄がデパートで見繕った男性用の服を2人共着ていた。

ふと、この服を買う時も1人で買ったことを思い出したが、忘れることにした。


旅館から出る送迎バスを使い、駅前まで約1時間の距離を移動していた。

「うう…山道…きらい…」

『お嬢さん、俺が抱っこしてあげようか?』

『かすみ姫、わしに寄りかかるのだ』

「た、頼むからふたりとも、なかよくし…う……っ」

香澄は乗り物酔いが激しい部類だった。


着いたその場所は、あまり栄えているとは言えない閑散とした雰囲気のアーケードや、お年寄りが多い市営バスが走っている駅前だった。

『ああ、ここで合っている』

「そうなの…じゃあ案内して…」

すっかりやつれた香澄は、バス乗り場の案内所にあったベンチに腰掛けていた。

そして若干、おばあちゃん達に囲まれていた。

「いやぁ、えんらいめんこいねぇ」「芸能人かなんかなのかい?」「お菓子食うか?」などと、香澄の心配ではなく、バクの2人に話しかけていた。

そんなバク2人はおばあちゃんをお構いなしに、香澄に付きっ切りだった。

ちょっと嬉しかった。


『この裏道を通って、この坂を上って、この道を通って…』

10分位だろうか。歩いていると、雪が降ってきた。

『雪、か…また一緒に見たかったなぁ…主…』

「そう言えば雫さん、夢でふと思ったんだけどなんでいつも疑念返答だったの?」

『ん、そうだな。前から主との繋がりが切れ掛かっていたのは分かってたんだ。だからすごい、この夢は本当に主の夢なのか、不安になったんだ』

『兄上にも、不安になることがあるのですね』

『そりゃそうさ、弟もお嬢さんで考えてみれば良い』

『ふむ…』


「雫さん…これはお節介になるかもだけど、信じる力は創造を超えるんだよ。だから、アキラさんの事、まだ諦めないで信じてみて欲しい…」

『お嬢さん…ありがとう』

暗い顔になっていた雫の表情は、少しだけ柔らかく微笑み、そして前を向いた。

『着いたぞ。ここが主と俺が住んでいた場所だ』

「この場所って…」

ドクンッと香澄の心臓が嫌に激しくなってきたのを感じた。

そこはもう何年も手入れしてない位雑草が生い茂り、築50年以上ありそうな荒れ果てたアパートだった。

『こっちだ』

と手招きし、先を歩く雫の後ろの方で、香澄は胸に手を当てていた。

「はっ…はぁ…やだ…寒いからかな、手が震えてきた…」

『…かすみ姫、大丈夫。何かあったらわしに任せてくれ』

「あ…はは…ありがとう…」

小さいシロの手が、香澄の手に重なる。

その心強さは大人そのものだった。


――ガチャッ…キィィ……

1階の奥に配置された雫とアキラの家の扉が、錆びたような音を立てて開いた。

『主、戻ったぞ!…連れてきたぞ!』

足を踏み入れようと玄関を覗き込むと、そこから既に異臭が放っていた。

夢で見た、人が焦げた臭いと違い、ツンとした臭いが鼻から脳に突き抜けた。

「う……あ……」

あまりの臭さに口を塞いだ直後に、空気を感じた黒い虫たちが外へ大量に飛び出していった。

「ごめ…むり………」

香澄はそのまま泣いてしまい、道路の方まで走って逃げた。

『…かすみ姫、ここで待っていてくれ』

「う……うううぅ……」

その場にうずくまって泣き出してしまった香澄に、マフラーを巻いてあげた。


『…兄上…わしは、あなたを信じていたのに』

『だぁから、ほら、主だよ!最近動かなくなって、ずっとここに寝かせてるんだ』

『何故分からないのですか…?はもう死んでいる』

『…でも夢を見るんだぞ?生きていると変わりないじゃないか!』

『死ぬ直前も、死んだ後も、暫くの間、人間は夢を見るそうです…』

『はあ…?それでずっと夢を、誰かに伝えていたのか…?主は…?』

『ずっと、兄上を解放してあげたかったんでしょう…アキラ様は…』

『そんな…信じたくない…信じたく……あああああああっ!!』


その小さなワンルームの部屋とアパート全体に雫の声が響き渡った。

白骨化が進んでいた腐敗したアキラの死体は、今まで生きていたように洋服だけは新しいもので取り繕われていた。

洋服の下はモゴモゴと何かが蠢いていて、大量のハエが飛び交っていた。


『さっき兄上がおっしゃいましたね。かすみ姫で考えてみれば良いって』

『うあああ…うぐ…ううう……』

『きっと、わしも兄上と同じくなってしまっていただろう…』

そう言ってシロは泣きじゃくる雫に抱きついた。

『暫くわしの中で眠るといい、兄上…夢の中では幸せな夢を見ますように…』

シロが願うと、雫は静かにシロの中に消えていった。


『アキラ様、この様な形で会うなんて、なんとおいたわしや…。兄上はわしが連れて行きます。なのでアキラ様もこの思い出の地で…ゆっくりお休みになって下さい…』

一礼をし、アキラの両手を祈る手に組んで上げ、シロの目には涙が溜まっていた。

『お疲れ様でした。おやすみなさい…』


両手を顔の前で合わせ、シロが目を開くと茜色に変わっていた。

そしてシロが願うと部屋中に火の手が上がる。

火が明かりとなり、部屋の情景が風景画の様に目に焼き付く。

今度こそ本当に、アキラは愛されるように炎に包まれていった。


――ボオオオッパキンッ……

そしてアパート全体を炎が包みだす。

「…!シロ…!!」

『すまない、遅くなってしまった』

外で待っていた香澄は、シロに抱きついた。

「大丈夫?どこも、怪我してない…?」

『ああ、大丈夫だ…兄上も無事だ』

と、安否を確かめ合ってる所にサイレンの音が近づいてきたのが分かった。

「今ここに居るのはまずいわ…アキラさん…ごめんなさい…」

そう言って、香澄とシロはその場を後にした。


そしていつの間にか、辺りは暗く夜へと変わっていた。


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