第02夜 私の現実が非現実になる日!

告白します。


私、真白香澄ましろかすみは、夢を愛しています。

明晰夢が得意です。(省略)

そして、何故か旦那みたいなのが出来たようです?!(重要)



「…気になって集中できない…ハッ!」


つい言葉に洩れてしまった口を両手で覆い、辺りに聞かれていないか見渡す香澄。

まさに仕事の真っ最中だった。

「…おいこら!」

「ご、ごめんな…さ…」

「最近いつもいつも眠そうにしてるな猫安!!」

「にぅ~…すみません、先輩…」


「…?」

条件反射で自分かと思った香澄ではなく、名前を呼ばれたのは猫安という人物だった。

香澄と同期の猫安優斗ねこやすゆうと君は、最近いつも眠そうにしている。

「…猫安君」

「…なんすか真白さん」

「…ちゃんと寝れてないなら、帰ったらこれ使いなさい」

ヒソヒソ話で手渡したのは、香り付の目元が暖かくなるアイマスクだった。


「…なんすかこれ、おばあちゃんすか…?」

「…次おばあちゃん言ったら、寝てる間に爪と指の間に爪楊枝刺すからね」

「…表情と口調が合ってないんっすけど…」

「…いいから寝るとき使ってみなさい。結構安眠できるから」

「…眠り系になるとうるさいっすよねぇ。ありがとうございます」

そう言い残して、もう一度机に腕を組んでスヤスヤし出す猫安。

生意気な猫安も、寝てる姿はかわいいと内心思っている香澄であった。



「ただいまー…」


「おかえり」とは返事が返って来ない自宅に、香澄の声が通る。

今日も残業でくたくたの香澄が見た時計は、既に23時を回っていた。

「さっさと寝よう…」


―――電気を消して創造する、あの、変態バクを。


「…おやすみなさい」



                        +   +   +



「――やぁ、かすみ姫」

夢に入った香澄の目の前には、そのままの通りの変な声のバクが現れた。


「どうも、………じゃなくて!!前回見た夢の最後に言ってた嫁って何!?」

「ぬ…?わしとかすみ姫が夫婦になる契約を完了した為、嫁と…」

「かわいく首傾げてもだめーーーー!夢で?しかもバクと?結婚とか私頭どうかしてる…!」

高速で横転がりを行ったり来たりする香澄に、バクは不機嫌そうに語る。


「そんなにわしの事疑ってるとは、万死に値するな」

「だって現実的じゃないんだから…しょうがないじゃない…」

「…では、証明したらいいんだな?」

「えええっ?」



                        +   +   +



「――っえ、なんで急に起きたの…?」

突然に夢から目が覚めてしまったところに、

『ほう、ここが現実世界と言う所か』

「………!?」

どこからともなくあの変な声のバクがしゃべる。

もう姿・形を覚えてしまっているせいで幻覚まで


「…見えている!?ってなに…!?」

『この通り、しっかりとした個体で動けるぞ』

「………」

『これでわしの事信じてくれたか?』

「………」

『……かすみ姫?』

「…はは…私もう、末期なのかも知れない…そろそろ死ぬんだわ…」

半分泣いて呆けてる香澄に、これまた不思議な事をバクはしゃべる。


『…かすみ姫、身の回りの人間で眠りに囚われている者が居る臭いがするぞ?』

「…え…?」

そう、頭に浮かんだのは就業中に隣の席で寝ていた猫安君だった。

『…そうか、その者の身が危険に迫っているようだ』

「猫安君が…?って私の考えを読めるの…?」

『無論だな。わしとかすみ姫は夫婦、一心同体だ』

「うわああ、やーーめーーてーー!」

とてもニンマリしているような声のバクは、香澄をからかうスキルが上がった!


『さて、もう一度お眠り、かすみ姫よ』

「え…まっ…て……」

起きる時とはまた別に、今度は急激な睡魔に襲われる。

なんだかすごい、懐かしい気分になった。



                        +   +   +



「――おかえり、わしの嫁よ」

「…まだ嫁と決まってません」

「さあ、その輩の夢を助けに行くぞ」

「助けに行くって、他の人の夢に入る事が出来るってことになるけど…?」

香澄の話を軽くスルーした上、とても非科学的な事を述べるバク。


「かすみ姫よ、貴女なら出来る。創造するのだ。“ねこやすゆうと”を」

「もうなんだか、色々着いていけなくなりそう…」

「大丈夫だ、わしがついている」

「…!な、なんで頼もしくなるのよ…。やるわよ!やってやるわよー!」


頭の中に猫安優斗を思い浮かべる、そして創造する。

髪は茶髪で短く、背は170cmくらい、声はちょっと低めの、年下。

創造の猫安が目の前に現れたその時、バクはその言葉を口にする。



「――“ねこやすゆうと” あなたのゆめは おいしい?」



                        *   *   *



大きな海岸が目の前に広がる。

空は灰色に曇り、風は爽やかに吹き当てる。

そこには1軒の平屋が鎮座していた。


「ここが、猫安の夢の中…?」

「紛れもなく、そやつの夢の中だ。」

「とてもじゃないけど信じがたいよ…。信じられるものが何もないから………あれ?」

そこにあった平屋がいつの間にか3階…6階…と徐々に増築されていた。

そして気が付くと、海水がふくらはぎ位まで増えている。

「これって……!」

「かすみ姫、恐らくこの中にそやつが居る」

「中を登って行くしか無いようね…」


玄関は引き戸の様な扉だが、引いても押しても海水のせいかビクともしない。

「こちらから入れる様だ」

バクに案内され、家の裏側にある大きな窓から、香澄はその体を押し込んだ。

「あ、ありがとう…」

一息つく間も無く、床から段々と海水が沸き上がってくる。

2階に登ろうにも当たりを見渡しても、階段の様な物が一つも見当たらない。

「あ……あああ…!!!」

一瞬にして泳げるくらいにまで水かさが増し、ついには部屋一杯に水が満潮した。


「……ッ!!………ッ!!!」

――夢のはずなのに、おかしい…!すごく苦しい!!私、死ぬの…!


意識が朦朧とし、苦しさで頭が混乱する死の間際、最期に香澄が聞いた声は、



―――死に際の  も しい……



                        *   +   *



「……っ!!ごほっ…ごほっ!はあっ…!はぁっ…!」


全身で呼吸をし、大量の汗をかきながら香澄は目を覚ました。

身体が冷え切り、涙が止まらない。

「実際に水没したわけじゃないのに、すごい苦しかった…」

死ぬことの苦しさと恐怖が、心を深く突き抜ける。


『申し訳ない…かすみ姫…』

「……ちょっと…待って…」


急いでスマホのメモ帳を開く。

申し訳なさそうに覗き込むバクを差し置き、震える手で今回の内容を書き留める。


「あの声の主は…猫安君だった…」

『あやつ、なんだか危険な気がしてきたぞ…。家屋には何故か入れなかったのだ』

「わしがついてる、って言ったじゃん…。うそつき」

『ぬ…、すまぬ……』

「でもこの夢は本当に嫌な予感しかしないわ…」

震える香澄にバクがそっと寄り添った。

香澄はその暖かさにまた涙し、そのままバクを抱き寄せた。

「ごめん…ちょっとだけこうしてて…」

『…………』

実際に触れることの出来るシロを、香澄は少しだけ愛おしく感じた。



あの猫安君の夢のタイトルは、

― 増える部屋と水 -死に際の貴女も愛おしい- ―



そして、その日猫安は会社を休んだ。



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