第11話 友だちみんな宇宙人

「笑顔がね、優しい人なんだよ」

 はずかしそうに、美咲(みさき)は告げた。

 地球人を好きになったなんて、爆弾発言だ。その事態は、まったく想定していなかった。

「美人でいるのもけっこう大変でさ。周りの男性からは、美人の立ち居ふるまいを求められるじゃない。でも、美人でいい子でいると、今度は女性陣からのねたみがすごいんだよ。正直、その中でなるべく波風立てずってのも、つかれちゃうんだよね」

 美咲の告白を、蓮(れん)はだまって聞いていた。

 自分にも思い当たる節はある。それに、女性同士のねたみのすごさは、陽菜のいじめの時に目の当たりにした。それは、よりよい遺伝子を求める動物としての本能がそうさせるもので、人類の発達具合としての評価はマイナスだ。自分をみがいて魅力的な女性になろうと努力する方が、現在の社会ではずっと合理的なのだから。

「地の性格はちがうのに、猫をかぶって、それでねたまれて……。また、この国だと就業時間が長いから、ずっと会社のコミュニティにいりびたりになるじゃない。ストレスすごくてね。それで……」

「運動会があった日、私、出張だったでしょ。あの日、彼といっしょだったんだよ。仕事終わったあと、ご飯食べに行った時、ちょっと油断したというか、つい、ぽろっと出ちゃったんだよね、地が……」

「そしたら彼、笑ってくれて。美人だとこっちも構えちゃうけど、そういう気さくな感じっていいって言ってくれて……。彼ってね、地味だし、おしも強くないし、言い寄ってくる他の男性に比べて接点なかったんだけど、それから、お昼とかいっしょにご飯食べに行くようになって……」

「彼の前だとかざらなくていいから、すごく楽なんだよね。なんか、とても包容力があるっていうか……」

「彼といっしょにいたいの。もし彼がそれを望んでくれるなら、応えたいの。わかってるよ。私は異星人で、彼をだましている形になるし、ずっといっしょにはいられないかもしれない。でもね、それでも、彼といっしょにいたいっていう気持ちが、胸の奥からわいてくるんだよ」

 瞳孔の拡大、顔面表層の血流増大、音声周波数の変化……。目の前の美咲は、確かに恋する乙女だった。

 初めて見る同僚のそんな顔。

 その顔を蓮は、きれいだと思った。

 自分たちは異星人で、地球人の顔のよしあしはわからない。だから最初、この顔をあたえられた時、このままでは仕事が困難になると気がつかなかった。姉の美咲が美人だと言われても、そんなものなのかなとしか思わなかった。

 だが、今、目の前にいる美咲は、きれいだと思えた。

 だれかを想い、優しい気持ちでいる人は、それだけできれいなんだなと、蓮は思った。 


 美咲の問題は、母船の会議でも取り上げられた。観察者の立場を逸脱していて、帰国させられる可能性もあったし、事実、蓮もふくめてトラブルばかりのこのコンビはそうするべきではないかと、上層部は思っていたようだ。

 その会議の流れを変えたのは、一人の文明観察調査員の発言だった。

「私は、ミサキ調査員の行動を支持します。私たちは、地球の文明にとけこむことが使命です。その原則から外れた話ではないからです。いっしょに暮らすことによって、より深く、地球人の内面を観察することができるでしょう。家族として過ごすことにより、私たちの地球人への理解は、いっそう深まる。そう確信しています」

 その女性の文明観察調査員の横顔を見て、蓮は、ああ、この人も恋をしているんだな、と知った。

 地球人に感化されてしまったのは、美咲だけではなかったらしい。

 そしてその数は、思ったよりも多かったようだ。地球文明の観察期間延長が提案され、採用された。

 そして、多くの文明観察調査員が、そのまま地球に残ることを希望した。


 春になった。

 今日は中学校の入学式だった。

 この地域は、昔は満開の桜の下の入学式というものがちょくちょくあったようだが、近年の温暖化のために開花が早まり、今年はもう花は散り、緑の葉が芽ぶいていた。

 だが、これからのびる若葉の、すきとおるようなあわい緑も、今日のこの日にはふさわしいのかもしれない。

「あんたがとうとう中学生になるなんて、苦労して育てたかいがあったわ。お姉ちゃん、泣いちゃいそう」

 美咲はそう言って、ハンカチを目頭におし当てた。

 ふざけて面白がっているのだ。蓮と暮らすようになって、まだ半年ぐらいしかたっていないのだから、育てたもなにもないもんだ。

 美咲は彼からの告白を受け、順調におつきあいしていた。蓮も彼と顔合わせした。美咲の言った通り、笑顔の優しい人だった。それにとてもいい人だ。この人なら美咲を任せられる。本当の家族じゃないのに、そう思ってしまうぐらいだった。

「ふつつか者ですけど、姉をよろしくお願いします。ご存知のとおり裏表があるので、男の人とつきあっている様子もなくて、弟としても心配だったんです」

 それを聞いた彼は笑っていた。からかわれた美咲は、きゅっと腕をつねってきたけれど。

 その分、今日は趣旨返ししようということなのだろう。

「おはよう!」

 その時、背後から声がかかった。

「あら、陽菜(はるな)ちゃん、おはよう」

 ふり返って、蓮の目に飛びこんできた陽菜は制服姿だった。紺の上着に赤いリボン。スカートから見える足はすらりとのびて、ちょっとまぶしい感じ。

 蓮はじっと見る。

 陽菜はその視線にもじもじと身じろぎした。

「何?」

「スカートはいたとこ、初めて見た」

「え、そうだっけ」

「うん」

 活動的な陽菜は、いつも動きやすい格好をしていた。髪は長かったけれど、男の子に混じっていても違和感がまったくないぐらいだった。

 蓮は陽菜をじっと見つめる。出会ってたった半年ぐらいなのに、その印象はずいぶんと変わった。

「にあってるよ」

 蓮は素直にそう口にした。

 その言葉に、陽菜はぼっと顔を赤らめて、ばんと蓮の肩をたたくと、走っていってしまった。

 顔面表層の血流増大……今の会話は、それを意図したものじゃなかったんだが。

「よっ、女殺し! 中学校でもそんなことしてたら、いつか刺されるよ」

 美咲が目ざとく、からかってくる。

 まったく、もう。蓮はため息をついた。

 ふと上を見上げる。桜の若葉を通して、木洩れ日が降り注ぐ。その向こうには青空。そしてそれは、宇宙へとつながっている。

 まだまだ自分は、地球人のことを知らない。すべて理解するには、長くかかりそうだ。

 そして地球人が、銀河文明の仲間入りをするのも、つまり「自分の友だちがみんな宇宙人になる」のも、長くかかりそうだ。

 自分の任期はずいぶんと延びそうだと感じた。

 だが、それは気の重いことではなく。

 それだけ彼ら、彼女らを深く知ることができる。

 それだけ彼ら、彼女らと、深く関わることができる。

 そう考えて蓮は、自分の心が高揚するのを感じるのだった。


〈了〉

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友だちみんな宇宙人 かわせひろし @kawasehiroshi

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