第7話 陰陽師の家系

 クラスの様子がおかしいことに気がついたのは、しばらくしてからだった。

 みんなが集まっている時に、どこかよそよそしい雰囲気がある。特に女子の集団にそれが顕著だ。

 花恋(かれん)救助の大活躍で、すっかり学校の有名人となってしまった蓮(れん)は、ほとぼりが冷めるまでおとなしくしていようと、みんなから少し距離を置いていた。そのため、何が原因なのか、しばらくつかめなかった。


 いじめが起きていた。


 ターゲットは陽菜(はるな)だ。


 いじめは単なる好ききらいではない。

 好ききらいであるならば、不快な相手からはなれればいいだけなのだ。

 群れで暮らす動物である人間は、どうしてもその中に序列を作りたがる。

 群れの中での地位争い。それはもともと備わる、人がまだサルだった時からの本能だ。だから弱い者を作り、攻撃し、自分の地位を認めさせようとする。相手をさげすむのをやめようとしない。

 身近な範囲の立場の強弱だけではない。民主主義、人権と平等をうたうこの国であっても、それをふみにじり、人より上の立場を求める人はいる。さらにそれは、差別主義、民族主義、独裁制や封建制度などの国家主権に至るまで続く。

 おおげさな話と思うかもしれないが、それが人の本能であり現実だ。

 インドの社会制度をもじった、スクールカーストという言葉は、この事象の本質をついている。

 ただ、そのように内部闘争と抑圧にエネルギーをさく社会は、その他の社会との競争になったときに弱い。宇宙文明となるからには、そのレベルを脱していなければだめだ。それは人類が成熟しているかどうかの物差しでもあったので、蓮は観察者として十分注意して見ているつもりだった。

 だが事態に気づいたのはしばらく経ってからのこと。前述の通り、蓮が少し距離を取っていたこともあるが、もう一つ大きな要因は、気づかせないように周りがふるまっていたからだ。

 なぜなら、蓮が原因の一つだったから。

 陽菜をいじめているグループの中心は、いつも通り梨花(りか)と杏(あん)だ。

 この三人は、このクラスの女子の中でカーストの上位を争っている。

 陽菜は単に面倒見がよく、明るく目立つ性格なのが理由。

 人より上位に立ちたいという本能的な行動を見せているのは、梨花と杏だ。

 陽菜がこの二人の行動をすぐじゃまするので、自然と反目しあってきた。

 ふだんなら人気があるのは陽菜の方で、いじめの対象にはなりにくい。

 それが今回、クラスの女子の多く巻きこんだのは、陽菜が蓮となかよくなったからだった。

 目立たないことをむねとする文明観察調査員の蓮。ところが準備期間の短さから変身する外見の選択に失敗。一番平均的な数値を基にして作った顔は、一番整ったものになってしまった。

 当然女の子に人気の出る顔なのだが、蓮の目立たないようにする努力の結果、クラスの女子ととても親しいという関係にはなっていない。

 ただ一人、陽菜という例外を除いて。

 世話焼きの陽菜に対して、ほどほどにしかつきあわない蓮の姿勢は逆効果で、クラスになかなかなじまないように見える転校生に、陽菜はぐいぐいとからんでいった。

 運動会では、いっしょにお弁当食べている姿をクラス中が見ている。

 さらに蓮が、今一つ熱心ではなかったリレーで「陽菜のために」全力を出したように見えた。

 梨花や杏ほどきつい性格ではない女の子も、これについてはあまりこころよく思っていなかった。その結果、消極的にではあってもいじめに加担することになっていた。

 陽菜の様子がおかしいと蓮が気がついてから観察したところによると、積極的ないやがらせをしているのは、いつも通り梨花と杏。だが周りの女の子も大なり小なり陽菜との接触をさけている。それを全員で示し合わせしているようだ。立場が弱く、梨花のおどしに抵抗できない子もいるらしい。

 巧妙なのは、それを教師や男子、特に蓮に気づかれないようにふるまっているところだ。当然だ。蓮の好意を陽菜がうばったように見えるから、いやがらせをしているのだ。当の蓮に気づかれて自分の評価が下がってしまったら、意味がない。

 こんなところで計算高さを見せても、人類の評価には全くプラスにならないのに。ため息まじりに蓮は思った。

 そして、いじめは単なる無視にとどまらず、だんだんひどくなっていく傾向にあった。


 その光景を見た瞬間、蓮の心臓がどくんとはねた。

 うす暗い階段下で、陽菜がうずくまっていた。

「どうした」

 足早に近づいて蓮は声をかけた。さっと全身に視線を走らす。足首に置かれた手。そこはほんの少しだが、はれているようだった。

 声をかけられ、おどろいたようにはね上がった陽菜の顔は、蓮の姿を認めたとたん、すっと仮面におおわれた。

「だいじょうぶ、ちょっと転んだだけだよ」

 問いかけに作り笑いで答える。

「平気、平気、立てるから」

 差しのべた蓮の手を断って、何事もなかったふうを装って、陽菜は立ち上がった。だが一瞬歯を食いしばったのを、蓮は見逃さない。

「足をひねったのなら、保健室に行った方がいいぞ」

「えっ……やだな、平気だってば。ほんとにちょっとつまづいて転んだだけなんだよ」

 そう言うと、だいじょうぶということを見せつけるかのように、元気よく走って去っていった。ふつうの人なら気がつかないぐらいの、足をかばうような、微妙にいつもとちがうリズムの足音を残して。

 何か暴力をふるわれたのは明らかだった。偶然を装い、階段途中で突き飛ばされたか。

 それを蓮にはさとられたくなかったようだ。

 陽菜は世話焼きな性格だ。そしてよく気が回る。それはふだんから相手の様子に気を使っているということに他ならない。今回はそれが「心配をかけたくない」と、悪い方向に影響しているようだ。

 相手は証拠を残さず、うまく立ち回っている。陽菜はそれを理解していて、助けを求めるのをためらっている。かつ、だんだんと視野狭窄におちいっている気配もあった。ここでさわいでもしらばっくれられて、親に心配をかけるだけだ、という判断が最初にあったのだろうが、孤立無援の状態に、それが唯一の選択肢であるかのように思いこんでしまっている。

 いじめが原因で死んでしまう子供の話も、ニュースで見かける。周りの大人に話せばいいのにというのは、部外者のあと知恵だ。渦中の被害者は、だんだんそれに考えがおよばなくなっていくのだ。

 いつも明るい陽菜でさえ、一人の時には、暗くしずんだ表情を見せるようになった。非常に危険な状態だ。

 しかしここまでわかっていて、蓮は手が出せない。

 蓮は観察者である。

 そしてこの一連の行動は、正に観察対象なのだった。

 地球人がこの状態をどう脱するか。陽菜のいじめに加担している者が、この行為の無意味さをさとり、理性を働かせてやめることができるか。

 不干渉をつらぬいてしっかり結果を見届け、それを評価しなくてはいけない。

 例えそれが、陽菜によからぬ結果をもたらすとしても。

 ここを観察することが、自分に課せられた使命なのだ。


「おはよう、蓮くん」

 となりの席に着いた陽菜があいさつしてくる。いつも早くに来ていたのに、最近はぎりぎりだ。学校に来るということの意味が、楽しいものからつらいものへと、陽菜の中で変わっていることが感じられる。

 あいさつといっしょにふりまいていた明るい笑顔も、どこか生気のない固いものになっていた。精神的に相当追いこまれている。

 残念ながら担任の橘真穂(たちばな・まほ)、まほちん先生は、陽菜の変化に気づいていないようだ。陽菜が大人の前では、心配かけないように気丈に、いつも通りにふるまっているせいもある。クラス男子もあまり気づいていないのは、子供の観察力では仕方のないところ。いじめの当事者以外では、状況をはっきり把握しているのは、観察者の蓮だけだ。

 ここ最近、陽菜の精神状態は、ますます追いこまれているようだった。クラスの中でも、この状態が負担になっている女子がちらほら出ている。逆どなりの席の野呂美弥(のろ・みや)などは、明らかに陽菜を気にしながら、同時に梨花のことをおそれているようで、落ち着きがなかった。さすがにもうそろそろ真穂先生でも、クラスの異常に気がつくのではないか。

 だが一番意外なのは、この観察下において、蓮自身が平穏な心持ちでいられないことだった。

 蓮は訓練を受け、実績もある、文明観察調査員だ。見かけは子供だが、中身は修羅場をくぐってきた経験豊富なスペシャリストなのだ。自分の仕事がどういうものであるのか、蓮が一番よくわかっている。今がその仕事で一番重要な局面だということも、重々わかっている。

 だが、周りに心配をかけまいと作り笑いをうかべる陽菜の顔を見ると、冷静に観察しなければいけない蓮の心はざわざわとゆらぐ。

 こんなささいなことで動揺するような、かけ出しではないはずだ。なのになぜ、自分は平静でいられないのか。

 その答えを得られないまま、蓮は観察を続けた。

 陽菜の表情がくすむたびに、ざわつく自分の心にとまどいながら。


 次の時間は音楽だった。音楽室に移動だ。みんながやがやとおしゃべりしながら、教室を出る。

 廊下をしばらく進んだあと、ふと蓮は、陽菜の姿が見当たらないことに気づいた。

「どうした、蓮」

「ん……、いや、忘れ物したみたいだ。ちょっと教室もどる」

 雅人(まさと)にそう告げて、教室にもどった蓮は、予想していた通りの光景を見た。

 陽菜が自分の荷物を探っていた。目に涙をにじませながら。

「あ、蓮くん」

 こちらに気づいた陽菜は、さりげなく目元をぬぐい、最近ではすっかりおなじみとなった精一杯の作り笑いを顔にはりつけた。

「なんかリコーダー、家に忘れちゃったみたい。まいっちゃったなー」

 それがうそであることは、観察者でなくてもわかっただろう。梨花がかくしたにちがいなかった。

「だいじょうぶか」

 蓮はつい問いかけた。


 本当はかける予定のなかった言葉。

本当は言ってはいけなかった言葉。

 蓮は気がついていない設定なのだから。

 そうじゃなければ、正しい観察ができないのだから。


「何のこと? だいじょうぶだよ」

 だから陽菜に、ついこぼれた本音の言葉を、蓮が気づいていることに一瞬おどろいたくせに、すぐにいつもどおりの弱々しい笑顔で返されて。

 蓮はかっとなった。

 この自分の怒りの正体が何であるのか。

 わからないまま、気がつけば陽菜の肩をがっとつかんでいた。

「何? 蓮くんどうしたの」

 陽菜は目を丸くしておどろいている。

 それはそうだろう。蓮は目立たないようにふるまってきた。感情をあらわにするようなことはなかった。

 それは観察者としての態度でもあったし、実際には子供ではない、地球人でさえない、そんな一歩引いた立場からしても、当然の態度だった。

「とぼけるなよ。こっちが心配して聞いているのに」

 だが今、蓮は、陽菜のふところに、一歩ふみこむ。

 陽菜は目をそらす。

 こちらは見ない。

 そんな陽菜に、蓮の内心のいらだちは、ますますつのる。

 お前は、他人のことだったらずけずけとふみこんでくるくせに、自分の場合には拒絶するのか。

 友だちだと言っておきながら、自分には近づかせないのか。

 体をひねってその場から立ち去ろうとする陽菜の、もう片方の肩もつかむ。

 ぐいっと肩を押して、後ろの壁に押さえつけ、正面を向かせる。

 それでもふせる陽菜の顔を、すくいあげるようにして、ぐいと持ち上げる。

 まっすぐにのぞきこむ。

 その双眸にともる炎は、いらだちといかり。

 陽菜に対してだけではない。しばりつけられた自分に対しても燃え上がる炎。

 もう、逃がさない。

「気がついてないと思ってんのかよ」

 陽菜の顔がこわばる。

「そんな演技したって、ばればれなんだよ。つらいくせに、何で人をたよらないんだよ。心配かけるかもなんていらぬお世話だよ。そういう様子の方がよっぽど心配かけてんだよ」

 たたみかける蓮の言葉に、陽菜のかぶる仮面がはがれていく。

「助けてほしいって言えよ!」

 その言葉に涙腺が決壊した。

「……もう」

 ぽろぽろと、涙とともに本当の気持ちがこぼれていく。

「もう、こんなの、いやだよう……助けてよう……」


 文明観察者行動規則第十二条第四項、現地住民からの救難要請、確認。


「まかせておけ」

 蓮は胸をはって、教室を出て行った。

 彼は銀河連合から派遣された、文明観察調査員である。

 そして同時に、潮見陽菜の友人なのだ。


「何よ、話って」

 昼休み、体育館裏に呼び出された梨花は、蓮に問いかけた。

 セリフとは裏腹に、口調は明るくそわそわとした様子だ。何かいいことが起きると思っているようだ。

 杏がこっそりついてきているのも確認した。角の向こうにかくれて、こちらの様子に聞き耳を立てている。

 蓮はこの問題を解決するためにどう動くべきか、慎重に考えをまとめていた。

 陽菜のいじめの中心は梨花だ。杏はどちらかといえば梨花についてしたがっているだけで、主導権は梨花がにぎっている。他の子も梨花が言い出したから便乗していたり、むしろ梨花ににらまれると次は自分なのではないかと、それがこわくてしぶしぶ参加していたりする。

 とにかく梨花をつぶしてしまえば、このさわぎは収まるとふんでいた。

 ただ、必要以上に干渉するのは、やはりよくない。今回この一回きりで、梨花を止めるのが望ましい。

 じっと見つめる蓮の視線に、梨花はもじもじとうれしそう。

「な、何? 早く言いなさいよ」

 蓮はゆっくりと切り出した。

「なあ金井、お前、陽菜のこといじめてる?」

 パッと梨花の顔色が変わった。

 期待していたあまい言葉ではなく、にくい相手の名前。しかも自分は名字呼びなのに、相手は下の名前で親しげに呼ばれている。

 一気に表情が険しくなり、声色もきつくなった。

「何? 私がいじめてるって言うの? 蓮くんは何の証拠があってそんなこと言うわけ?」

 様子を見れば白状したも同然なのだが、梨花は開き直った。

 とにかく図太い。でなければ、いじめの首謀者などやってはいられない。正面からの説得など無意味だろう。

 蓮はそんなことをするつもりはなかった。

 一つ、深くため息をつく。

「やっぱりやってるんだな」

「だから何の証拠があんのって言ってんの!」

「誤解しないでくれ。それを責めるために呼び出したんじゃないんだ。金井のことが心配なんだよ。なあ、お前、秘密は守れるか? これから言うことを、俺とお前だけの秘密にできるか?」

 金井のことが心配。

 俺とお前だけの秘密。

 この二つの言葉は、梨花の興味を引いたようだ。それは蓮との「特別な関係」を指している。もともと蓮と陽菜のそういう関係にしっとして起きた騒動だ。自分がそういう関係になれるなら願ってもない。

 ちょっと気分をよくしたようで、蓮に告げた。

「いいよ、何? 言ってみなよ」

 蓮は神妙な顔で梨花に告げた。

「お前、このままだと悪いものに憑かれるよ」

「は?」

「俺さ、あんまりクラスで話さないだろ」

「?」

「転校ばっかりしてきたのもそう。理由があるんだよ。俺んちそういう家系なんだ。俺も霊感があるんだよ。正体を知られると、みんなを巻きこんでまずいからさ。だからあんまり関わらないようにしてたんだ」

「え? 何? 陰陽師の家系だとてもいうの? そんなの信じると思ってる?」

「……」

 蓮は無言で梨花を見つめた。

 蓮にじっと見つめられ、梨花はまたそわそわし始めたが、これは今度は別の理由だ。

 蓮は梨花が信じるとわかっていた。

 この星の文明は自力で宇宙に飛び出すまでになっている。だが一方でその科学的な知見が社会のすみずみまで行きわたっているとは言えない。未だ宗教やオカルティズムが一定以上の影響力を保っている。

 そして、梨花がそういう種類の人間であることも、蓮は知っていた。

 星占いやこっくりさんなど、そういう類のものをわりと信じている方なのだ。まあこれは梨花に限ったことではないのだが。建物の角の向こうで聞き耳を立てている杏もその一人。

 だがさすがに、口先だけでは梨花も信じないだろう。何か証拠を見せなくてはいけない。

 蓮はおもむろに口を開いた。

「いじめとかさ、そういう悪意が支配する場所は、瘴気がたまってそういうものを呼びやすくなるんだ。最初は他愛のない大したことない奴らだけど、やがてその瘴気を吸って成長する。そうすると人に害をなすようになるんだ。金井はそれの中心にいる。もうそろそろ取り憑かれるよ」

「は……は? 何言ってんの? だからやめろって? おどしのつもり?」

 梨花はだんだん余裕がなくなってきた。自分が無関係というポーズをとることも忘れている。あとひとおしだ。

「おどしなんかじゃない。心配なんだ。本当はこれに関わったらいけないんだよ。俺の仕事じゃないから」

 ここのところは、ちょっとだけ本当だ。

「でも、もう……」

 蓮は悲しそうな顔して、梨花を見つめた。

「そろそろ来るよ」

 生ぬるい風がふき始めた。しかも生ぐさい。

「えっ? え?」

 梨花が周りをキョロキョロ見わたす。

 パキパキ、カタカタと音がする。

「ごめん、正直君は手おくれかもしれない。呼び出したのは、クラスの他の子に被害を広げたくなかったからなんだ」

 ぐらりと地面がゆれた感覚に、梨花は思わず座りこむ。

 それでも辺りがぐるぐる回り始めたように感じる。

「え? うそ、ほんとなの?」

「梨花!」

 杏も飛び出してきた。杏も同様の気配を感じているようだ。

 そうだろう。

 蓮がそういうふうに仕向けたのだから。

 超光速航行をすることができる銀河文明の、空間自体を操作するテクノロジー。

 向こうの池の上に熱源を作り、生温かく、そして生ぐさい風を起こす。

 重力源を作り、それを点けたり切ったりして、窓ガラスを振動させる。

 その重力源を梨花や杏の周りをめぐらせてやれば、引力の向きが変わって、本当にぐるぐると辺りが回っているように感じる。

 振動数を上げる。

 ごごごと無気味な地鳴りがする。

 ちょっと強めの重力源を向こうの木の枝の下に作った。

 ガサガサとしなったあと、ばっきりと枝が折れ、地に落ちた。

 目の前の二人は座りこみ、おたがいをだきしめ、真っ青になってふるえている。ここらあたりが潮時だ。

「なあ金井、安原もだけど、いじめはもうやめないか? まだ今なら助けられるけど、これ以上大きく育ったら、俺の手にも負えないよ。やめるなら今しかないよ」

 もう血の気が全くなくなった真っ白な顔で、梨花は首を縦にふった。

「俺のこともだまっていてくれな。俺の仲間だとこいつらに思われたら、金井も安原もねらわれるからさ」

 これにも梨花は声もなく首を縦にふった。

「よかった。じゃあもうちょっとがまんしていてくれな」

 すがるような目で蓮を見つめる二人に背を向けて、背すじをすっとのばすと、蓮はごにょごにょとそれっぽい呪文を口ずさんだ。そして適当に印を切る。

 それをしばらく続けた後。

「はあっ!」

 激しい気合いを発すると同時に、全ての空間操作を止める。

 ぐるぐると回っていた大地は静かに止まり、辺りは静かになった。

 生温かい風もやがて収まった。

 ただまだ辺りにただよう生ぐささが、今起きていたことが夢でないと告げている。

 蓮はふり返ると、まだふるえている二人に歩み寄り、そっと引き起こした。

「このことは秘密だからね」

 そう、もう一度念をおし、蓮はその場を去った。

 その日を境に陽菜へのいじめは収まった。

 梨花と杏から心変わりの理由を聞けた者はいなかった。

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