第7話 暴風雨の中で
低気圧が接近していると、ニュースが伝えていた。
夏であれば台風と呼ばれるような、大型の爆弾低気圧だ。
温暖化が進むこの地球では、海水温が上昇し、水蒸気の発生量が増え、さらに大気にエネルギーがたくわえられているので、近年激しい気象災害が起きているという。
その辺りも地球人を宇宙文明としてむかえていいかどうかのポイントだ。
というよりもむかえ入れる以前に、この問題を克服できなければ、地球人は自らほろんでしまうだろう。豊かさを求める欲望を、それを制御する理性、もしくはその問題を技術開発で解決する知性が、上回ることができるか。そこの勝負なのだ。
さてそんなことを思いつつ、しかし目下の問題は、小学校が休みになるかどうかだった。
豪雨と強風が予想され、休校があるかもしれないと前日に言われていた。雨は前日から激しく降り続き、朝起きてみると風もかなり強くなっている。テレビのニュースを見ると各地で被害も起きているようだ。
電話が鳴り、美咲(みさき)が取った。
「そうですか、わかりました。はい、はい」
電話を切ると、すぐさま他の家にかけ始めた。どうやらクラスの連絡網だ。
「もしもし、はい休校だそうです。はいよろしくお願いします」
次の家に用件を伝え、受話器を置く。すると美咲は、見る間に不きげんになっていった。
「休校だってさ。あー、小学生はいいよね。すぐに学校休みになって。うちの会社なんて電車止まる前に早く来い、だよ。どんだけブラックなんだよ。あー、私も小学生に化ければよかったな」
まったくもって理不尽な八つ当たりだ。蓮(れん)はそこを指摘した。
「子供の方が自由度が低いから、大人の役がいいと言ったのは自分だが?」
「はいはい、そうですよ、私が悪いんですよ。この国に、こんなにブラック企業がはびこってるなんて思わなかったんだもん。あーくそ、仕方ねえなあもう。これだけ奴隷のように労働搾取されて、何でこの国は革命が起きないんだ」
頬をぷうっとふくらませ、さんざんぶつくさ言いながら、美咲は出かけるしたくをする。
「じゃあ行ってくるからね。大人しく留守番してんのよ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「うわっ、傘が……。何だってんだ、こんちくしょー!」
傘を引きずられ悪態をつく美咲の声が、風雨の中に消えていった。
まったくさわがしい姉だと苦笑いしながら、美咲を送り出した蓮はリビングにもどると、テレビの前に座った。あいかわらず、各地の被害の様子が流れている。最初は注意深く見ていたのだが、しばらくするとそれもあきてしまった。ずっと同じようなことをくり返しているからだ。
これだったら、通信をつないで母船に上がっている各地の情報を見ていた方がいい。蓮はヘッドセットを取り出し、パソコンに偽装した通信機を立ち上げ、報告書を読み始めた。
時おり休憩をはさみながら仕事を進める。お昼ご飯を食べるため一度中断。テレビをまたつけると、低気圧による暴風雨で各地で電車が止まっているようだった。
今ごろ美咲は会社で文句を言ってるのだろうか。いや、会社では美人さんとして周りのイメージをくずさないよう、猫をかぶっているはずだから、ぼやいているとしても心の中でか。帰ってきてからがまたうるさそうだ。
続いてカメラは川の様子を映す。昨日から降り続いた雨で、だいぶ増水しているようだ。川の名前を聞いて、それが近所のものだと知る。確かに見覚えのある風景だ。そろそろあふれそうなぐらいだが、ここはちょっと高くなったところなので堤防が決壊してもそんなに被害はない。
そんなことを考えていたら。
ピンポン、ピンポンと激しく呼び鈴がおされた。
だれだろう、そう思ってモニターをのぞいてみると、真っ青な顔をして雅人(まさと)が映っていた。
それも尋常な様子ではない。ずぶぬれで、目を大きく見開いて、こわばった表情。ただごとではないと、蓮は玄関へ向かう。
「どうした?」扉を開けてたずねる間もなく。
「花恋(かれん)来てない?」せきこむようにして、逆に雅人がたずねてきた。
「花恋ちゃん? いや来ていないけれど? 何があった?」
緊急事態の感触に、蓮は身を乗り出した。
「目をはなしたすきにいなくなって、近所の友だちの家に上がりこんだのかと思って連絡したけど、どこにもいないんだ。こんな雨の中、遠くに遊びに行くとは思えないんだけど」
激しい風にふき飛ばされたのだろう。雅人の手にはこわれた傘がにぎられていた。頭だけではない。全身すっかりずぶぬれだ。かなりの時間探し回っていたと見える。家に帰れば蓮の電話番号だってわかるだろうに、心配でそこまで頭が回らなかったのだろう。
「いないんだね、わかった、ありがとう」
「待て!」
また暴風雨の中へ飛び出していこうとする雅人を、蓮はとっさにつかんで呼び止めた。青白い顔で、雅人がふり返る。
「大人の人には連絡した?」
「となりの家のおばちゃんが、今家で待っていてくれてる。さっき潮見さんの家に行って、おばさんも探してくれるって。もうちょっと探してみたら警察に連絡しようって」
「お母さんには?」
「電話したから帰ってくるところ。でも電車が止まってるから」
「とにかくちょっと上がれ」
「でも」
「だいじょうぶ、時間は取らせない」
蓮は半ば強引に雅人を家に引っ張り上げると、自分のジャージを手わたした。
「ずぶぬれだから、まず着替えなよ。それからその傘も役に立たないから、これ」
レインコートもわたす。自分もレインコートを着こんで言った。
「探すの手伝うよ。あと見てないのはどの辺り?」
「どうだろう、ほとんど見て回ったと思うんだけど」
確かにそうだろう。花恋は蓮の家に遊びに来たことはない。場所も知らないだろう。そんなところまで探しに来ているぐらいだから、もう方々行きつくしたのだ。
アパートの階段を降りると、そこにちょうど陽菜(はるな)もやって来た。やはり、心配で花恋を探し回っているようだ。こちらは最初からレインコートを着ている。それでも顔からぐっしょりぬれていて、方々探したあとが見えた。
「コンビニとかも回ってみたけど、どこにもいないよ。公園にも神社にもいないし、あと小さな子が行きそうなところはどこだろう」
陽菜は心配そうな声で、辺りに目をやる。
手伝うと言ったが、これは難題だ。蓮は花恋のふだんの行動を知らない。子供の行きそうなところも、宇宙人の自分には見当がつかない。
見当がつかないだけに、蓮の口から出た言葉は、本当に思いつき。さっき見たテレビの映像を思い出しただけだった。
「川の方に行ってなければいいけどな」
「あっ!」
それを聞いて雅人が短くさけんだ。
「犬だ!」
「えっ、犬?」
「犬って?」
蓮と陽菜、二人の疑問の声が重なった。まくし立てるように、雅人が答える。
「潮見さんちの犬を見てから、ずっと犬飼いたいって言ってたんだけど、うちアパートだから飼えなくて。それがこの前、河原で子犬と遊んだって言って喜んでたんだ。野良犬みたいだったから、近寄っちゃダメって言ってあったんだけど」
「河原どの辺?」
「わからない。でも家から一番近いのは、大橋の所だ」
「行ってみよう」
三人はかけ出した。雨はますます強く、風もごうごうとうなりを上げている。低気圧の中心が近づいてきているのだ。
三人は大橋の元へとかけていった。いつも広い河原があるのだけれど、増水してすっかり水没している。河原にあったサッカー場も野球場も見る影もない。所々に生えていた木だけが激流に逆らうように水面に立ちすくんでいる。
「花恋ー!」
「花恋ちゃんー!」
三人は声を限りにさけんだ。だがその声も暴風雨の中、散り散りに消えていく。この轟音の中では声はほとんど届かないだろう。
蓮は耳の奥にしこまれたバイオチップを立ち上げて、聴覚を強化する。こうすると、可聴域も感度も数倍にはね上がる。轟音もさらに大きく聞こえるのだが、それは自動でフィルタリングしてくれる。聞きたい音だけ拾うことができるのだ。蓮は人の声が聞こえないかと意識を集中した。
すると、かすかに、花恋の泣き声が聞こえた。
どこだ? 急いで音の焦点をしぼる。地球人の耳は、形的に指向性が今一つだ。方向を特定するのにちょっとかかる。
泣き声は橋の下から聞こえる。
「蓮くん?」
突然走り出した蓮に、陽菜がおどろいて声を上げる。それにかまわず、蓮は橋の下が見えるところまで土手を走った。
見つけた。
橋の橋脚の土台の所。しがみついて泣いている。
「いた! 下だ!」
「えっ!」
二人もあわてて走ってきて、橋の下をのぞきこんだ。
「花恋!」
「花恋ちゃん!」
二人もすぐに、花恋を見つけた。だが、これで万事解決一安心ではない。二人より先に花恋の状態を確認した蓮は、状況がかなりまずいことに気がついていた。
助けに行くのが難しいのだ。河原まで水が増水し、流れもかなり勢いがある。それに逆らって橋脚まで行くのは、子供の体力では難しい。
橋の土台は橋脚より太くなっていて、そこに花恋は上がりこんでいた。いつもならばちょうど腰かけるぐらいの高さの土台も、今は水位が上がって水面の下にしずんでいる。水面は花恋の膝下まで上がっていた。このままでは花恋も流される。
「花恋!」
「待て!」
あわてて助けに行こうとした雅人を、蓮は腕をつかんで呼び止めた。
「あそこまで歩いて行こうとしても、おし流されるぞ。この時期の川でおぼれたら、水温も低いし、助からない」
「でも花恋が!」
それは蓮もわかっている。水かさはどんどん増してきている。花恋がいつまであそこにしがみついていられるか、わからない。
「陽菜! 携帯電話持ってるだろ、それで消防に電話、助けを呼べ!」
「う、うん! わかった!」
「落ち着けよ雅人、お前が助けに行って流されたら、二人とも死ぬんだ」
「わかった」
そう言いながら、蓮のおさえている雅人の腕はブルブルとふるえていた。妹の心配、自分の無力さ、そういうものがないまぜになっているのだろう。
それは蓮も同じだった。
体中のバイオチップをすべて入れれば、蓮なら花恋を助けることができる。
けれど蓮は観察者だ。そのルールにしばられている。こちらからの干渉は最小限に留めなければいけない。こちらから動くことは許されない。
救助要請があれば別なのだ。文明観察者行動規則第十二条第四項に規定がある。行動規則より上位の宇宙文明交流規範には、要請があれば助けなければならないむねが書かれている。そちらが優先されるからだ。
だが自分が止められたのと同じ理由で、雅人は蓮にも花恋は助けられないと思っている。蓮に助けるだけの能力があるなんて、知らないのだ。救助要請なんかするはずがなかった。
助けてと言ってくれれば助けられるのに、言われないから助けられない。自分の立場に蓮は歯ぎしりする思いだった。
その時、花恋が二人の姿に気づいた。
「お兄ちゃん助けて!」
大きな声でさけぶ。
それがまずかった。
かろうじて橋脚にしがみついていたのに、身をよじって大声を出したので、バランスをくずした。
膝下程度の水の流れでも、けっこうな力がある。足元をすくわれた花恋は川の中に放り出された。
「花恋!」
川に流された花恋は、ただ幸いなことにすぐそばの木に引っかかった。必死にしがみついている。だが花恋の身長では足がつかないようだ。そこから木の上に登ることはできなかった。
この寒さでは、すぐ体温がうばわれてしまう。力つきる前に助け出さなくては。消防のレスキュー部隊はまだなのか。何かできる手はないか。
「雅人、そこらの家からロープかなにか、借りてきて! 体にしばりつけて助けに行こう」
「わかった!」
そう言って雅人はかけ出す。
「陽菜、見ててくれ。俺も探してくる」
「うん! 花恋ちゃんがんばって! 今、お兄ちゃんと蓮くんが、助けるためのロープを持ってくるからね!」
蓮も雅人に続いて土手の向こうの家に行こうとした時。
「あっ!」
陽菜の声にふり向くと、花恋が流されるところだった。
花恋に流れに逆らって岸まで泳ぎ着く力はない。助からない。
その時、蓮と花恋の目が合った。
強化された蓮の耳には確かに聞こえた。
「れんくん、助けて……!」
現地住民からの救援要請を確認。文明観察者行動規則第十二条第四項を適用。
待っていたその一言に、蓮は体中のすべてのバイオチップを立ち上げた。
身体の筋肉に送られる神経信号が強化され、身体能力がブーストされる。バイオチップから放出されるナノマシンと情報伝達物質が、細胞自体も強化する。
びりびりとしびれるような感覚が、蓮に、自分の体が最高出力を出していることを伝えた。
あっという間に土手をかけ下り川に飛びこむ。
力強いストロークで川に流されていく花恋に追いついた。
花恋はもうおぼれる寸前だ。だが、蓮は冷静だった。
大きく息を吸って水の中へと潜る。ぐいぐいと何かきかすると、花恋の背中側からうかび上がった。
おぼれる相手に正面からしがみつかれると、こちらもいっしょにおぼれてしまう。それをさけるため、背中側からだき上げるのだ。
「れんくん、れんくん」
水を飲んでしまってゴホゴホとせきこみながら、花恋はこちらをふり向こうとする。暴れられると二人とも水にしずむ。蓮はことさら落ち着いた声で、花恋に話しかけた。
「もうだいじょうぶ。だいててあげるから平気だよ。岸にもどるからおとなしくしててね」
「れんくん」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もう岸まで泳ぐだけだから」
花恋に声をかけ続ける。ようやく花恋が落ち着いてきた。川の流れはかなり早いが、蓮はゆっくりと岸に向かって泳いだ。
もう立ち上がっても流されない、十分に浅いところまで来て、花恋をだいて立ち上がる。大橋からはだいぶ流された。
「れんくん、れんくん」
「よしよし、怖かったね。もうだいじょうぶ」
花恋は蓮にしがみついて泣きじゃくっている。その背中をぽんぽんとたたく。助かってよかった。
遠くから消防車のサイレンの音がする。
これは問題になるだろうなと蓮は思った。
岸に上がった蓮は、追いかけてきた陽菜と雅人にもしがみつかれた。
雅人は妹を助けてくれたことに泣きながら感謝し、陽菜の方は喜んでいるのかおこっているのか、とにかく泣きながら蓮の背中をバンバンとたたいた。
おくれてかけつけたレスキュー隊員が救急車も手配し、花恋は病院へと連れて行かれた。三人ともそれに同乗した。レスキューの人は蓮の対応をほめてくれたが、一つまちがったら二人とも死んでいたと釘をさすことも忘れなかった。
陽菜はとなりでずっと涙ぐんでいた。
冷たい雨の中、ずっと川につかっていた花恋は熱を出してしまい、そのまま入院となった。かけつけた雅人と花恋のお母さんは、ありがとう、ありがとうと泣きながら何度も頭を下げた。
蓮の方はといえば、組みこまれたバイオチップによって体調のコントロールは完璧なので、熱が出るようなこともなく、やはり電話を受けてむかえに来た美咲といっしょに家に帰った。
小さい子の命を救ったのに、蓮にあまり興奮した様子が見られず、むしろ少ししずんでいるように見えるのは、つかれているからだろうと大人たちは思ったが、蓮と美咲にはわかっていた。
こんなに目立ってはいけなかったのだ。
冥王星を見下ろす母船の会議室は、いつにない数の人でうまっていた。
いつもであれば、地球上での生活時間に合わせて会議室にやってくる調査員が、無理をしてでもこの時間におしかけている。それだけ多くが、この議題に関心を持っていたのだ。
蓮の報告は思ったとおり、やはり問題になった。
今日はそれに対するみんなの意見を聞く会議だ。だから、ただあとで記録を読むだけではなく、直接参加しようとした調査員が多かったのだ。何しろこれは、地球上で活動する調査員たちにとっては見過ごせない、ひとごとではない問題なのである。
観察者は観察対象に干渉することが禁じられている。それでは正しい結果が得られないからだ。だが同時に、その中で暮らす以上、まったく関わりを持たないのは無理がある。特に救助要請があった時には、応えなければ不自然だ。
そのために文明観察者行動規則第十二条に、救助可能な条件や、そのときに使える力の範囲が細かく定められているのだ。だがそれでも、その判断はとても難しい。
蓮の行動は、その点に照らしてもきわどいものだった。
というより、条件の適用に、かなり無理があった。
会議ではその点に関して意見が集中していた。当事者である蓮は、当然、会議に呼び出されている。いつも座っているすりばち状の席ではなく、正面の演壇のとなりに席が設けられていた。
さらに蓮のとなりには、事件の詳細を知るパートナーとして、美咲も座らされている。今、美咲は眉をひそめ、厳しい顔で発言者を見つめていた。先ほどから蓮の行動に批判的な意見が述べられているのだ。
「……この件に対し、どのレベルの救助要請がなされたのか、という点を、もっと精査すべきではないかと思われます。
そもそも、探している段階で、聴覚補佐のバイオチップを立ち上げています。それなしでは要救助者は発見できなかった。さらに救助要請も聞こえなかった可能性がある。その場合、本来こちらには救助の義務が発生しません。
さらには救助に向かう時、バイオチップを全て起動しています。救助対象者も、周りの地球人も、当観察者がそのテクノロジーを持っていることを知らなかった。必要なかったのではないか。過剰対応が疑われます」
かなり厳しい言い方だ。だが、それもそうだと蓮自身が思っていた。もともとこの条項の運用は、あとでもめやすい。まさしく今言われているような、どこまでの救助を行うべきかの判断が難しいからだ。百パーセント観察者の立場に立ったとき、自分の行いが的確だったかどうか、蓮にも確信はなかった。
なので、この件に対して、蓮を擁護する意見が多く出たのは意外だった。
「聴覚補佐バイオチップの件は、確かに事前に立ち上げるべきかどうか、問題はあるでしょう。ですが、どちらにしろ要救助者は、川に流されて目の前を通っています。おそかれ早かれ、発見はされたんじゃないでしょうか」
「救助要請自体は、聞こえる範囲内だったのではないですかね。他の子供たちも聞いているようですし」
「救助に入った時に、バイオチップをすべて立ち上げた問題は、適法ではないでしょうか。当観察者は、地球人の子供の姿をしています。通常時の体力もそれに見合ったものです。リミッターを外し、フィジカルブーストをかけなければ、観察者自身が流れにのまれてしまう危険がありました」
会議はそれからも長く続いたが、最終的には、この緊急時に力を貸さないのは、地域社会の中で生活する観察者としては不自然、助けに飛びこむべきだったかどうかは難しいが、救助要請があったので適法とされた。捜索の時にも力を使っているのは、規則違反とまではいかないが注意があたえられ、会議は終了した。
「あーつかれたー!」
美咲は大きく息をついてヘッドセットを外した。
「まあ、これぐらいですんでよかったよ。もっとおおごとになるんじゃないかと思ってた。現場のみんなは、けっこうわかってくれてたね」
その声には、本当にほっとしたという音色が混じっていて、相棒の処遇を心配していた様子がうかがえた。大きくのびをすると、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。扉を開いて取り出すのは、例のものだ。
「さて、ビール、ビール。蓮も飲む?」
「未成年だって言ってるだろ」
「もう今日はそんな建前、なしにしときなよ。ほい、飲め飲め」
美咲は蓮の抗議などお構いなしで、その手にビールの缶をおしつけてきた。
「ほら、開けて、開けて」
どうやら有無を言わせず、つきあわせる気のようだ。引く気のない様子を見て、蓮は形だけでもつきあうことにした。
「ほい、かんぱーい」
カチンと缶をふれさせる。
このまま美咲のペースに巻きこまれ、深酒する気はなかったので、蓮はテレビのスイッチを入れた。
アフリカの自然の番組がやっていた。
群れからはぐれたインパラの子供が、ハイエナにねらわれている。
無力な子供がハイエナの群れからのがれられるわけもなく、やがてつかまった。
接近したアップの映像はそこで切れたが、食べられてしまったのは明白だ。
もちろん撮影しているテレビクルーは、インパラの子供を助けるために手を出したりしない。
蓮はそこでチャンネルを変えた。
車からとっていたようだし、助けようと思えば助けられただろう。だが当然、そうしないのが自然のおきてにかなっているのだ。
変えたチャンネルの先では、いつも通りお笑い芸人が、心にもないことをハイテンションでまくし立てている。
確かに一杯、酒をあおりたい気分だな。蓮は思った。
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