第3話 友だちになりたい

「蓮、行こうか」

 声をかけてきたのは、平川雅人(ひらかわ・まさと)。すいっと背が高く、くっきりした大人びた顔立ち。実際中身も、落ち着いていて気配りのできる、優しい「いいやつ」だ。蓮の地球人評価ポイントのリストで上位につける友人だった。

「さよならー」

「じゃあねー」

 放課後になり、クラスメイトたちが帰りじたくをして教室を出て行く。蓮と雅人も荷物をまとめるが、行き先はちがう。玄関へと向かう人の流れに逆らうように、学校内の別教室へ移動する。

 この学校には、空き教室を利用した学童保育が併設されていた。親の共働きなどで、放課後家に帰っても子供だけになってしまう家庭向けに、子供を預かるサービスだ。

 蓮は設定上、年のはなれた姉と弟の二人暮しということになっている。働いている姉が面倒を見ている形なので、転入の手続きをしている時にこのサービスをすすめられ、放課後はそちらに向かうのが日課となっていた。

 雅人の家は母子家庭で、母親が働いて二人の子供を養っている。姉しかいない蓮と事情が似ていて、それがきっかけで親しくなった。

「あっ、まあちゃんとれんくん来た!」

 雅人の妹、小学三年生の花恋(かれん)が走り寄ってきた。

「れんくんれんくん、宿題教えて」

 花恋は蓮になついている。兄と似たくっきり大きな瞳をくりくりと動かして、表情豊かな、かわいい子だ。

「花恋、蓮に迷惑かけちゃだめだよ。宿題は兄ちゃんが教えたげるから」

「いやー! れんくんがいいのー!」

「いいよ、雅人。じゃあいっしょに宿題しようか」

「うん!」

 雅人はこの妹の面倒をよく見ている。家で家事もしっかり手伝っているようだ。家庭事情があるとはいえ、そういう共同体全体のために行動できるところに、蓮は高評価をつけている。

 それがつまり「いいやつ」ということだ。宇宙文明の一員としてむかえられる資格がある一人だった。

 蓮に宿題を見てもらい、そのあとひとしきりかまってもらって満足した花恋は、今度は友だちと遊びに行った。

 蓮も自分の宿題に取りかかる。雅人は、蓮が花恋の面倒を見ている間に宿題を終わらせていたので、図書室から借りてきた本を取り出して読み始めた。蓮はその本の表紙にちらりと目をやる。宇宙関係の本だ。

 ふと興味を覚えて、声をかけてみる。

「よく読んでるよな」

「うん?」

「宇宙の本」

「ああ」

「そんなに興味が?」

「ええと……」

 ちょっとはずかしそうに本に目を落とした雅人は、しばらくためらってから、口を開いた。

「俺さ、宇宙飛行士か、天文学者になりたいんだよね」

 自分の夢を語るのをはずかしがるのは、シャイなところのある雅人らしい。でも、はずかしがるような内容ではない。どちらも雅人ならなれる可能性がある。知的レベルを要求される仕事だが、雅人にはその素質が十分備わっている。

「なあ、宇宙人って、いると思う?」

 今度は雅人が蓮に聞いてきた。

 立場上、答えるのが難しい質問だ。

「ううん、そうだな……。どうだろう、よくわからないな。俺は雅人ほどくわしくないから」

 我ながら苦しいはぐらかし方だ。雅人ほどくわしくないって。蓮は心の中で苦笑する。それには気づかず、蓮の歯切れの悪さをその言葉通りに受け取った雅人は、言葉を続けた。

「俺はいると思うんだ。最近地球に一番近い星にも、惑星が見つかったんだって」

 そのニュースは蓮も確認していた。プロキシマ・ケンタウリ。太陽から四・二五光年はなれた、一番近い恒星だ。アルファ・ケンタウリA・Bとともに、三重星系を形作っている。地球人は、そこにいくつかの惑星を見つけているようだ。

 蓮たち銀河連合は、ここらの宙域には不案内だったが、地球文明発見と同時に、周辺の探査も進めた。実際のところは、アルファ・プロキシマ・ケンタウリ星系は数多くの惑星が存在する、太陽系よりずっとにぎやかな恒星系だ。生命の存在する惑星も見つかったが、地球人ほどの知的レベルには達していなかった。

 雅人は続けた。言葉に力がこもり、それだけ信じているのだということが伝わってくる口ぶりだった。

「今、観測技術が上がって、いろんな星に惑星が見つかってるんだよ。宇宙にはたくさん星があるから、そのどの星にも惑星があったら、絶対どこかに地球みたいな星があるよ。宇宙人はきっといる」

 蓮はうなずいた。

 それは確かだ。今、君の目の前にいる。

「もし、本当に宇宙人が見つかったらさ、友だちになれたらいいなあと思うんだ」

「そうだな」

 はにかみながらそう言う雅人に、今度はしっかりと蓮は答えた。


「じゃあ、また明日」

「うん」

「れんくん、ばいばーい」

 下校する時間になった。蓮は平川兄妹に別れを告げた。雅人が花恋の手を引いて、すっかり暗くなった通りを、なかよく歩いていく。その背中を見送って、蓮も家路に着いた。

 雅人の家は市中を流れる川沿いの方。蓮はそこから曲がって丘陵地のふもとの方だ。

 まだだれも帰っていないアパートの一室は、ひっそりと静まりかえっていた。明かりをつけ、パソコンに偽装した通信機器を立ち上げる。ざっと目を通し、特に緊急の用事がないことを確認する。

 ありふれた2DKのアパートが、銀河連合の地球観察拠点になっているなんて、近隣の住人は思ってもみないだろう。この家には、ふつうの家具に見せかけた数々の機器が運びこまれていた。

 蓮は台所のすみにある冷蔵庫を開ける。こちらは別に偽装された別の用途の機械ではなく、本当にただの冷蔵庫だ。中には銀河連合がこのような作戦時に持ちこむ、携帯用の糧食が積まれていた。蓮の晩御飯である。

 それを一つ取り出そうとした時、目に入った物に蓮は顔をしかめた。

 増えている。

 昨日の夜に買い足してきたな。まったく。

 一つため息をついて扉を閉めると、取り出した携帯用糧食の銀色の包みを開ける。

 包みといい中身といい、見た目は地球のバターのよう。なので蓮がそのままかぶりつく様子を見たら、みんなぎょっとするだろう。だが栄養も味も完璧に計算された、完全食なのである。

 だが、やはりどうも昼食べた給食に比べて味気ない気がする。きちんと計算され、設計されているので、数値上はこちらの方がおいしいはずなのに。

 今度、スーパーでほうれん草を買ってきて、自分でおひたしを作ってみようか。小学校の調理実習でもあつかう、簡単なメニューだ。そしたら白いご飯もほしいような。ご飯といえば味噌汁も……。

 そんなことを考えていたら、「姉」の美咲(みさき)が帰ってきた。やはり蓮と同じ、銀河連合の文明観察調査員だ。

「たっだいまー!ああ、つかれたー」

 大声でさわがしく、どたばたと上がりこんでくる。

「おかえり」

「いやー、もうつかれたわー」

 つかれた、つかれたと連呼して、どさりとスーパーのビニールぶくろをテーブルに置く。中はおそうざいのようだ。となりの部屋に入ると、部屋着に着替えて出てきた。

 美咲の外見は蓮と同じくデザインされたもの。同じように整った顔の美人だ。その顔でぴしりとスーツを着ていれば、たいがいの人がふり返る。だが、そんな様子は一瞬にしてくずれた。ゆるゆるのサイズの部屋着をだらしなく着て、きちんとセットした髪もばさばさとふりほどき、美人がすっかり台無しである。

 そのままどたどたと冷蔵庫に歩み寄ると扉を開け、中に入っていた例のあるもの、三百五十ミリリットルの缶を取り出す。プルタブに指を引っかけて開けると、炭酸ガスがぷしゅっとぬけた。美咲は、ぐいっと一口あおる。

「ぷっはー、生き返るー」

 テーブルにやってきて、どすんと椅子に腰かけると、がさがさとビニールぶくろをあさる。中から出てきたのは、唐揚げとさきイカ。

「やー、いろいろ試したけど、やっぱケチっちゃいけないね! 発泡酒よりビールだよ。特にこの間の外国産の発泡酒なんて、安いばっかで味しなかったよ。仕事上がりの一杯は、ぜいたくしなくちゃ!」

 うれしそうにビールに口をつけながら、おつまみをつまむ。その姿に蓮は顔をしかめた。

「もう少し、何とかならないのか。任務についている文明観察調査員として、だらしなさ過ぎる。それにアルコールの摂取は、脳や内臓にダメージをあたえ、この星の人間の寿命を縮めている、非合理的行動だぞ」

 お楽しみに水を差された美咲は、子供っぽく唇をつき出した。

「あら、なによう。この星の文化を調査するのも、仕事のうちでしょー? それに私たちの体はバイオチップで補強されてるんだから、アルコールのダメージなんて、いくらでも修復できるじゃない。ダメージなくメリットだけ受けられるんだから、これ以上ない合理的な行動でしょ? あんたも一杯どう?」

「……この国では、未成年の飲酒は推奨されていない。子供に飲酒をすすめるな」

「あーら残念。仕事上がりの一杯は最高なのにねえー」

 美咲は、またうれしそうに一杯あおる。地球になじみ過ぎなのではないかと、蓮は思った。

「まあまあ、蓮くんは飲めなくてかわいそうだから、せめて唐揚げをあげよう。食べる?」

「……いただこう」

 美咲のすすめるそうざいの唐揚げを、蓮も一つつまむ。唐揚げは、最初に地球に遭難した銀河連合捜査局の捜査官助手が、その報告書でなぜかひたすら推していた食べ物だ。確かにとてもおいしくて、蓮も好物となった。

 食べながら、二人はその日の観察結果の報告をした。蓮は美咲に、給食の時間に起きたいじめを伝えた。美咲は眉根を寄せながら、うなずいた。

「ああ、うちにもあるわ、そういうの。というか、私がやられてる」

「え?」

 おどろいて蓮は聞き返す。ビールがまずくなると言わんばかりのしかめ面で、美咲は続けた。

「なんか私の上司が、私とつきあいたいらしいんだけどさ。一週間ほど前にはっきり断ったら、仕事に支障が出るような行為をしてくるようになったのよ。ちょこちょこ連絡忘れるとか、細かいいやがらせなんだけどね。周りの人にも聞いたけど、そいつはけっこう、そういうことをしているらしいよ。上司は結婚してて奥さんいるんだから、断られて当然のはずなんだけどねえ」

「この国のつがいは法定上、オスメス一人ずつだよな? それを損なう行為をなんて言うんだっけ、えーと、……不倫?」

「そう。自らトラブル必然の状況を望んで、意に沿わなければ自分の指揮する集団の効率を下げる行為をしてるんだから、合理的判断ができないんだね」

 それを聞いた蓮も、思わずしかめ面になった。子供がやるのは、まだ分別が育ってないからだと言える。だが、大人になって、しかもまさに集団の力を引き出さねばいけない立場になって、それでもまだそういうことをするとなれば、地球人の資質を問わねばならない。

「評価マイナスだな」

「だねえ」

 ため息をつきつつ、夕食を済ませた二人は、時計を見上げた。

「そろそろ時間じゃない?」

「本当だ」

 蓮と美咲は通信装置を棚から取り出すと、頭に装着した。一見ヘッドホンをつけて、音楽を聞いているかのように見える。しかしこれは、脳に直接作用してイメージを送りこむ装置。今地球でも話題になっている、VR(仮想現実)の進化したものだ。

 目をつぶって意識を切り替える。

 頭の中に、ぱあっと宇宙船の中の風景が広がった。今まさにそこにいるような臨場感。空調の暖かさも感じる。

 ここは見慣れた調査母船の会議室だ。部屋の壁は一面スクリーンになっていて、外の様子が映っている。漆黒の宇宙に、冥王星と呼ばれている、二重惑星がうかんでいた。

 地球では、太陽系形成初期にできた原始惑星の生き残りとして、準惑星と呼んでいるようだ。氷におおわれた白い表面に、有機物で色づいた褐色のハート型の模様が見える。そして非常に近い位置を回る、我々の基準では伴惑星、地球では衛星と呼ばれているカロン。こちらも同じように白い氷の星だ。この二つが、弱々しい太陽の光にもかかわらず、明るくかがやいていた。

 調査母船は、万が一の発見をさけるため、太陽系の外縁部、冥王星の周回軌道上に留まっているのだ。地球に散らばる文明観察調査員をバックアップするための大型船で、その大きさは数キロメートルにおよび、小惑星並みだ。

 だがこの会議室は、仮想空間に作られた電子会議室だった。実際に似た部屋はあるのだが、結局蓮たち調査員が地球にいるままなので、こちらの方が使い勝手がいい。冥王星を背景に、中央に演壇があり、そこをすりばち状にいくえにも座席が取り囲む。仮想会議室なので、座席は集まる人数に合わせて増やすことができ、劇場やスタジアムのような規模にすることもできる。

 そこに地球各所に散らばった調査員たちが、やはりVRのイメージとして存在していた。生活する時間帯がちがうので、全員が今ここに来ているわけではない。今いるのは、アジアとオセアニアの一部に住む調査員だ。それでもずいぶんの数の人員が来ている。地球全体となれば、万の単位になるだろう。

「さて、それでは、定例の報告を」

 演壇にたたずむ、母船の調査部長から声がかかる。みんな自分たちの情報を母船に上げる。報告書は超光速通信を使い、文明観察調査員の意識からデータの形でアップロードされ、それをまとめたものがまた文明観察調査員にダウンロードされる。それは記憶をサポートするバイオチップに納められ、自分の記憶のように引き出すことができる。

 蓮は報告書をざっとながめた。世界の情勢は相変わらずだ。

 特に中近東やアフリカの様子はかなりひどい。紛争が続き、無政府状態となっているところもある。大勢の人が命を落とし、さらに大勢の人が住むところを追われ難民となっている。

 それに比べると日本はかなりましだ。自分と同じような年齢の子供の状況の差といったら。同じ星の上のこととは思えない。

 調査部長がみんなに声をかけた。

「見ての通り状況は良くない。地域によって事情はだいぶ異なり、一つの文明として検討していいのか首をひねる状態だ。我々としてはこの星の人間を銀河連合の一員としてむかえていいか、慎重に判断しなければならない。

 そのために、一見平和な土地でも、人間の本質を見極めるような事例があるのではないか。より細かいデータを収集することが求められる。各自より注意して、ささいなことと見のがさないようにしてほしい」

 蓮はうなずいた。

 確かに日本は平和な国だが、トラブルがないわけではない。蓮は梨花と杏のことを思い出した。さらには、美咲の上司が美咲に行っていることもある。

 紛争と同列に語ることではないと思うかもしれない。だが、他者の痛みを気にかけず危害を加え、自分を優位に置こうとする、その根っこの部分は同じだ。人の心の闇は戦争の時だけ表れるのではない。常に身近なところでふき出ているのだ。

 ああいうマイナスをプラスがおおいかくせるか。それはなかなか難しいことのように思えた。

 放課後、宇宙人と友だちになりたいと、はにかみながら言っていた雅人の顔がうかんだ。

 その道は険しそうだ、と蓮は思った。

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