第12話
学校帰りの放課後。
とある大きな書店の中で、大量に山積みされた漫画本を目にし、種原悟は驚きのあまりに驚愕に似た声を発した。
「俺とした事が……うかつだった……。まさか今日が発売日だったとは……」
今まさに彼の目の前に置かれている本は、彼が崇拝にするように情熱を熱く注ぎ、アニメにもなっている作品の原作漫画本『魔法少女ユカリ』と言うものだった。
普通ならば、『あっ、発売日忘れていた。でもラッキー☆目の前にあるし買っておこう!』ってな具合で済むのだが、今回はそう言うわけにはいかない。
そもそも、『魔法少女ユカリ』は数ヶ月後ファーストライブが控えており、その宣伝も含めて限定版と、通常版が一緒に発売されている。
限定版にはオリジナルDVDとライブの抽選券まで付いて、通常版の値段の三倍くらいの値段がする。
しかも予約数量限定版な筈なのに、それが彼の目の前に置かれているのだ。
「くっ……俺とした事が……リリの件ですっかり忘れていた」
悟は顔を逸らし、一瞬悔やむような仕草をする。そして、
「普通ならば、ここで予想外の出費で買えませんでした☆って的なフラグが発生するかも知れねぇが、俺はそんなに甘くねーぜ!現金は無くともカードがあるからな!!」
ふっと、唇の端を釣り上げてドヤ顔で言う悟
。
はっきりと言って傍から見たら危ない奴であり、同時にあまり関わりたくない奴である。
「取り敢えず、まずは基本の鑑賞、保存、永久保存を買うか。あと、そーいや別のラノベの新刊が出るとか言っていたな……そっちもついでに買うか……」
上機嫌に次々と本を手にしていく悟の後ろから、彼の肩をポンと軽く叩く感触がした。
振り向くと、そこには見知った人物がいた。
「やっぱり種原のアニキも買いに来てたんスッね」
そう言いながら、一人の赤毛の髪をしたどこか爽やかな印象を与える大学生くらいの緑色のエプロンを着けた青年が、悟へと話しかけてきた。
それはこの書店員であり、また悟のオタ仲間の友人の林勇作(はやしゆうさく)だった。
「ああ。そうだけど……っと、言いたいところなんだけど、たまたま入ったら出ていたんだよ」
「種原のアニキが発売日を忘れるなんって珍しいスッね。仕事スッか?」
「まぁ、そんなところだ」
勇作へと悟は苦笑しながら小さく肩をすくめた。それに対して優作もまた苦笑し「相変わらず大変スッね」と、答える。
林優作は以前、とある事件の依頼を『クライニング·セクニッション』に依頼し、そこで悟と知り合った。
その為、悟の正体を知っていたのだった。
優作は「あっ、そう言えば……」と、突然思いだったかのように悟へと再び話しかけてきた。
「当然、アニキもユカリたんグッズ(CD、円盤込み)買い漁るんでしょう?いやーファーストライブ狙いの連中多いからグッズ、関連商品手に入れるのにも苦労しそうですよねーって……アニキ何です?その妙に勝ち誇った顔をして」
「悪ぃな林……」
余裕を浮かべ、ポツリと零すように言う悟の言葉に優作は怪訝そうな顔をし、そしてすぐにハッとある事に気づいた。
そして大きく目を見開くと共に驚きの言葉を発した。
「まさか…………種原のアニキ……抽選(戦争)に参加せずに、ファーストライブに行ける………だと……」
優作は一、二歩後ろの方へと下がり、僅かによろめきながらまるで信じられないものを見るような目で悟を見た。
対して悟は腰に手を当てながら目を瞑り、申し訳なさそうな、僅かに自分の友人を哀れむような声音で言った。
「運も実力のうちなんだ……。悪く思うなよ。なぁにお前なら神の席にたどり着ける。聖地(会場)で会おうぜ!友よ」
目を開き、キリッとした表情で悟はそう告げる。その彼の態度に優作は一気に悟へと詰め寄り、彼の肩をがしっと掴むと同時に、勢い良く悟を揺さぶった。
「アニキ!それってどう言う裏ワザ的なルートなんスっか?それ俺にも教えて下さいよ!!」
「はははは。悪ぃが、教えられない。スマンな。まぁ、しいって言うんならば……」
悟は一度言葉を切り、そして一言告げた。
「俺は運が良かったんだ」
余裕に満ち足りた表情で彼はそう言った。
それは戦争に参加せずにファーストライブの席を勝ち取った強者の余裕であり、愉悦にもっとも近い感情だった。
簡単に述べると勝ち組の余裕そのものである。
もっとも、ほとんどは依頼者である星野リリのおかげでもあるのだが。
「ぜてーコネだろ!汚ねー仕事の職権乱用だなんって!?」
「はん!何度でも言え!!戦争に汚ねーもクソもあるかよ。ようは勝てば良いんだよ!皆で助け合いの偽善者精神でやったって、テメーの嫁は手にはいんねーんだぞ!お前もオタクならば分かんだろ!?」
「うっ…………」
悟の言葉に思わず優作は押し黙る。
その時、ピリリリッと携帯端末の音が鳴り、悟はズボンの中から携帯端末を取り出し、電源を入れた。
携帯を耳へと当てた瞬間、電話口の梨乃は慌てた様子で、焦りを滲ませた声音で悟へと告げた。
『悟、大変なの!?リリちゃんが拐われたかもしれない!?』
「悪い梨乃、あとからすぐにかけ直す!!」
そう言い悟はすぐに電話を切ると、真面目な表情をしながら、手にしていた本を優作へと押し付けるようにして言った。
「仕事が入った。悪ぃんだけど、コレ取り置きして貰ってても良いか?後からぜってーに取りに来るから!」
悟の真剣な表情に、また優作も先程とは打って変わって真剣な表情をした。
「分かりました!行ってください種原のアニキ。またいつものように依頼人の人を助けるんスッよね。俺はあの時、アニキのおかげで救われたんです、だから依頼人の人をアニキの力で救ってあげてください」
「林……お前……」
思わずじーんと感動する悟。
だが、次の瞬間。優作はにっこりとした営業スマイルを浮かべ言葉を続けた。
「でも、申し訳ありませんアニキ。当店では予約のお客様以外の取り置きは行っておりませんので、再度ご来店の上改めてご購入を宜しくお願い致します」
「え……………?マジ?」
「はい」
「あの林……さん?……そこを何とか。俺達友達だろ?なっ?」
「でもアニキさっき、運も実力のうちだの、これは”戦争”だの言ってましたよね?」
「ぐっ…………」
優作の言葉に悟は悔しそうにギリッと奥歯を噛む。
先程の悟の言葉を正論というかたちで返されながらも、どうにか思考を巡らせるが、だが悟は苦渋の決断に似た諦めをした。
そして。
「ちっくしょうぅぅぅ覚えていろよ!!」
何処かの三流悪役が吐くような台詞を吐きながら悟はその場を駆け出し、泣く泣く書店の自動ドアを潜ったのだった。
***
書店から出た悟は街の中を駆け出しながら、即座に携帯端末と連動しているインカムのスイッチを入れると梨乃へと言った。
「梨乃!状況を説明しろ!」
悟の声に応えるかのようにインカムの向こう側から梨乃は悟へと説明をする。
『実は午後の授業が終わってから、リリちゃんと学校の校門の前で待ち合わせしていたんだけど、全然待ち合わせの場所にも来なくって……。だからあまりにも遅いから迎えに行ったんだけど、けどリリちゃんは何処にも居ないし、先生達にも聞いたら帰ったって言っていたの』
「……………」
『それに一つ不審な点があったの』
「不審な点……?」
梨乃の言葉に悟はピクリと眉をひそめ、それに対して梨乃は小さく頷く気配と共に再び言葉を続けた。
『梨乃ちゃんの下駄箱の中にまだ靴が残っていたの』
「靴が残っていた?」
『そうなの。靴だけ残るのって変じゃない?しかも学校から出た形跡がない。だとすると、校内の中に犯人がいて、リリちゃんを連れ去った可能性が高い。そうとしか考えられないよ!どうしょう悟、このままじゃぁリリちゃんが危ないよ!!』
「落ち着けって、まだリリは殺されはしない」
『どう言うこと?』
怪訝そうに、僅かながら焦りを含んだ声色で訊ねる梨乃に、悟は自分のバイクを止めていた駐車場へとたどり着いた。
そしてバイクの方へと足を向け、黒色のヘルメットを手に取った。
「犯人は間違えなくリリの幼なじみである桐生時雨だ。アイツはリリをすぐに殺したりなんかしないはずだ。犯人の目的は”星野リリにアイドルを辞めさせること”だからライブ前日の日に動いた」
『……………』
「リリのライブを中止させ、リリ本人に直接アイドルを辞めさせる、もしくはライブ当日にアイツを殺す事。それもライブ当日の日にな。だから今すぐには殺される心配はないはずだ。だが、速急にリリを見つけ出さねぇと危ない事には変わりねぇからな……」
『でもどうやって見つけ出すの?手掛かりが無いんだよ?……あっ、リリちゃんのGPS!?』
ハッと気づく梨乃に悟は呆れながら短いため息を吐いた。
「気づくの遅せぇよ、ばーか。取り敢えずお前は会場のスタッフ達にリリは後から来るって伝えて、誤魔化しておけ。リリが拐われた事がスタッフ達にバレたりなんかしたらライブ自体がすぐに中止になるぞ」
悟は一度言葉を切り、そして真剣な表情で再び口を動かした。
「絶対にライブを中止させるな。それに腑(ふ)に落ちない点がある。リリを拐って殺すだけならばまだしも犯人には他に目的がある筈だ。それに……リリはこの日の為に努力し、頑張ってきた。その頑張りを無駄になんか絶対にさせねぇぞ」
『うん!そうだよ。リリちゃんはきっとこのステージに立つのが夢だった……。それを壊そうとするなんって絶対に駄目だよ!分かった、こっちは何とかしてみるよ!悟はリリちゃんを絶対に連れ戻してきてね。待ってるから!』
心配そうな声で言う梨乃に悟は口元を緩め、
そして強い瞳で、はっきりとした声で彼女へと告げた。
「ああ。絶対に連れ戻して来る。だからそっちも頼んだぞ、梨乃」
『任せといて!』
その言葉を聞き、悟は梨乃との通話を終えると自分のバイクに跨り、ズボンの中に入れていたデバイスを取り出した。
そして彼はデバイスの中にあるGPSのアプリを起動させた。
数秒後、画面には市内の街の中の地図が表示され、その中に赤い点滅があった。
悟はそれを指でタップし、拡大をする。
その場所はリリがライブを行うアリーナ会場から、さらに離れた場所にある廃工場付近だった。
この工場は数年前から閉鎖されており、今は誰もよりついてはいなかった。
しかも場所自体も入り組んだ、見つけにくい場所に立っている為、きっと犯罪に使われたとしても場合によっては見つけられない恐れがある。
つまり犯罪に利用するには持ってこいの場所だ。
だが、同時に。
(何でこの場所なんだ?)
悟は違和感を覚える。
犯人の狙いは星野リリを自分のものにする事。だがそれが叶わなかった場合、犯人の矛先は一体何処に向かうのだろうか?
(まさか!?……なるほど!そう言う事かよ!?)
悟はある考えが瞬時に脳裏に浮かび上がり、一瞬苦虫を噛み殺したような表情をすると、
彼は素早くデバイスをズボンのポケットの中へと滑り込ませ、手にしたヘルメットを被った。
そしてエンジン音を鳴らし、悟はバイクを走らせたのだった。
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