第10話
オレンジ色に染まる夕日の街の中を茶色の髪を後ろに短く束ね、銀縁の眼鏡を掛けた一人の少年が歩いていた。
少年……桐生時雨は街の雑踏の中を無言で歩きながら駅へと向かっていく。
周囲は夕方と言う事もあり、学校帰りの学生達や会社帰りのサラリーマン、OL達の姿も多かった。
中には友人達とふざけ合いながら談笑し、仕事の疲れを癒す為、近くの居酒屋へと入っていく中年のサラリーマン達とすれ違った。
彼は周囲の人間達に興味など一ミリすらも抱かず、それどころか彼の思考は別のところへとあった。
それは星野リリと共にいたあの少年……種原悟の事だった。
……アイツはリリの何なんだ!?……
リリは……アイツは昔から俺の傍に居たんだ。俺が傍にいて、ずっと護ってきてやったんだ。リリのあの笑顔は今も、昔も俺だけに向けられていたんだ。
なのに……それをあの男はあの時、俺にリリを狙っていると宣戦布告をしてきた。
しかも挑戦的な目をして、だ。
リリを奪うなんて赦さない。
彼女を愛しているのは自分だけだ。
それを奪うなんって絶対に赦さない。況してや急に現れた何も知らない男なんかに!!
それにアイドルなんって彼女には向いてはいない!
自分の歌が観客たちに届いている。
応援をしてくれているファン達が自分にはいると彼女はそう思っているに違えないが、そんなのはまやかしに過ぎない。
今世間では、リリは歌姫だと周囲から評されているが、彼女自身のブームが過ぎ去れば周りには見向きもされずに彼女は終わってしまう。
そうなればあとは消えていくのみだ。
だから彼は彼女に”嫌がらせ”をした。
早くアイドルを辞めて自分の元へと戻ってくるようにと。
歌は何処にいても歌える。
そう。昔二人で一緒にいた頃のように。
それに飛べなくなったカナリアはまた再び籠の中で歌い続ければいいだけの事だ。
時雨はギリッと奥歯を噛み、心の中で苛立ちを募らせていく。
なのに何故諦めようとしない……!!
”嫌がらせ”をエスカレートさせ、彼女自身に身の危険を感じさようとすれば、彼女は自分にまた昔のように助けを求めてくるに違えない。
自分を頼りにして来るに決まっている。
そう思っていた。なのに何故まだ戻って来ない!
彼女の大切なもの全てを奪えば、彼女は自分の元へと戻ってくるのだろうか?
彼女の大切なもの全てを奪った時、彼女は一体どんな顔をするのだろうか……?
彼女を取り戻したい気持ちと、胸の中で湧き立つ嫉妬心で気が狂いそうだった。
「コレって星野リリのファーストライブのヤツじゃん」
「うぉ!このポスター超ヤベーくらい可愛くね?」
突然。その声に時雨は足を止めた。
いつの間にか駅の近くへとたどり着いていた彼は、その近くの壁に幾つも並んで貼られてあるポスターの前に立つ二人組の学生達へと目を向けた。
学生達はポスターに写っているリリの話題で盛り上がっているようだった。
それもその筈。
ポスターには詳しいライブの日程、時間、チケット販売の詳細などが詳しく記載されていた。
ライブそのものは一週間後開催される予定となっており、チケットはすでに完敗されていた。
だが、中にはチケットを入手為に転売品と化したチケットを購入するものは後を絶たなかった。それほどまでに星野リリの人気は凄まじさを感じさせていた。
───気に入らない───
心の奥底で時雨は不愉快さを感じ、だが同時にある考えが彼の中で生まれた。
……そうだ。あの計画の中に彼女が大切なものを組み入れよう。そうすればきっと彼女も……。
(リリ待っていろ。絶対に誰にも邪魔をさせない。もうすぐ、もうすぐお前を迎えに行く。だから待っていろ……)
時雨は口元を緩め、ふっとした表情を浮かべ、再びその場から歩き出した。
彼は”計画”を実行する。
そこに一瞬の”躊躇” ”迷い”など存在はしない。
そこにあるものは彼の強い想いのみだ。
彼はそれを疑うことすらしやしない。
それが今の彼の自分自身の絶対的な”確信”に似た想いそのものだったからだ。
何としても大切な、大切な愛しい彼女を自分の元へと連れ戻す。
それが、その想いが今の彼を突き動かしている衝動だった。
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