第6話

薄暗い自室の中、悟はパソコンの前に座っていた。

彼の目の前には二つのディスプレイがあり、一つの画面にはリリの画像とプロフィールが映し出され、もう一つには暗証番号入力画面が表示されていた。

悟は真剣な表情で、それらにカタカタと音を鳴らしながらキーボードの上に指を踊らせた。

悟はリリの情報を得る為に国の警察が管理している国民の個人情報バンクにハッキングを仕掛けていたのだった。


西暦2025年、現代社会では”情報”社会となっていた。

”情報”と言うものは、あらゆる価値が存在する。

例えば、必要な殺人犯の情報提供、人探しでの情報、ネットのSMSでの情報拡散など、様々なものから不要なものまで含まれる。


必要な情報。


不要な情報。


それらの全ての情報を国全体は管理し、中には個人情報を厳重として扱っていた。

”情報”を得る事で犯罪事件の解決に繋がるが、また同時に犯罪などに利用されてしまう恐れがある。

それだけ”情報”と言うものに価値がある。

だから国は”情報”を管理していた。

国の中で”情報”を主に管理しているのは、警察と、日本国家のあらゆる情報を全て管理する機関組織道標の遺産だけだった。

《道標の遺産》は基本表には出て来ず、警察の管理下にあるとされていた。

だが、それは表向き。

実際には《道標の遺産》の管理下に警察がついていたのだった。


ハッキングを仕掛けていた画面が数秒後切り替わり、星野リリの個人情報がパッと、映し出された。

それを見、悟は小さくほくそ笑んだ。


(おっ!出た出た。さすがは俺だな)


心の中で自画自賛をしながらリリの個人情報を閲覧していく。

星野リリは幼い頃もの心がつく前に両親が離婚。

その後、リリは母親から虐待を受け、施設へと預けられた。

その7年後、リリは偶然学校帰りに今の事務所のマネージャーからスカウトを受け、今に至り現在アイドルとして活動をしている。

悟は画面に映し出されたある文字に目を止めた。

それはリリが預けられていたと言う『四つ葉の家』と言う施設だった。

悟は小さく眉をひそめた。

彼女に関しての他の情報が詳しく記されているのに、施設に関しての情報があまり記されていないのだ。

悟はキーボードの上に再び指を踊らせ、検索をかける。


程なくして、子供たちが施設の中で楽しく遊んでいる姿の二枚の画像データーと施設の説明が記載されていた。

悟は、さらに右側にあるディスプレイの中に表示されている暗証番号に似た数字の羅列を、光速の速さのごとくの指を動かしなかまら打ち込んだ。

だが、ビーッ、ビーッと、けたたましさに似た音と共に、右側の画面には赤いエラー表示がいくつも出ていた。

それを見やり悟は苦々しげに呟いた。


「クソ……やっぱ無理だったか……」


基本施設の情報は個人情報と同じく、いや…

…それ以上に厳重に管理されている。

施設の情報は個人情報とは違い、集団での情報が多く、また情報量も通常に比べたらその倍もあるのだ。

情報の漏洩、悪用などを防ぐ為に厳重に管理されていると言っても過言ではなかった。

悟はため息を吐きつつ、エラー表示の処理を素早く行い、そしてもう一度画面に表示されたリリの個人情報へと目をやった。


数時間前。梨乃から受けた情報によると、PV撮影中に犯人はリリを直接狙い、彼女へと照明を落下させた。

間一髪のところで梨乃がリリを助け、照明のケーブルの切り口には刃物か何かで切ったような跡があったと梨乃は言っていた。

幸いにも梨乃が助けに入ったのが早かった為、傷一つ負うことはなかったのだが、襲われた時リリは酷く気が動転しているらしかった。

今まで犯人は、直接リリ自身を狙う事はせず、周りの人間を狙っていた。

彼女に届くのは気味が悪いメールと、彼女の部屋の近くに誰かがいる気配だけ。

直接星野リリ自身には危害が加わってはいなかった。

だが、犯人は今日の撮影の最中にリリ自身に危害を加えようとした。

おそらくだが……犯人はリリに対して今までの行為を脅しに近い感覚でやってきていたのだろう……。


リリ本人を傷つけるより、彼女の周りの人間を傷つけた方が彼女がより傷つき、彼女が最後に自分に従うのだとそう思ったのだろう。

これは彼女の事をよく知る人間、もしくは彼女と深い関わりがある人間にしか出来ない事だ……。


だとすると……やっぱ、この施設に何かありそうだけどな……。


悟は妙な引っかかりを覚え、思案顔をしながら机の上に置いていた携帯端末を取り、ある場所へと電話を掛けようとした。


その瞬間。


ピリリリッと、した着信音が鳴った。

電話の相手は新垣梨乃からだ。

何か新しい情報で掴んだのだろうか……?

そう思いながら、悟は手にしていた携帯端末の通話ボタンを押し、それを耳へと当てた。

その瞬間、明るく、何処と無く弾んだ可愛らしい声が悟の耳へと届いた。


「あ、悟。あのね、お願いがあるんだけど……今日の悟の制服姿の写メ送っ……」


……聞かなかった事にしょう。……

悟はそう思い無言で即座に通話を切った。

そして彼は何事も無かったかのように、今度こそ別のところへと電話を掛けた。数秒後。三回目のコールで相手へと繋がた。


「もしもし、俺だけど。お前から買いたい情報があるんだ」


悟は気楽な口調で、そう電話の相手へと告げた。


***


深夜。

学校の生徒会室の壁際に一人の少年が佇んでいた。

窓際から射し込む月明かりを浴び、少年は外の方へと視線を向け、空に浮かぶ美しい月を眺めた。

少年は思考を巡らせようとした。その瞬間、教室のドアがガラっと開かれた。

少年は開かれたドアの前に立つ人物を見、その人物……種原悟へと声を掛けた。


「やぁ、悟。君の事を考えながらずっと待っていたよ」


愉しげに、そしてからかうような口調で、黒のブレザーの制服姿に、左腕には生徒会の腕章。そして、何処と無く人を食ったかのような印象を与える少年……この星蘭月学園の生徒会長の唯月弦はそう言った。


「気色悪い冗談言ってんじゃねーよ」


うんざりしながら悟は室内の中へと足を踏み入れ、そして窓際に立つ唯月へと近づく。

「で?俺から買いたい”情報”って言うのは何なんだ?」

何気ない口調で訊ねる唯月に、悟は近くにある長机の上に軽く腰を掛け、唯月に一枚の写真を軽く投げた。

唯月はそれを素早く指でパシッと受け止め、

それを見る。

そこには施設の中で楽しそうに遊ぶ数人の幼い子供達が写っていた。

だが、数人の子供達の中に2人だけ離れて絵本を読んでいる男の子と女の子がいた。

女の子はつまらなさそうな顔をし、それに対して笑顔で男の子が女の子へと話し掛けているかのように見えた。


「その施設、『四つ葉の家』の情報と、その写真の中の絵本を読んでいる二人の子供の情報を売って欲しい。特にその女の子……星野リリが施設にいた間の情報をな。ちなみにそれ、俺の今回の依頼人なんだよ」


「え!悟の依頼人って幼女なのか!?」


「違うに決まってんだろ!!それは依頼人の7年前の写真に決まっているだろーがよ!?」


激しく突っ込む悟に対して、唯月はヤレヤレといったような表情をし、小さく肩をすくめた。


「軽い冗談なのになぁ」


クツクツと小さく笑い、そして唯月は瞳をスっと細め、真面目な表情で悟に言った。


「でも、この程度ならばお前にも簡単に調べられたんじゃないのか?《道標の遺産(こちら側)》から情報を買う必要はあるのか?」


「残念ながら、この天才的な俺でも施設のハッキングは無理だったんだよ。しかも生意気な事に他の情報に比べて妙に厳重に管理されてやがった……。だから、そっちから買う必要があるんだよ」


そう悟はため息混じりに、少しつまらなさそうな口調で言った。


《道標の遺産》


日本国家のあらゆる情報を全て管理する機関組織。《道標の遺産》は日本国家の情報の要と言っても過言ではない存在だった。

決して表には出て来ることは無い重要で、巨大な組織である《道標の遺産》は日本の各地にいくつものポインターが存在していた。

その各ポインターを通じて本拠地である《道標の遺産》の機関組織に情報が集められ、管理されていた。

また、ポインターの一つの中に星蘭月学園も含まれ、生徒会長である唯月自身も《道標の遺産》に所属していた。

その中でも階級での序列が存在しており、唯月は序列五位にあたり、星蘭月学園のポインターの管理等お呼び、彼を初めとする生徒会の人間達も彼と同様に組織に所属する彼の部下だった。

また、悟とは互いに”情報”と”依頼”を売り買いする間柄であった。


「それに……なーんか、引っかかるんだよなぁ。いくら孤児院の施設だからと言っても、施設の”情報”の管理がガッチリし過ぎている……。逆に言えば、ここに何かあると匂わせている。そんな感じがするんだよな……」

悟は思案顔で顎に手を当て、考える素振りをしながら言った。

それに対して唯月は苦笑気味に軽い口調で言う。

「たまたま”情報”の管理が頑丈だった訳じゃないのかい?ハッキングを仕掛ける不要な輩から護るようにとかさ」

「あ?それって嫌味なのかよ?しかも管理ってお前らの組織が大体管理してんじゃねーかよ」

少しだけ不満が混じった口調で言いながら、唯月へと目をやる悟に唯月は、

「確かにそうだけど。でも、勘違いしてもらっては困る。俺はあくまでもこの学園のポインターの管理を任されているただの下っ端にしか過ぎない。それにお前に”情報”を毎回売ってやっているだろう?」

そう答えた。

「なにーが下っ端だよ。組織の序列五位のくせに」

「五位でも下っ端は下っ端なんだよ。上からの命令には逆らえないからね」

唯月は苦笑し、再び小さく肩をすくめた。

それを悟は、嘘くせぇなコイツ……と、言うような顔をしながら見る。

そんな視線を感じながらも唯月は全く動じる事もなく、平然とした様子で悟へと口を開いた。

「わかった。この”情報”を君に売るよ。期限はいつまで何だ?」

「出来るだけ速球に頼む。ちなみに”情報”料の金額はいくらなんだ?」

「今回は取らないよ。君はお得意様だからね。サービスだよ」

真面目な表情で言う悟に唯月は柔らかい微笑を浮かべながら言った。

それはまるで裏がある。そんな顔をしており、また唯月自身が悟に対してこんなサービスするのは初めてだった。

悟は露骨に嫌そうな顔をしながら、唯月へと単刀直入にハッキリと告げる。


「おい、目的はなんだ?ハッキリと言え」


その言葉に唯月は、ふっと小さく笑い、そして悟へとしごく真面目で真剣な表情をした。


「”情報”料タダにするから、梨乃とデートさせてくれ!!」


それは唯月の心からの切実な願いだった。

それを聞き、悟は深い息を吐きながら、

「んな事本人に言えよ」

と、呆れながら言う。それに対して唯月は「言えたら苦労しないんだよ……」などと言いながら再び言葉を続けた。


「本人に言ったら、ゴミを見るような目で嫌だと言われた。さらにメールでしつこく誘ったら『死ね』と言う返信がきたんだ。ここはやはり幼なじみである君の協力がいると俺はそう判断したんだ!!」


ドヤ顔で言う唯月。

そんな唯月へと悟は真顔でキッパリと断る。


「悪いが断る。俺もまだ命はおしいからな」


「そんな事言って君、幼馴染の彼女を俺に渡したくないんだな」

「変な事言うな!前にお前の事を梨乃に進めたら、梨乃から『悟、何変な事言っているの?』と言って、本気で殴り掛かられそうになったんだよ!!」

悟は唯月へと強く言い返す。

実際のところ唯月の事を勧めたが為に、梨乃から笑顔で本気で殴られそうになった悟は、その時実感したのだった。

もう絶対に余計なマネはしてはならない。

でないと殺されると。本気でそう思ったのだ。

「あー……ところでさ、」

悟はわざと話題を切り替えるように、唯月へと真剣な表情をしながら話し掛けた。


「あの事件の情報はまだ、そっちに入ってないのか?」


悟の質問の意図を唯月は即座に理解し、それに対して彼は小さく頭を振った。

「残念ながら今のところは、こちら側には入って来てないな……」

「そうか……」

唯月の言葉に悟は少しだけ自嘲気味に、そして短い息を吐いた。

まぁ……分かっていた筈だ。

一筋縄ではいかず、長い道のりだと言うことぐらいは……。


二年前。

悟は両親を何者かによって殺害された。

ある施設の科学者だった両親は、ある一つのものを研究していた。

当時、両親が何を研究していたのか悟は全く聞かされておらず知る由もなかった。

だが、それを熱心に研究していた事だけは覚えていた。

ある日、両親の研究所に訪れた彼が目にしたのは血の海と、変わり果てた両親の姿だった。

研究所は何者かによって荒らされた痕跡があり、両親を含む他の科学者達の遺体の腕には五芒星のエンブレムが血痕で刻まれていた。

研究していたものは全て何者かによって持ち去られ、手掛かりとなるものは全て破壊されていた。


殺された被害者の数は約二十名。


残された手掛かりは死体に刻まれた五芒星のエンブレムのみ。


犯人の本来の目的も、持ち去られた研究成果も分かっておらず、当時大体的なニュースとして報道され、警察も全力をあげて捜査をしていた。

が、結果。犯人はいまだに捕まってはおらず、捜査は打ち切りになり、彼……悟自身は自分の両親を殺した犯人を自身で追っていた。

そんな中、《道標の遺産》と協力関係にある悟は事件の情報を《道標の遺産》へと依頼していたのだった。


依頼で新たに得た事実は三つ程あった。

犯人は単独犯ではなく、組織だと言う事。

両親を殺した組織は研究成果が狙いではなく、その中にある一つのデーターが目的だった。

そしてその組織は悟自身を狙っている可能性があると言う事が分かった。

それを知り、悟は組織の情報と生活費を稼ぐ為に敢えてわざと《クライニング·セクニッション》を立ち上げたのだった。

それは自らを囮として情報を得る為の目的としてもあった。


「敵もなかなかやるようだからな。情報機関のこちら側に情報を掴ませないなんって、なかなか出来る事じゃないしな」

唯月は感心するかのように顎に指を当てながら面白おかしく言う。

それは傍から見たら少し愉しんでいるかのようにさえ見えた。

そんな唯月へと悟は呆れながらも、冷たい視線を投げる。

「感心している場合かよ。たっく……ちっとは仕事しろよ。税金ドロボーの管理者」

悟の言葉に唯月は軽く笑い、「分かっているよ」と短く答えた。

そして彼は表情を変え、悟の方へと身体を向けながら一つの言葉を口にした。


「なぁ、悟。君はもし両親を殺した組織を捕まえたら復讐したいと思っているのかい?」


その突然投げられた言葉に悟は一瞬沈黙し、

口の端を緩め、そして唯月へと視線を向けながら、告げた。


「さぁな」


それは否でもなく、肯定でもなく、彼は曖昧にそう答えた。

彼は自分の両親を殺した組織を追い、何故両親は殺されたのか、また何故自分が狙われているのか?その事実を知りたかった。

自分の全てを奪った組織を壊滅させ、一生分の罪を償わせてやりたいと言う気持ちと、奴らに復讐したい気持ちが相反して存在していた。

そのどちらかと言うと正直な気持ち自分でもよく分からない。

だから彼はそう答えたのだ。

だが、唯月はその言葉に何か別のものを感じ取った。


「まっ、取り敢えず頼んだぜ。生徒会長サマ」


悟は意地の悪い笑を浮べ、そして座っていた長机の上から降りると、その場から歩き出した。

唯月はその背を見つめながら、薄く瞳を細めた。

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