第一章「スナ」

“虫の報せ”だろうか。その現象は、このひと月の間に立て続けに起きた。

真冬の深夜。残業でくたくたになってバイトから帰ると、アパートの部屋のポストの底に無記名のエアメイルがポロリと転がっていた。手に取ると氷の様に冷たい。

一瞬、真砂の掌の冷たさが鮮明に蘇った。3日前に彼の死を聞かされたばかりなのに。


「鳥飼真砂、覚えてる? 彼、死んだのよ」

駅前で偶然会った高校時代のクラスメイトが、眉をひそめた。『覚えてる?』という尋ね方が、当時の彼のインパクトの薄さを物語る。

「クラス会の幹事が自宅に連絡してわかったんだって。バリ島で5年くらい昔に。事故じゃなくて病死らしいけど。私も人づてに聞いたから詳しいことはねえ・・・風変わりな子だったけど、最期も何だか謎よね」

度を越すショックには、咄嗟に反応できないものだ。私は表情一つ変えずに首をかしげるのが精一杯だったので、難なくその場をごまかすことができた。

真砂の死に私は正直ホッとしていた。これでやっと、忘れる為に無理やり彼を憎み日々から解放される。憎みでもしなきゃ乗り越えられない。それほど彼の存在は激しく深く、甘い心傷(トラウマ)だった。


真砂の奇妙なラブレターは、そんな精神状態の私の元に届いたのだ。

『僕は、君を愛していた。心から』

今更そう言われたって困る。

5年前、突然真砂に別れを告げられた日から、私の視界から色彩が消えた。

世界中が私をおいてきぼりにしていく。360度のモノクロ映像に囲まれて毎日を生きている。どんなに精一杯誠実に社会と関わろうとしても空回りする。とっつきにくいと言われたり、無遠慮に他人に近づきすぎると言われたりと滅茶苦茶で、とうとう同性とも異性ともうまくつきあえなくなった。

真砂との恋で私の心のネジは磨耗しきってしまったのだ、と思う。

忘れるのが正しい、と思う。いい思い出にして他の誰かと恋をして結婚して・・・そうしたかったけど、結局今も私は一人ぼっちだ。

時間は何も解決しない。5年過ぎた今も、あいにく私の心には真砂がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る