コンビニ灯台

琥珀 燦(こはく あき)

コンビニ灯台

「兄ちゃん、ママがいない」

妹の泣きべそで目覚めた。枕元の時計を見ると夜の2時近く。僕はぼーっとしながら妹の手を取り「どうした?」と聞いた。

妹のくるみが、トイレに行こうと起きると、キッチンの灯りがついたままで、気になってママの部屋をのぞくとママがいなかった。

「颯太兄ちゃん、どうしよう?」

くるみの涙が止まらない。僕も家中をママを探してみた。くるみは泣きながら心配そうに後を着いてくる。僕は振り向いて、くるみの肩をそっとたたいた。

「ママ、きっとちょっと用事があるんだ」

くるみをリビングに連れていき、テレビをつける。見たことないアニメをやっている。くるみは泣き止んでテレビを見ながら少し笑ったりした。

さてどうしよう。僕んちはパパが単身赴任で、ママとくるみと僕の三人暮らし。ママかパパの携帯に電話をすればいいけど、僕は来年一年生でまだ電話のかけ方を教わっていない。ああ、情けない。

30分待った。僕はくるみに声をかけた。「くるみ、ママを探しに行こう。泣かずに一緒に来れる?」

くるみは大きくうなずいた。

くるみにパジャマの上からカーディガンを着せた。僕はパーカーをはおって、パパが買ってくれた野球帽をかぶった。…僕は強いんだ。お兄ちゃんだから、くるみを守らなきゃ。

手をつないでマンションを出る。探すあてはある。保育園に行く途中にあるコンビニ。ママはあそこによく買い物に行く。今回も、寄っていたとしたら何かわかるかもしれない。

外は霧がかかっていた。マンションの前の公園をライトが照らしてる。この真ん中を反対側に突っ切っていく。すべり台もブランコもシーソーも木々も霧に包まれている。

公園を抜けると、電柱の灯りしかなくなり、薄暗い道が続く。知らない町みたいだ。くるみが僕の手をぎゅっと握り直す。もうくるみは泣かない。本当は怖いんだ。大丈夫、兄ちゃんがついてる。

コンビニの背の高い看板が遠くにぼんやり光って見えた。まるで灯台みたいだ。僕は野球帽のつばをきゅっと右にずらして、心の中で言った。…僕はあの灯台を目指して進む船の船長だ。

コンビニの重いドアを開けるとピロリロリン♪と可愛い音楽が鳴る。同時に、くるみが我慢が解けたのか、うわあと大きな声で泣きだしてしまった。

「坊やたち、こんな夜中にどうした?」

オレンジの制服を着たお兄さんがレジから出てきた。胸の名札に「ひの」と書いてある。

「起きたらママがうちにいないんです」

「それは大変だ。きみたちいつも昼間来てる子だよね。名前言える?年は?」

「市橋、颯太(いちはしそうた)。6才」

「いちはし、くるみ。3才」

「うちはここから近く?」

「くすのき公園の前のマンションです」

「そうか。颯太君、くるみちゃん、よく頑張ってここまで来たね」

ひのさんが僕とくるみの頭をなでてくれた。

「ママ、お店に来てませんか?」

「きみんちのママかー。僕は見てないなあ。さっき交代したばかりだから…ちょっと待ってて。店長に電話してみるよ」

 ひのさんはレジの奥で少し電話で話して、

「店長が来てくれるから、お店番交代してもらって僕がおうちに送ってくよ」

そう言って、温かいココアを僕たちの手に渡して「これは僕のおごり」と笑った。

 店長さんが来て僕たちはお店を出た。くるみと僕の手をひのさんが両手で繋いでくれる。

「こんな暗い道をこども二人で怖かったろ?」

「お兄ちゃんと一緒だったから、くるみ泣かなかったよ」

くるみはすっかりひのさんになついてる。

公園の入り口で反対側から「颯太?くるみ?」と大きな声。ママが走り寄ってくる。

「ママー!」

 くるみが、ママに抱きついて泣き出す。

「ごめんね。びっくりさせて。お隣の町のお祖母ちゃんが急に具合が悪くなったってメールが来て、つい慌てて出かけてしまったの。心配かけたね颯太、くるみ」

そう言ったママの目からも涙が流れた。ひのさんが僕の肩をたたいて言った。

「颯太君もくるみちゃんもえらかったですよ。ママを探すために一生懸命考えて行動したんです。今度こんなことがあったら、ちゃんと説明して出掛けるようにしてあげてください」

 ママがありがとうございます、と頭を下げた。僕に手招きした。ママが左手でくるみを、右手で僕をぎゅっと抱きしめた。僕はママの腕の中で、(将来、船長さんもいいけど、優しいコンビニの店員さんになるのもいいな)と思った。   -終-




[あとがき]

あるコンビニ店員さんから聞いたエピソードが衝撃で。

3、4歳の子供が、深夜に一人でコンビニに来て「起きたらママがいない」と泣いていたとのこと。

お母さんにもいろんな事情があると思います。でも、真夜中に目覚めたらひとりぼっちなんて。

颯太くんの名前が、この執筆時現在に30連勝目前で騒ぎになっている藤井総太君と重なる部分があって。いや、名前の読みが同じなのは偶然なんですが。強く生きてほしいなあ子供たち!と思います。


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コンビニ灯台 琥珀 燦(こはく あき) @kohaku3753

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