第2話 私的☆夢十夜 第二夜
こんな夢を見た。火が遠くで、赤々と燃えていた。私は、左手に大きな旗を持っていた。その旗は、藍布に金の刺繍で『上』と書いてあった。それをなんと読むのか、私にはわからなかった。学がないのだろう。そして、ないからこそ、こんな戦場に連れてこられたのだと思った。右手には、馴染まない大振りの刀を持っていた。農具を扱っていた手に、武器はひどく不釣り合いだった。私は、ここから逃げたいと思ったが、逃げることはできないと、同時に思った。私は、戦に向かおうとする行列の中にいた。左右の男は二人とも甲冑を落とさんとばかりに、深く被っていて顔はわからなかった。少しすると、行列は急にその足を止めた。そして、行列の先頭に立っていたらしき、長い艶のある髭をもった男が言った。
「みな、各々の手柄を立てるべく闘うのじゃ」
左右の男は、旗を掲げ鬨の声をあげた。私も真似をして声をあげた。しかし、私は手柄を立てたいとは思わなかった。それどころか、早くこの場から離れたいということしか、頭になかった。しかし、再び動き出した行列からは、抜け出すことは出来なかった。
「私は、死ぬのかな?」
隣にいた男が、始めて話しかけてきた。その男は、どうやら私と同じ里から来たものなのだと、私は悟った。
「どうだろうねぃ」
と、私は答えた。男は声色を変えずに、また聞いてくる。
「私は、殺すのかな?」
「さあねぇ」
私は、また答えた。男は「そうだな」とだけ言って、もう二度と口をきくことはなかった。私は、この男の疑問は、私の疑問なのだろうと思った。しばらくして、行列は火の中に入っていった。そうやって歩いていると、気がつくと私は一人になっていた。燃え盛る火の中に、私は進んだ。すると人の影があった。私は、ほっとして近づいていくと、その男は紅布に金の刺繍で『下』と書いてある旗を持っていた。私は、その男が敵なのだということがわかった。その男は、私に長い槍の先を向けてきた。私は、心底死にたくないと思った。だいたい何故、私のような農民に兵をやらせるのだと将を怨んだ。それから、里と自分の田圃を思い出した。私は、田の碧が好きだった。田を耕して一生を終えることに、何の惜しみもなかった。気がつくと、私は手を真っ赤に汚して、炎の中で立っていた。足元には、名も知らぬ男が転がっていた。私はこの赤は、炎ではなく人の血なのだろうと思った。
そして、私はずいぶんと前から、人を殺したことがあったことに気がついた。
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