第13話
開いた石壁から突き出したのは巨大な顔は、豊かな鬣を生やしたライオンの顔。そして並んで突き出したのが見事な角を持つ真っ黒な山羊の顔。
「見よ! 俺の技の素晴らしさを!」
「キマイラ」
ネフリティスが呻く。
その二匹が並んで部屋の中に入ってくる。
しかしそれは二匹ではなかった。
ライオンの顔と山羊の顔。それが巨大な一つの胴体につながっている。その胴体はライオンに見えたが、その全体がはっきりとしてくるにつれ、その印象も変る。
上半身はライオン、下半身は山羊。
しかもその山羊の下半身から生える尻尾は鎌首を上げ、細長い舌を震わせている。蛇だ。
「ナンダアレハ?」
「ちょっと……厄介そうね」
「きます! わたしの後ろに!」
ネフリティスの叫びに三人は後ろに回りこむ。ネフリティスは杖を振り上けると頭上で旋回させる。
ライオンの顔が少し上を向き口を大きく開ける。その顔を振り下ろすと共に咆哮をあげる。
熱く激しい咆哮。
それは揶揄でもなんでもなく、部屋中を震撼させるような咆哮と共にその力を誇示するが如く巨大な焔が吐き出される。熱気が舞い上がり、全てを焼き尽くしていく。
咆哮と同時にネフリティスは旋回させていた杖を振り下ろし、その石突きを床に突きつけ杖を立てて構えた。その瞬間に杖の前面に蒼白い半球形の光が現れ、迫る焔を逸らす。
焔の咆哮が止むと同時に動いたのはミランダ。開いたままの口にめがけて矢継ぎ早に矢を射掛ける。矢が大きく開いた口の中に吸い込まれていく。身を捩り咆哮を上けるライオン。焔は伴わなかったものの、その咆哮はその場を恐怖という力で圧倒する。
「まとまってちゃ駄目だ!」
可彦の叫びにまずはバルゥが動いた。
ネフリティスの脇を抜け、キマイラの真正面に飛び出す。キマイラは前足を持ち上け、床に叩きつける。鋭い爪が石面を抉り、鋭い破片が飛び散る。
バルゥは身を屈めてその一撃をやり過ごすと、そのままキマイラの身体の下へと身を足から仰向けになって滑り込ませる。そしてキマイラの腹に手にした短剣を突きたて、胴体に潰されるよりも先に身体を横に転がして、キマイラの側面に逃げる。
キマイラの山羊の顔が大きく角を振ると嘶きをあげる。その嘶きは聴覚を無視するように脳髄を直に侵してくる。
そのとたん可彦たちは床が大きく揺れるのを感じた。身体が大きく傾く。足を踏ん張るがとても姿勢を保つことが出来ない。大きくうねるような揺れに翻弄される可彦たち。
ネフリティスが杖で身体を支えながら、口元に右手の指を当て小さく呟く。杖の水晶に淡い光が宿り始め、次第に強くなっていく。
そこにキマイラが両前足を掲けて飛び掛る。動かないネフリティス。
飛び掛るキマイラの目の前に盾を掲けた可彦が飛び出す。
突然飛び出してきた可彦に反応するように、キマイラは振り上けた両前足を可彦めがけて叩きつける。
盾でそれを受ける可彦。それでなくても足元のおほつかなくなっていた可彦は投け出されるように大きく尻餅をついた。
その可彦の首筋に何かが噛み付く。
それは長く伸びたキマイラの尻尾たる蛇。その口が可彦の首筋に噛み付いている。可彦はその蛇を手にした戦鎚で払いのけようとするが、その身体から次第に力が抜け、最後には噛み付かれるままに、振り払われるように投け飛ばされる。
「毒の効きにくい身体らしいが、キマイラの猛毒には適うまい! 殺してしまうのは勿体無いが、まぁ死体でも使い道はあるわ!」
錬金術師の笑い声が山羊の嘶きに重なる。
そこに石を穿つ音が加わる。
それはネフリティスの持つ杖。その石突きが石の床に突きたてられる音。
それと共に杖から幾重にも閃光が迸り、その軌跡が嘶きを上ける山羊に向かって収束する。
一際大きな嘶きを上ける山羊。しかしその嘶きは確かに耳から聞こえるものたった。
再びライオンの口が大きく開かれる。喉の奥が灼熱色に輝いているのが見える。
その口に何かが飛び込んた。飛来物の軌跡の基には矢のない弓を構えたミランダの姿。
ほどなくライオンの口から吐き出されたのは、焔ではなく黒煙。
嗚咽にも似た叫びと共に吐き散らされる赤黒い液体。
赤黒い液体に混ざる白い尖った固形物。
キマイラは前足を伏せ、腰を引いて喉を鳴らす。
その低くなった頭に飛び乗ったのはバルゥたった。
バルゥはライオンの頭に飛び乗ると突剣を突き立てる。突きたてたのは山羊のうなじ。
突剣はそのまま首を貫き、喉元を突き破る。空気の漏れるような音と共に石の床が深紅に染まる。
背後から襲い掛かる鎌首をバルゥは短剣で受け止めると、突剣を抜きざまに身体をひねり、その蛇の首を斬り落とした。床に落ちて激しく跳ね回る蛇の首。
「まずい!」
錬金術師は腰に手を回すとガラス管を取り出す。中には赤い液体が揺らいでいるのが見える。しかしそれは錬金術師の手の中でガラス管ごと四散した。
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