第14話

「なぜ生きている!」 

 ありえない。その絶叫が錬金術師の気持ちを如実に表していた。

「僕は不死身なんだ」

 戦鎚を構えた可彦が平然と答える。

「ばかな!」

 錬金術師は叫ぶ。

「エリクシールの秘術は錬金術秘中の秘。俺でさえまだ達せぬ高みに、おまえごとき小僧がか?」

「好きでなったわけじゃない!」

「そうか? そうだろうな! 面白い! 面白いぞ小僧!」

 錬金術師は大声で笑い始める。

「ひょっとして小僧。ノハラ・ベクヒトとかいう名ではあるまいな?」

「なぜ知ってる!」

 可彦の答えに、一層大きな笑い声を上げる錬金術師。

「そうか! おまえがそうなのか! ついに引き当てたか! 面白い、面白いぞ!」

「何を知っている!」

「面白いが、ここまでだ!」

 その言葉に身構える可彦。錬金術師は飛び退くと取り出したガラス管を床に叩き付ける。

橙色の粘液が床を這いずり円陣を描く。

「縁があればまた会おう!」

 円陣が光り輝くと錬金術師の姿がまるでいくつにも輪切りにしたようにずれ始め、そこから上下に折りたたみ始める。そして最後には虚空の中に消えた。

「逃げられましたか」

 ネフリティスの声に振り返る可彦。

 三人に囲まれたキマイラはもはや立ち上がることも出来ず、四本の足を無残に滑らせながらもがいている。首の無い尻尾は力なく垂れ、黒山羊の首もあらぬ方向に傾いている。ただライオンの顔のみが今だ唸り声を上け、赤く染まった鬣を震わせていた。

「とどめを」

「僕が?」

 聞き返す可彦にネフリティスが静かに頷く。可彦はキマイラの正面に立つ。小さく開けられた口から赤黒いものと共にわずかな焔がこほれ出るが、吐き出すまでの力は感じられなかった。

 可彦は戦鎚を持ち直すと、嘴の部分を打ち下ろす。嘴はライオンの顔の目と目の間、眉間に深々と突き刺さった。

 キマイラは小さく喉を鳴らすと、そのままゆっくりと目を閉じ、もがいていた足も止まり、最後にもう一度小さな唸り声を上けてから、静かに沈黙した。

「どうします?」

「どうするここうするも」

 可彦は首を横にふる。

「納得がいかないよ!」

「それは、そうね」

 ミランダも放った矢を回収しながら答えた。折れた矢からは鏃と矢羽だけを丁寧に外している。

「でも戻れば命が無いかも」

「そうですね」

 ミランダの言葉を受けてネフリティスも頷く。

「外聞があるのでいきなりは無いでしょうけど、危険はありますね」

「コノママ逃ゲルカ?」

「逃げる理由なんか無いよ!」

「ナラ付キ合ウサ」

 可彦にバルゥはそう答える。

 同調するようにネフリティスとミランダも首を縦に振った。

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