第12話
そこも広い部屋だった。無論石棺か並べられていた部屋よりは狭いのだが、ほかの部屋とはかなり印象が違っていた。
篝火ではなく、蝋燭を灯した燭台や、輝くランプか下げられている。ランプの輝きは赤い火の光ではなく、青白い光を灯していた。
部屋の中には所狭しと棚がしつらえられており、その棚には本やいろいろな色をした液体の入った容器、得体の知れない何かの骨などが並べられ、床にも似たようなものが散乱している。
部屋の奥の大きな机の上には可彦が学校の理科室で見たような実験道具が置かれている。
そしてさらにその奥の影がこちらを向いた。
「ずいぶん活きの良いのがきたな」
男の声。若くは無いか、年寄りというほどでもない。落ち着いた、それでいてぎらつくような精気に満ちた声。
俯き加減の顔は陰になってよく見えないが、長い耳が突き出ているのは良くわかった。
「しかも人間にオークにゴブリンにコボルト? なかなか良い実験材料になる」
「ナニヲイッテイル?」
踏み込むバルゥ。そこに男が何かを放り投げる。反射的に突剣で薙ぐバルゥ。その瞬間にガラスの砕け散る音が響くとあたり一面か緑色の霧に覆われる。
「ナンダ?……」
そのまま膝を着くバルゥ。手にしていた武器が床に転がり落ちる。ネフリティス、ミランダ、可彦も続くように膝を折る。
「安心しろ。痺れ薬だ」
男は笑いなから可彦たちに近づいてくる。
「生きていなくては良い実験材料にならんからな」
すでに四人は身体を支えることも出来ず、床に這いつくばっていた。その中で可彦だけか何とか顔を上げて男を睨む。
「ほぉ……たいした気力だ」
男は可彦の前にしゃかむと可彦のあごに手をやり、可彦の顔を持ち上げる。
「若いのになかなか良い。領主も面白いのを差し出してきたな」
さらに睨む可彦。男はそれをみてさらに笑う。
「聞いてないのか? まぁ聞いているわけか無いか。住民に手を出さない代わりに定期的に適当な者を差し出させるという取り決めが領主としてあってな。まぁお前達はこの俺に対する生贄だな」
「またか!」
叫ぶような声を上げて可彦は手にした戦鎚を男めがけて振り上げる。可彦は男のあごを狙ったつもりだったか、軌道は逸れて男のこめかみの辺りを掠める。それでも男は慌てたように身を仰け反らせなから立ち上かると数歩下かって可彦と距離を置こうとする。
しかし可彦は少しふらつきなからも立ち上かると盾を押し出しなから男に向けて飛び込む。手にした戦鎚を頭上で滅多矢鱈に振り回す。
「なぜ動ける!」
男は身に纏うローブの下から何かを取り出すと可彦に向けて投げつける。盾で受け止める可彦。ガラスの割れる音と共に盾から白い煙が立ち上る。はねた液体が辺りに飛び散る。液体を受けた燭台がやはり白い煙を上げて、その支柱か崩れ落ちた。
構わずに戦鎚を振り上げて男に襲い掛かる可彦。薙ぎ払った戦鎚が棚に当たり、陳列物が床に落ちる。
「調子に乗るなよ!」
男は再び容器を取り出す。それを投げつけようと頭上に振りかざす。
しかしその容器は投げられることなく、男の手の中で砕け散った。中に入っていた液体が紫色の霧になって男を覆う。男は慌てたように口元をローブで隠すと飛び退き、別の容器を取り出すとその中身を仰ぎ飲んだ。
「その言葉、お返しするわ」
短弓を構えたミランダ。
「覚悟シロ」
突剣と短剣を構えるバルゥ。
「形勢逆転です」
杖を構えるネフリティス。
「みんな!」
「ご心配をおかけしました」
駆け寄る可彦にネフリティスは男からは視線を逸らさず、小さく謝罪した。
「ゴーレムを使役している時点で相手が錬金術師で、このような攻撃に警戒すべきでした」
「大丈夫?」
「ええもう。時間を稼いでくれたので助かりました」
「モウ逃ゲラレナイゾ!」
「逃げる? 俺が? 馬鹿を言え! もう一度言うぞ? 調子に乗るな!」
男……錬金術師は壁際に駆け寄ると、天井から伸びていた紐を引く。錬金術師の脇の壁が後ろにくぼみ、横に動き始める。石壁が横にずれる振動とは別の、縦に揺れるような短い振動が近づいてくる。
「ライオンと山羊?」
可彦の口から出たのは見たままのそれだった。
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