第10話

 階段を下りると小さな踊場があり、そこから別の部屋につながっていた。その部屋も闇ではなく橙色の光が揺らめいている。

 ミランダは部屋の入り口の脇にかがむと低い位置から中を覗き込む。

「大丈夫ね」

 床を軽く叩いてから立ちあって中に入るミランダ。続いて入ろうとする可彦を手を上げて制する。

「どうしたの?」

「ちょっと、困ったわ」

 ミランダが中を覗くように促す。三人は中には入らず入り口から中をのぞく。

 そこは部屋ではなく通路だった。その通路が左右に続いている。

「どっちが正解かしら」

 ミランダは床に落ちていたリボン付きの小石を拾いながらつぶやく。可彦は左右に続く通路を交互に見つめる。どちらも同じように長く伸び、その先はよくわからない。

「棒デモ倒シテ決メルカ?」

「その発想は正しいかもしれません」

 ネフリティスは銀貨を取り出す。

「表なら右へ、裏なら左へ」

「ちなみにどっちが表なの?」

「こっちが表です」

 そう言ってネフリティスが見せた側には人の横顔がある。

「裏はこっち」

 そちらには葉の生い茂る樹が描かれていた。

 ネフリティスは銀貨を弾く。橙色の光を反射させながら宙を舞い、そのままネフリティスの左手の甲に落ちる。そこを落ちないようにすばやく右手で押さえるネフリティス。

「どちらでしょう?」

「え? じゃあ表」

「裏」

「裏ね」

 ネフリティスは右手をどける。輝いて見えたのは人の横顔。

「表です」

「当たった!」

「ベクヒトに従うわ」

「ソウダナ。ベクヒトニ従オウ」

「ちょっと待ってよ! 決めたの僕じゃないよね? コイントスだよね?!」

 ミランダは右に向けて拾ったリボンを軽く投げる。通路の中央を静かに飛んでいくリボン。その軌跡を追うようにゆっくりと歩き始めるミランダ。その後を追う三人。

 階段と同じく明りの灯る石造りの通路はその突き当りが左に曲がっていた。ミランダは身を低くして曲がった先を覗く。

 再び歩き始める。

「まって」

 曲がってからしばらくたったときにミランダが足を止めた。

 床を調べ始める。程なくして石畳の一つに取り出した炭片で×印をつける。

「この石は踏まないで」

「罠?」

「たぶんね」

「どんな?」

「それは踏んでみないとわからないわ」

 その印をさけるように通過する。その先の突き当りも左に曲がっている。さらに進む。何箇所か罠が仕掛けられている。その度にミランダは印をつける。

 さらに進み突き当りを左。

「ねぇこれって……」

 通路の右側に口が開いているのが見える。

 そこから覗くと踊り場があり、階段が上へと続いている。

「一周した?」

「一周しましたね」

「一周シタ」

「そうね」

 ミランダの声が少し硬い。

「……隠し扉ね……」

 小さく呟く。

「気がつかなかったわ」

「もう一度回ってみよう」

「そうね」

 再び通路を進む。先ほどよりもゆっくりとした歩調。ミランダは腰のランプを再びつけると石積みを丹念に調べる。

「……何カ音ガシナカッタカ?」

 最後尾を歩くバルゥが耳を揺らしながら後ろを振り返った。

 金属の擦れ合うような音。それがいくつも不規則に重なっている。

 バルゥは耳を上下に動かしながら突剣と短剣を構える。

 ミランダは手にした短剣を収めると、短弓を構え矢をつがえる。

 ネフリティスは杖を持ち直す。

 可彦も盾を前面に構えると戦鎚を握りなおした。

「スケルトン?」

 その姿を見るなり可彦はそう呟いた。

 鎧を身に着けた骸骨の群れ。手には剣や槍、盾を構え、ゆっくりと近づいてくる。

 ただ身に着けている武具は比較的新しいもののように見えた。

「違いますね。おそらくボーンゴーレム」

 ネフリティスが可彦の言葉をそう訂正した。

 ミランダが矢を射る。ボーンゴーレムは盾でそれを受ける。再び射る。今度は矢がボーンゴーレムの喉に当たり、頚椎を砕く。兜をかぶった頭蓋骨が転げ落ちる。しかし歩みは止まらない。

「厄介ね」

「バラバラニスルシカナイ」

 バルゥが近づいてくるボーンゴーレムの群れの中に飛び込む。低い位置から突剣が煌くとボーンゴーレムが次々と姿勢を崩して倒れ始める。バルゥの突剣はボーンゴーレムの大腿骨を貫いていた。

 倒れるボーンゴーレムにさらに畳み掛けるように突きを繰り出すバルゥ。鎖骨、上腕骨、頚椎と次々と砕いていく。その度にボーンゴーレムの身体は崩れていく。

 しかし数に勝るボーンゴーレムは圧し掛かるようにバルゥに押し寄せ、その武器を一斉に叩きつける。それを避けて飛び退くバルゥ。

「危ない!」

 飛び出したのは可彦だった。

 盾を掲げてバルゥに覆いかぶさる。それと同時に明りを灯していた通路両脇の火が激しく噴出し、一面が紅蓮に染まる。それを盾で受け止める可彦。

「バルゥ! 足!」

「! シマッタ!」

 慌てて足をどけるバルゥ。そこには×印が書かれていた。

「熱! 熱!」

 転がりながら逃げる可彦。バルゥも飛び逃げる。追いすがるボーンゴーレムに閃光が降り注ぐ。ネフリティスの雷撃。ボーンゴーレムはしばし動きを止めるが直ぐに動き始める。

「耳を覆って!」

 ミランダが叫び声を上げる。珍しく叫ぶような声。訳もわからず、しかし皆が耳を覆う。 ミランダは矢先に何かを括り付けると射る。射た先はボーンゴーレムの群れの脇、壁に灯る火。

 叩き付けられる衝撃。巻き上がる黒煙。吹き上がる轟音。激しく揺れる通路。降り注ぐ石片、骨片。

「大丈夫ですか!」

 転がる可彦に駆け寄るネフリティス。服についた砂油がまだ火を上げている。それをネフリティスが叩き落す。

「大丈夫だけど、熱かった!」

「……スマン」

 耳を下にしてバルゥが項垂れる。

「バルゥは大丈夫?」

「ウラハ大丈夫ダ」

「なら良かった」

「……ア、アリガトウ」

 耳を下にしたまま呟くバルゥに笑ってみせる可彦。

「まぁ消炭にでもならない限り、焼いても死なないことがわかったよ」

 火のついていた腕を振ってみせる。布の部分は焼け落ちているが、腕は少し赤くなっている程度でその火傷は既に治りつつあった。

「無茶ですよベクヒコ。バルゥもです」

「ごめん」

「スマン」

「無事なのはよかったけど、ちょっと困ったことになったわ」

 ミランダは矢を番えたまま、周囲を見渡す。

「隠された扉があるのは間違いなさそうだけど、ゆっくり探している暇がなさそうね」

「あ、それなら」

 可彦が手を上げる。

「僕、心当たりがあるんだけど」

 その言葉に一同の視線が可彦に向く。

「本当ですか?」

「こっちだよ」

 そういうと可彦は歩き出す。慌てて可彦の後ろに着くミランダ。しかし可彦の歩みを止めることなく、周囲に目を配りながらあとについていく。その後ろをネフリティスとバルゥが固める。

 焼け焦げた通路を過ぎ、更に先、正確には元来た道を戻るように進んでいく。

「ここだよ」

 そういって可彦が立ち止ったのは回廊の入り口、上から降りてきた場所だった。

「ミランダの言葉を思い出して考えたんだ、意味ありげに道を別けて、そのどちらかを選ばせること自体が狙いなんじゃないかって」

 そして可彦は石壁を指さす。そこは回廊の入り口の正面に立ちはだかる石壁。

「左右を選ぶんじゃなくて、正面が正解なんじゃないかな?」

「合理的でいい判断ね」

 ミランダは短弓をしまうと短剣を手に石壁を調べ始める。

しばらくは柄で小さく叩いていたが、おもむろに持ち直すと石壁に刃を突き立てる。

「当たりね」

 静かに石壁を押すミランダ。そこが小さくくぼむ。さらにその手を押し込むと手を右に動かす。戸が開くように石壁が右に動く。

新たに下へと進む通路が開かれた。

「さっきのもここから出てきたのかな」

「たぶんそうね」

 ミランダは矢に先ほどと同じ筒状のものを括り付ける。よく見るとの筒には細い縄状のものが螺旋状に巻きつけてある。

ミランダはその縄状のものの先に石壁に灯る火をつける。

何かが噴き出すような小さな音と共に閃光が縄を這い進む。ミランダは矢を番え引き絞り通路の下へと矢先を向け、そこで動きを止める。

その閃光が筒に巻かれた縄の三分の二を過ぎたあたりで射た。

通路を突き抜けていく矢。そして巻き起こる爆音。

「いいわ」

 そして先頭に立ち降り始めるミランダ。後を追う三人。薄く立ち上る黒煙が一行とすれ違う。

「容赦ナイナ」

「必要ないもの」

 その声はいつも通り平坦で、いつもに増して鋭かった。

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