第4話

 街中を抜けて連れてこられたのは都市中央から少し離れた大きな屋敷だった。

「真ん中に建ってた建物じゃないんだ」

「あれは行政府です」

 可彦の疑問にネフリティスが答える。

「役所みたいなものです。領主の住まいとは別ですね」

「そうなんだ」

 大きな門が門番の手で開けられる。門を通ると使用人だろうか、人が数名近づいてきた。先導の人物は馬を下り手綱を渡す。可彦たちもそれに倣い馬を下りた。

「こちらへ」

 案内されるままに庭をすすむ。草木が茂り、縦横に水路が引かれている。道は石畳ではなく土のままで、それが逆に土地が豊かなことを表しているように感じられた。

 扉の無いアーチ状の門を抜け屋敷の中に入る。屋敷にはさらに中庭が設えられており、その脇の通路を歩いていく。中庭にもやはり青々と木々が茂り、爽やかに湿った空気が肌に心地よい。

「こちらです」

通路にいくつかあった扉の一つ、一番奥まったところにある、ひと際大きな扉が開かれる。

「どうぞ」

 促されるままに中に入る可彦たち。そこ大きな広間だった。部屋両脇には何人か人物、衛兵らしき姿も見える。

「わしがカーンウーラを治めるタラールだ。良くぞ来た。歓迎しよう」

 少ししわがれた、それでいて良く届く大きな声が広場に響く。広間一番奥に座る人物から発せられたようだった。

 それは声同様、見た目も大きな人物だった。

 ゆったりとした豪華な衣装からぞく手は、やはり大きく、可彦に近所のパン屋に並んでいたクリームパンを連想させた。

 首が大きくたるんだあごに埋没しており境目が解らない。

 頬も大きくたるみ、厚い唇の上に乗った小さな髭が、どことなく滑稽に見える。

 まぶたも重そうにたるんでおり、ただそこから見える小さな瞳は強い光を帯びて、少し離れた所からでもこちらを見ているのがよくわかった。

 太っている方に意識が行きがちだが、タラールは背も高かった。大きな扇をゆっくりと動かしているふたり女官から考えると2メートル近い。

 その大きく太った身体を長椅子に横たえている。

「まずは我隊商への助力、大義であった」

 ゆっくりと手を差し伸べると、脇に控えた人物の一人が革袋を持って可彦前に立つ。

「報奨だ。受け取れ」

 ネフリティス小さく頷く。可彦はその革袋を受け取る。それはずっしりと重かった。

「加えて話がある。楽にしろ」

 可彦たちの前に長細い絨毯が敷かれる。そこに座れということなのだろう。

「靴は脱なくて大丈夫ですよ」

 ネフリティスの助言に可彦は小さく頷くと、そのまま絨毯の上に座る。絨毯の毛は柔らかく長く、座り心地は良かった。居並ぶ人物も彼ら前に敷かれた絨毯上に腰を下ろす。当然というべきか衛兵はそのまま立っている。

「さて……」

 小さな目がさらに鋭く可彦を射る。

「ジョサウーンを退け、ソタニロを守ったというのは本当か? シハラ・ベクヒトよ?」

「そうです」

 可彦は頷く。

 それは隊商長も知っていたことだから隠すまでもない。素直に頷くが何か少し引っかかるものを感じた。

 脇に座るネフリティスに少し視線を逸らしてみると、彼女も小さく眉間にしわを寄せている。

「うむ」

 タラールの視線がさらに鋭くなるのが解る。ただなぜそんなに鋭くなるのかは可彦にはまだ分からなかった。しかしそれも次の瞬間、タラールから出た言葉で氷解する。

「シハラ・ベクヒトといえば先の王国と帝国の会戦で帝国皇帝と戦い、激戦の末に行方不明となった王国の勇者の名だな」

 引っかかっていたのはそこだった。隊商長は可彦の名前までは知らなかったし、可彦自身『志原』の名字は隊商長には告げていない。王国の勇者だったことなどそぶりさえも見せていない。そもそもそれを知るのは可彦一行の中でもネフリティスぐらいしかいない。

 どう答えるべきか、可彦は口を閉ざしてタラールをみる。相変わらず重そうなまぶたで、ただ射るような視線が可彦に向けられている。

「まぁ、それは良い」

 しかしタラールは答える必要はないとばかりに手をかざした。

「それよりもソタニロの守備隊長をしていたというのは確かなのだな?」

「それは確かです」

 話題が変わったことに安心した可彦は即答する。

「なるほど。ではその手腕を買って頼みたいことがある」

 頼む、と口にしてはいるものの、その口調は有無を言わさぬものであった。

「街の外れのオアシスの一つに古い遺跡があってな」

 可彦たちの答えも待たずに話し始めるタラール。

「そこにどうも性質の悪い術師が住み着いていてな。それをどうにかしてもらいたい」

「手勢をお使いになればよろしいのでは?」

 ネフリティスが静かに、しかし強い口調で応えた。

「優秀な兵士をお持ちのようですが」

「正面から敵対する危険を冒したくない」

 タラールは悪びれるでもなく、告げる。

「我が兵を使えば事がこじれた時に和解が難しい」

「わたしたちならこじれた時は切り捨てればいいと?」

「簡単にいえば、そうだ」

 ネフリティスの問いに即答するタラール。

「盗掘目的で勝手に入った連中だと言い訳できる」

 身も蓋もない言葉。

「無論報酬は出すし、遺跡の中で見つけたものは基本自由にしてかまわない」

「すぐに返答しなきゃだめですか?」

 可彦の答えにタラールはくぐもった息を漏らした。

「ゆっくり考えてもらって構わん」

 タラールの答えは妙に明るく、優しげに聞こえた。

「満足のいく答えが出るまで、ゆっくり考えるがよかろう」

「満足って私たちが? それともあなたが?」

 ミランダが小さく呟く。可彦にも微かに聞こえるか聞こえないかという呟きだったのだが、可彦の目にはその瞬間にタラールの髭が微かに動いたように見えた。

「屋敷に部屋を準備させよう。謁見大義。下がってよいぞ」

 声と共に入ってきた扉が再び開かれる。

 タラールの視線は今だ可彦に向けられている。

「どうぞ、こちらへ」

 広間まで案内してきた人物が可彦たちに歩み寄る。

 可彦はネフリティスを見る。

「とりあえずは休ませてもらいましょう」

 ネフリティスは小さく肩をすくめた。

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