第2話
「本当に助かります」
「いや、助かったのはこっちの方だ」
焚火の周りに座って頭を下げた可彦に対して隊商長も頭を下げる。
「よもやこの隊商が襲われるとは思わなかった」
確かに大きな隊商だった。護衛の兵士だけでもジョサウーンの遠征隊より多いかもしれない。
「あそこで助けてくれなかったら、死人が出ていただろうし、俺自身が不味かった」
あちこちで焚火がたかれ、その周りでみなが手当てをしているのが見える。しかし悲痛な雰囲気はない。どちらかというと降って湧いた休息を楽しんでいるといった感じだ。
程なくしてどこからともなく胃袋を刺激する香りが漂ってくる。そういえばしばらくまともなものを食べていないような気がする。可彦は胃袋が活発に動き出す。
「イイ匂イガスルナ」
可彦の気持ちを代弁するかのようにバルゥが呟いた。
「大したものも出せないが、よかったら食べてくれ」
それぞれに渡されたのは大きな深皿に盛られた具のたっぷり入った汁とそこの添えられた串に刺さった肉。汁は暖かそうな湯気を上げ、その湯気が少し甘くそして酸味のある香りを漂わせる。肉の方は香ばしく少し刺激的な匂いがした。
「美味イ」
バルゥは早速串焼きの肉を頬張っている。
「いただきます」
可彦も串焼きの肉に齧り付く。
かなり固い。かなり弾力があり噛み切れない。噛み切るのはあきらめて塊のまま口の中に入れる。
口の中で咀嚼すると肉汁がしみだし、香辛料の刺激と程よい脂の甘みが合わさって口の中に広がっていく。噛めば噛むほどその味が広がっていく。しばらく咀嚼していると、次第に肉が解れだし、程よく呑み込めるまでの大きさまで砕けていった。
口の中の肉を飲み込むと、今度は汁物に手をかける。赤いすこしとろみかかった汁の中に、豆や野菜や肉片などが煮込まれている。添えられていた木製のスプーンですくう。
口元に近づけるとスプーンから上がる湯気が鼻腔をくすぐる。串焼き肉とは違った食欲を誘う香り。串焼き肉の匂いがどこか攻撃的な感じだとすると、汁物の香りは優しく、安心するような温かさがあった。
口に運ぶと塩気の中に酸味と甘みのある素朴な味で、可彦はトマトスープを思い出す。
どれも美味い。そして暖かい。
その暖かさがとても嬉しい。
「しかしこう言ってはなんだが……変わった組合せだな」
自身も食事をとりながら隊商長が焚火を囲む一同を見渡す。
「色々な種族が一緒に旅をしているというのは別に珍しくないが、四人しかいないのに全員違うっていうのは珍しい」
「まぁたまたまです」
答えるネフリティスに頷く隊商長。
「ひょっとしてソタニロから来たのか?」
「なぜ?」
ミランダが答える。いつものように落ち着いた口調だが、短く鋭い。
「いやなに、隊商を率いているといろいろな情報が入ってくるし、その情報が重要なんでね。それで耳にした話なんだが、ソタニロがジョサウーンの遠征隊をたった六人で追い返したって噂が最近あってね」
食事をしながら話を続ける隊商長。
「その守備隊ってのが四人で、隊長が一見子供に見える男性。付き従うのがオークの術師にゴブリンの剣士、そしてコボルトの猟兵。丁度あんたたちと同じだったからさ」
ひょっとして追手だろうか。可彦は真っ先に頭をよぎる。ミランダとネフリティスも同じことを考えているようで、食事の手は休めていないが、その視線は隊商長に向けられていた。バルゥだけは我関せずとばかりに肉を頬張っている。
「いや、そう構えないでくれ」
向けられた視線をかわすように隊商長は手をあげて笑う。
「下馬評ではソタニロはジョサウーンに負けるって言われていたんだが、それをたった六人で退けてソタニロはジョサウーンと上手い形で同盟を結びなおしたって話だ。守備隊は通例通りソタニロから退去させられたらしいが。それならあんた達がそうかもしれないなって、単純にそう思っただけさ。他意はないんだ」
「別ニイイジャナイカ」
バルゥは通りかかった隊商の一人をつかまえて、どうやらおかわりを頼みながらこともなげに告げる。
「ソイツモウ、ウラ達ガソウダッテ、確信シテルゾ」
バルゥの言葉に隊商長は声を上げて笑い出した。
「いや、鋭いな! まぁ確信ってほどでもないが、自分の勘は信じることにしていてね」
笑いながらバルゥを見る。
「でも今の君の言葉で完全に確信した。あんたたちがソタニロの守備隊……いや元守備隊だろう?」
「だったらどうするんです?」
「是非とも雇いたい」
ネフリティスの問いかけに隊商長は即答した。即答してからやや首をかしげる。
「ただその前に……一つだけわからないことがあってな」
そういってその視線は可彦に注がれる。
「噂では君が守備隊長ってことなんだが……」
「若すぎるって話ですか?」
「いや、そうじゃない」
隊商長は可彦を見つめ、もう一度首をひねる。
「通例では守備隊長、この場合はソタニロ側の守備隊長は、戦いの責任を負わされるはずなんだが」
「責任は負いましたよ」
隊商長に平然と答える可彦。
「ならなぜ生きてる?」
「責任を取ったから死ななくてはならないとは取決めにはありませんでした」
可彦の答えに隊商長はさらに首をひねる。
「通例なら処刑なのだがなぁ……違かったのか?」
「処刑されましたよ?」
「処刑された?」
「首を落とされました」
「いやまてまて」
余りにも平然と答える可彦に隊商長は手を上げる。
「首を落とされたら死ぬだろう?」
「僕、不死身なんです」
これも平然と答える可彦。
「不死身?」
「不死身」
「……なるほど、こりゃぁいい!」
隊商長は可彦の顔を見直してから、大きな笑い声をあげた。
「死地を覆す手腕があれば、確かに不死身だ」
可彦は文字通り『不死身』なのだが、それを真に受けろという方が無理な話で、隊商長は可彦が自分の手腕を比喩として『不死身』と表現したと受け取ったらしい。それは無理からぬことだし、可彦も否定せず笑ってやり過ごした。無論ネフリティスたちもそれに関してむやみに突っ込んだりはしない。
「なるほど。腕の良い傭兵はいつだって歓迎だ。隊商には危険がつきものなんでね。とりあえずカーンウーラにつくまでの間だけでもどうだい?」
「この隊商はカーンウーラに向かっているんですか」
「向かうというか、帰るところなんだ。この隊商の所有者はカーンウーラのタラール様なんでね」
「タラール様?」
「それってカーンウーラの領主よね?」
ネフリティスとミランダが少し驚いたように手を止める。
「ああそうだ。顔をつないでおくだけでも有意義なことだと思うぞ」
「カーンウーラって大きい国なの?」
「おいおい、カーンウーラを知らないのか?」
可彦の言葉に隊商長が大きな声を上げる。周りの隊商が思わず目を向ける。
「大砂漠の四大都市には及びませんが、それに次ぐ規模の都市国家です」
答えるネフリティスに可彦は再び問いかける。
「四大都市?」
「ちょっとまて、そこからか?」
隊商長が呆れ気味の声を上げた。
「四大都市というのは大砂漠中央の交易の要であるゴ・オメーンを筆頭に、海沿いの港湾都市シカタール。帝国との国境にあるガホーニシ。そして王国との国境にあるジーベの四つの都市国家を指します。大砂漠の都市国家は各自独立してはいますが多かれ少なかれいずれかの勢力下にあるといっていいでしょう」
「カーンウーラは?」
「カーンウーラはジーベの傍にある都市なのでジーベの勢力圏内ですが、その中でも独自の権限を勝ち取っている都市といえますね」
「すごいね」
「なんともはや……」
隊商長は運ばれてきた木製のコップを受け取りながら呟く。可彦たち四人にも同じようなコップが手渡された。可彦は口をつけてみる。苦い。コーヒーに近い味だ。
隊商長もコップを傾けながら可彦に改めて目を向ける。
「よほどの辺境に住んでいたのか、よほどの家柄のお坊ちゃんなのか、いずれにせよ、良く生きてこれたなぁ」
「本当ね」
「本当ダ」
隊商長に続いてミランダとバルゥも手渡された飲み物を傾けながら頷いている。ネフリティスに至ってはその様子を見て顔を伏せ口元を押さえていた。
「不死身だからね」
可彦が笑う。
「うーん」
可彦の言葉に隊商長が唸り声を上げる。
「次第に良く解らなくなってきたな……」
「ソイツハトモカク」
バルゥが可彦を指して告げる。
「ウラ達ハ戦ッテ見セタロ」
「確かにあんたたちが手練なのは間違いないか」
「そいつはともかくって……酷いなぁ」
可彦は非難の声を上げながら顔をしかめて飲み物をすする。苦いのだが、なぜか後を引く。
「バルゥには一回勝ってるじゃないか」
「アノ時ハ不覚ヲ取ッタガ、二度ハナイカラナ!」
「それでもあんたに勝ったっていうなら、単なるまぐれってこともないだろうな」
隊商長が告げるとバルゥは耳を少し上に向けたが、それ以上言及することはなかった。
「で、どうするんだ?」
「どうするって?」
可彦に問いかける隊商長に可彦は問い返す。
「カーンウーラまで一緒に行くかって話だ」
「ああ、そうか。どうしよう?」
「隊長に任せます」
ネフリティスに視線を向けた可彦に対し、ネフリティスは神妙な面持ちで答える。しかしその瞳と口元が小刻みに震えているのを可彦は見逃さなかった。
「でも、選択肢はあまりないわ」
ミランダが続ける。
「隊商についてカーンウーラにいくか、隊商と別れて大砂漠を彷徨うか」
「……それ選択肢が無いって言わない?」
「そう? 私はどちらでも従うわ」
「責任重大だなぁ。おい」
隊商長は笑い声をあげる。
「で、どうする隊長殿?」
「同行させていただきます」
即答する可彦に隊商長は一段大きな笑い声をあげた。
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