第四章 カーンウーラ
第1話
そのオアシスには翌日の日中まで滞在して、日暮れと共に出立した。
暗くなる空に星が瞬き、大きな月が浮かぶ。
この世界にも月があるんだな、可彦はそう思った。
その月明かりを頼りに進んでいく。
可彦も荷物を背負い、自分の足で歩くまで回復していた。荷台と箱はオアシスに破棄していた。
「行路が見つかればいいのですが」
先頭を歩くネフリティスが呟く。行路といっても明確な道があるわけではない。目印の石塔や岩に刻まれた印があるだけだ。広大な砂漠の中でそれらを見つけるのは一旦道を見失うと難しいことは容易に想像できた。
「方角は?」
ネフリティスの後ろを歩く可彦が訪ねる。
「方角はわかっています」
ネフリティスは頷く。
「ただ、そこに向かってまっすぐ進むというのは目印の少ない砂漠では難しいんです」
確かにそうかもしれない。
「とにかく、こっちに進んでいけば行路にぶつかるはずなんですが」
あとはひたすら進んでいく。
瓦礫の山のような地面が次第に砂に代わり、岩がちだった風景が砂丘に代わっていく。
砂地は瓦礫以上に歩きにくく、簡単に足を取られる。少しの斜面でも上るごとに足元が崩れ、なかなか前に進まない。
風が吹くと砂が舞い、極端に視界が悪くなる。マントで顔を覆い、やり過ごす。
「どうしたの?」
砂漠に伸びる影が短くなった頃、可彦の後ろを歩いていたバルゥが立ち止まる。自然最後尾のミランダも立ち止まることになり、バルゥに声をかけた。ネフリティスと可彦もそれに気が付き足を止めて振り返る。
バルゥはただ月明かりの中の砂漠をじっと見つめている。兜からのぞく長い耳が時折上下に動く。
「何カ聞コエナイカ?」
その言葉に皆が耳を澄ませる。
風の音。砂の音。
それ以外のものは可彦の耳には届かない。
風向きが少し変わる。
目指す方向から吹いてくる風。
風の音。砂の音。
それに混じる甲高い音。
「あ……」
確かに何か違う音が混じっている。
「……何かが争ってるわね」
ミランダが静かに告げた。
「隊商が襲われているのかもしれません」
そういうとネフリティスは目指す方向に再び歩き始めた。
「荷を囲み円陣を組め!」
馬上で隊商長が叫び声をあげる。
周囲では金属同士が激しくぶつかり合う音が鳴り響き、奇声や怒号が飛び交う。
完全な奇襲。一面の砂丘で見晴らしが良いと警戒を薄めていたところだった。
しかし賊は砂の上に布を引き、それを砂に埋めて、その下に潜んでいたのである。
「怯むな!」
隊商長は曲刀を振り上げる。そこに賊が殺到する。曲刀を振り下ろし殺到する賊に斬り付け、蹴り倒す。
それでも群がる賊。一気に隊商長を潰し、統制を失わせるつもりなのだ。
事実、群がる賊の対応に手いっぱいで隊商の列は乱れつつあった。
「陣を崩すな!」
周囲を見渡し鼓舞するように叫び声をあげる隊商長。
しかしそれが隙となる。
隊商長の背後、死角から忍び寄った賊が手にした槍を突き上げる。
すんでのところでそれに気付き、身をひねり避ける隊商長。しかしそのまま体制を崩し、落馬してしまう。
そこに襲い掛かる賊。必死に抗う隊商長。
槍を振り上げ、まさにつき下ろそうとした賊が、隊商長の目の前で、横合いから殴りつけられたように倒れる。その隙に隊商長は立上ると曲刀を構えなおす。
襲い掛かってくる賊が、ひとり、またひとりと前のめりに倒れていく。矢で射ぬかれているのに気が付いたのは三人目が倒れた時だった。
「援軍が来たぞ! 押し戻せ!」
この時とばかりに隊商長は叫んだ。
援軍の言葉に賊が浮足立つのが分かる。矢を射っているのが何者かはわからないが、百の援軍に値する矢なのは確かだった。
さらに悲鳴が上がる。隊商長は直感的に仲間の悲鳴ではないと感じた。
顔を巡らせる。すでにその余裕が生まれつつある。
低い位置で何かが月明かりを淡く反射しているのが見える。それが煌めくたびに悲鳴が起こる。
さらに遠くに目を移すと人影がみっつ、浮き上がって見える。
杖のようなものをを携えた大きな影。
弓のようなものを携えた影。
そして真ん中に盾のようなものを構えた少し小さな影。
弓を構えた影が動くと、またひとり賊が射抜かれた。
影が近づいてくる。
賊がその影に詰め寄っていくのが見える。
大きな影が杖をふるうと賊のひとりが横なぎに吹き飛んでいく。
弓を構えていた人影はいつの間に持ち替えたのか短剣らしきものを両手に構え、近づいてきた賊を倒す。
さらに横合いから淡く光る影が地を滑るように舞い込むと、手にした細長い剣で賊の一人を突き刺した。
既に賊は四散し、護衛兵が追い打ちをかけ始めている。
予期せぬ奇襲で浮き足立ってしまったが、体勢さえ建て直せればこの程度の賊は物の数ではない。
隊商長は近づいてくる人影に歩み寄る。
その姿がはっきりと月明かりに照らし出される。
杖を持った大きな影はオーク。
弓を持った影はコボルト。
少し離れたところにいる、一際小さい鎧姿の影はおそらくはゴブリンだった。
そして真ん中の盾を持った人影はどうみても少年に見えた。
近づくにつれ、その少年が人懐っこそうな笑みを浮かべているのが分かる。
そして隊商長の前に立つ。
「すみません。道に迷っちゃって」
少年は申し訳なさそうに笑いながら、隊商長にそう告げた。
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