幕間 小さなオアシスにて

第1話

 熱い。

 暗い。

 痛い。

 そこは暗く、ただ暗闇というわけでもなく、隙間から差し込んでくる光は強く、熱い。

 身動きは思うようには取れず、差し込む光に照らし出されたそれは、どうやら長細い箱の中。

 その箱の中で可彦は目を覚ました。

 身体が飛び跳ねて、箱のあちこちにぶつかる。

 どうやら箱は動いているらしかった。その振動が可彦の身体をもてあそぶ。

 身体が熱い。

 特に首の回りが熱い。

 そして痒い。

 可彦は首に手を伸ばしてみる。

 あちこちに手をぶつけながらどうにか首に手をやる。

 布が巻かれている。

 その布は湿っており、その湿り気が滑るような粘つくような不快な感触を指先に伝える。

 少し押してみる。

 腐ったぶどうのような力のない弾力とともに痛みがはしる。

「く……ふ……」

 可彦の口から息が漏れる。その息にかすかに乗っていたのは笑いだった。

 再び首を触る可彦。その指が首に触れた途端に弾かれたように離れる。

「くふ……ふふふ……」

 再び洩れる息と笑い。

 そして再び首に手を近づけると、今度は強く圧した。

「いってぇ!」

 明るい声で絶叫する可彦。跳ねていた身体が急に止まり、目の前が一気に明るくなる。

 可彦を覗き込む三つの顔。

 優しい目をした大きな顔。陰になって暗くなった緑色の肌。

 兜から突き出たよく動く長い耳。

 灰色の毛皮に立った耳。長く伸びた鼻に大きな口。鋭い目。

「ベクヒコ?」

 ネフリティスの呼びかけに可彦は頷こうとして顔を歪め、呻いた。

「うそ……」

「信ジラレン」

 ミランダとバルゥが覗き込みながら声を漏らす。

「本当ニ生キ返ッタ」

「首……つながってるの?」

「つながってる……と思う……でも……すごく……痛い」

「酷く膿んでいますね……それにすごい熱。傷口を洗って、身体を冷やさないと」

「ここ……どこ? 僕……どのぐらい……死んでた?」

「あれから二日ほど経っています。今回はダメかと思いましたよ」

「大丈夫って……いったくせに」

「そうですね。そうでした」

「で……どこ?」

「迷ッタ」

「……え?」

「砂嵐に巻き込まれたの」

 ミランダがバルゥの言葉を引継ぐ。

「道を逸れてしまったの……このままだとみんな仲良く干物ね」

 干物……干物になっても死なないのだろうか。可彦はその考えに得も言われぬ悪寒を感じた。

「とにかくこっちから水の気配がするんです」

 ネフリティスが杖を向ける。

「信じるしかないわ」

「マッタク」

「もう少し辛抱してください」

 ネフリティスはそう告げる。

 可彦の周りは陰に覆われ、身体が再び跳ね始めた。

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