第8話

「御託は面倒だ。さっさと交渉に入ろうか」

 一同がテーブルに着くとアギルマールはすぐに切り出した。テーブルについているのはアギルマール、ベラルダ、可彦、ネフリティス、バルゥ、ミランダ。相手はギスバルトと役人のような男。そにほかの兵士はギスバルトの後ろに立っている。役人は目の前に書類らしきものと筆記用具のようなものを並べ始める。

「願ってもない」

 ギスバルトも頷く。

「まずはこちらの条件を陳べさせてもらっても宜しいか?」

 ギスバルトの言葉にアギルマールは手を差し伸べて促す。

「では我が領主の言葉を伝える」

 ギスバルトの脇に座っていた役人が巻物を広げ、それを読み上げ始めた。

「ジョサウーンは先代領主の意を継ぎ、ソタニロと改めて同盟を結ぶ。互いに助け合い、ともに繁栄することを誓う」

 役人はここで読み上げるのをしばし停めた。アギルマールは同意したとばかりに頷いて先を促す。再び役人が読み上げ始める。

「これまで通りソタニロに事あらばジョサウーンは速やかに守備隊を派遣しこれを助ける」

 再び停まる。頷くアギルマール。

「同盟を対等なものとするために今後はソタニロにも守備隊の維持費を負担いただく。その金額はソタニロの得る税収の五割とする」

 対等の同盟とは言っているが事実上ソタニロの属国化だった。しかし現状としてソタニロは受け入れざるを得ない。ただその条件をよくするために戦ったのだ。

「高すぎる」

 すぐさまアギルマールが反論した。

「維持費を負担するのには同意する。しかし税収の五割は高すぎる。せいぜい一割」

「それは安すぎだろう。守備隊の維持には金がかかる。四割五分」

 ギスバルトが反論する。

「一割五分」

「四割」

「二割」

「三割五分」

「二割五分」

「三割」

 交互に言い合うアギルマールとギスバルト。ギスバルトが三割と言ったところでアギルマールが頷く。

「わかった。三割だ」

「三割でよろしいか?」

 役人が確認するように両者の顔を見る。

「承知する」

「承知する」

 その言葉に役人は読み上げていた巻物に何かを書き加えた。

「同盟を対等なものとするために今後はソタニロにも守備隊の維持費を負担いただく。その金額はソタニロの得る税収の三割とする」

 役人の言葉にアギルマールは頷く。

「ソタニロは即刻守備隊を解散させ、守備隊員は退去する」

「退去したとたんまた攻めてきたりしない?」

 可彦の囁きにネフリティスは首を横に振った。

「こうして取り決められればその心配はまずありません」

「やっぱり外聞?」

「そうです。決めたことを簡単に破る様では真っ先に信用が失墜しますからね」

「退去する隊員の命の保証はしてもらえるんだろうな?」

 アギルマールの言葉にギスバルトは頷く。

「追放ではなく退去だ。十分な食料と準備をしてここを立ち去ることを認める。ただし」

 ギスバルトは役人を見る。役人は頷いて先を読み上げる。

「ソタニロ守備隊長は、今回の戦いの責を一身に受けてもらうこととする」

「……どういうこと?」

 再び囁く可彦。ネフリティスは顔を歪めている。可彦は目を大きく見開いてミランダを見る。ミランダはいつも通りに落ち着いていた。

「わか」

「わかりました」

 ミランダの声が別の声に遮られる。ミランダが、いやその場全員の視線が集中する。その視線の先はミランダの声を遮り、掻き消した張本人。

「貴殿が守備隊長なのか?」

「そうです」

 ギスバルトの問いにはっきりとした口調で答える可彦。突然の発言に誰もが追い付けない。ただひとり、ネフリティスのみが苦い顔をする。

「ずいぶん若そうに見えるが」

「よく言われますが、そうでもないですよ」

 何事でも無いように答える可彦。あまりに落ち着いた可彦の様子にギスバルトは首を傾げる。

「言っている意味を解っているか?」

「責任取って死ねって事でしょう?」

 何事も無いように告げる可彦。その落ち着き払った態度にギスバルトは唸り声を上げる。

「馬鹿言わないで!」

 ミランダがテーブルを叩きながら立ち上がる。

「守備隊長は私よ!」

「ありがとうミランダ」

 しかし可彦はあくまで穏やかに答える。

「僕を庇ってくれるんだね。でももういいよ。作戦を立案したのは確かに僕だし、僕が責任をとる」

「確かにあの作戦は見事だった。多くのものを失った」

 ギスバルトが可彦を見ながら唸り声を上げる。ミランダはさらに声を上げようとするが、ギスバルトが手を上げてそれを制した。ミランダはギスバルトを睨み、ネフリティスを睨み、可彦を睨んだ。

 最後にその目をアギルマールに向ける。

 アギルマールは肩をすくめる。なにがどうなっているのか解らず、そうするのが精いっぱいと言わんばかりだ

「いいだろう。ではその首をもって今回の戦い、そのすべてを大砂漠の風に任せ、砂とする」

「えっと……首?」

「守備隊長は斬首。これが決まりだ」

「斬首って……首を斬るんだよね? 胴体から頭を切り離す感じで」

「当たり前だ」

 可彦を凝視するギスバルト。

「もっとこう……首吊りとかにならないの?」

「首吊り? 縛り首の事か?」

 ギスバルトは顔を露骨にしかめた。

「縛り首は犯罪者の刑だ。貴殿は犯罪者になりたいのか?」

「いや、首斬られるの痛くないかなーって」

「私が自ら執行する。良く研いだ剣でな。痛いと感じる前に首が落ちる。まぁ実際痛いかどうかは首を斬られたこともないし、斬られた奴に聞いたこともないからわからんがな。少なくとも痛みに泣き叫ぶ首は見たことが無い」

「うーん」

「名誉ある者には名誉ある死を。剣による斬首以外ありえない。それに貴殿を犯罪者にしたのでは私の部下が犯罪者ごときに討たれたことになってしまう。それは断じて許されない。貴殿の責は斬首をもって贖ってもらう」

「うーん」

「何か不都合があるのか?」

「いや、ないないよ!」

 ギスバルトの不審そうな声に可彦は慌てて否定する。

「わかった! 了解した! ただちょっとお願いがあるんだけど」

「なにか?」

「遺体はすぐにネフリティス……僕の連れのシャーマンに渡して欲しいんだ。首も含めて全部」

「それだけ?」

「うん。それだけ」

「承知した。それでは決まりだ。よろしいか?」

 ギスバルトはアギルマールに顔を向ける。アギルマールは困惑顔で、しかし頷いた。ギスバルトそれに応えるように頷く。頷くと脇の役人を見る。役人は二つの巻物を広げると、その双方にペンをはしらせる。

「合意内容を書き記した。確認いただきたい」

 提示された二つの巻物をアギルマールが見る。そこには今決めたことが同じように書かれていた。

「確かに受け取った」

 アギルマールは片方をギスバルトに戻す。

「では大砂漠の形無き掟に従い、合意が成立したことをジョサウーンを代表して宣言する」

「……ソタニロもそれに……同意する」

「貴殿の処刑は明朝行う」

 可彦にむけギスバルトはそう告げると部下を引き連れ館を後にした。

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