第9話
「なぜ?」
ミランダが可彦を睨む。
その場にいる全員が可彦を睨んでいるが、ミランダのそれは冷たく射抜き、怒りではなく恨みを含んでいた。
「だってあのままじゃミランダ死ぬことになっちゃうよ」
「私は死ぬつもりだったの」
静かに力強く告げるミランダ。
「うん。だから止めたんだ」
「なぜ!」
「何故だろう? 勢い?」
「……そんな安っぽい、その場の勢いで私の死に場所は奪われたのね」
抑揚の全くない口調。いつも以上になだらかな、不自然なほどに平らで何もない。
「いや、こうなって良かったのかもしれないぜ?」
口を開けたのはアギルマールだった。
「ミランダが守備隊長としてここで死ぬことを承知で引き受けてくれたのも知っていたし、せめてここに手厚く葬ろうとも思っていたが、処刑されるって言うのは寝覚めが悪い。あんたみたいな子供となればなおさらだ。ここを捨てて皆で逃げよう」
「そうだね」
ベラルダも頷く。
「蓄えは多少はあるし、ここを出たとしても生活していくのはさして大変な話じゃないよ」
「お腹のお子さんが……」
心配そうなネフリティスにベラルダが笑いかける。
「だからこそさ」
それからベラルダはミランダを見、可彦を見た。
「この子のために誰かが死んだなんて、そんな重荷をこの子に背負わせたくないのさ」
「でもここを捨てたら追って来ませんか?」
可彦が心配そうに尋ねるがアギルマールは笑う。
「ギスバルトは処刑は明朝って言っただろ。そのくせ見張りも置いていかない。つまり今夜中に逃げる分には見逃すってことだ」
「みんな頑張ってくれたのに悪いね。でも逃げる時間が稼げたって考えれば無駄じゃないさ。さぁそうと決まれば支度しよう」
「まってください」
立ち上がろうとする領主夫妻を可彦が留める。
「逃げる必要なんかないですよ。僕が処刑されれば丸く収まる話なんですから」
「子供が馬鹿なことお言いじゃないよ! そもそも何聞いてたんだい?」
「いやだから、誰も死にませんよ」
「あんたが処刑されちまうじゃないか」
「ん? あれ? ああそうか」
可彦は手を叩く。ネフリティスはそれを見て頭を振った。
「……ヒョットシテオ前……」
そこにバルゥが口をはさむ。相変わらず兜を被ったままで表情はうかがえないが、飛び出した耳が真っ直ぐ横を向いていた。
「本当ニ不死身ナノカ?」
「だからそういったじゃないか」
事も無げにそう返す可彦に視線が集まる。
「それじゃ……」
ミランダが呟く。微かに生まれる抑揚。
「あの矢は?」
「ごめん。僕は覚えてないんだ」
「眉間にしっかり当たっていました」
ネフリティスが可彦に代わって答える。
「やっぱり矢は当たっていたのね」
ミランダは自分の手を見つめる。
「それなら……納得できるわ」
「矢ガ当タッテ死ナナイコトガ納得デキルノカ!」
バルゥの驚きにミランダは平然と答えた。
「確かな手ごたえがあったのに、掠っただけと言われたことが、私には納得できなかったの」
「タイシタ自信ダナ」
「自分の腕以外に信じられるものなんて……無いわ」
ミランダは平然と答える。しかしその言葉は力強いというよりも頑なに聞こえた。
「それじゃ本当に死なないのかい?」
ベラルダが念を押すようにテーブルに乗り出す。
「偶然当たり所が良かったってことは無いかい?」
そういわれて可彦は指折り数え始める。
「心臓を刺されて崖から突き落とされたのが一回目、首の骨を折られて二回目、三回目と四回目はどっちも心臓を刺されてかな。ミランダに眉間を射られたのは五回目だよ。あとは多分……昨日の夜の戦いで何回か死んでると思うんだ」
「なんともはや……」
アギルマールは呆れたように椅子に深く座り直し、息を吐いた。
「約束の中には『守備隊長は処刑する』ってあるけど『生き返ってはいけない』とは書かれてないよね?」
「書かないだろうそんなこと」
アギルマールは口元を歪めて呟く。どうやら笑いたいようだがうまくいっていないようだった。
「生き返るなんてこと、想定するものか」
「だからね!」
ここぞとばかり可彦は大きな声で答えた。顔には満面の笑み。
「僕が処刑されれば誰も死なずにすべてうまくいくんだ! まかせてよ!」
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