第4話
可彦がおもむろに声を上げた。その声に他の二人が可彦を見る。
ネフリティスは眉間に少ししわを寄せて。
行商人は大きく目を見開いて。
「いや、見た目だけで判断するのはもう懲りたが……」
行商人は可彦を見上げ、首を捻る。
「おぬし強いのか?」
「ベクヒト……」
ネフリティスも可彦の顔を覗き込む。
「へんなこと考えていませんよね?」
「話をしに行くだけだよ」
可彦は笑う。
「あっちにこちらを傷つける意図がないなら、上手くいくと思うんだ」
「本当ですか?」
ネフリティスは可彦をにらむ。しかし可彦はただ笑って、そして少し視線をそらした。
「大丈夫大丈夫」
「やっぱり……」
ネフリティスは頭を抱える。何がなんだかよくわからない様子の行商人。
「まぁ……きっと驚くよね」
「それは驚くでしょうとも」
ネフリティスは首を振りながら力なく同意する。
「……好きにしてみたらいかがです?」
それから大きくため息をつく。
「そうするよ」
可彦は楽しそうに頷くと吊り橋のほうへと歩き始める。
「大丈夫なのか?」
行商人の心配そうな声に、ネフリティスはただ肩をすくませて見せた。
「今度ハオ前ガ相手カ?」
「僕は話をしに来ただけだよ」
可彦は剣士から少し離れて立ち止まると両腕を広げて見せる。
「話スコトナド何モナイ!」
言葉とともに立ち上がる砂煙。
しかしここで剣士にとって想像もしていなかった事態が起きる。
剣士には目の前いる人間の子供を傷つける気など毛頭なかった。
命を奪うなど埒外の話である。
単に勢いよく飛び込んで見せ、剣を突きつけて尻餅をつかせようとしただけだった。
それがどうだ。
その人間の子供は尻餅をつくどころか前に飛び込んできたのである。
さらにこのときばかりは剣士の正確な突きが災いする。
剣士の振るった剣先は寸分の狂いもなく、その子供の……可彦の心臓を貫いていた。
「ヘ?」
目の前の光景に何が起きたかわからず、間の抜けた声が剣士の口から零れ出す。
そのまま前に崩れていく可彦。反射的に剣士は飛び退く。可彦の身体から剣が抜かれ、前のめりにその場に倒れる。
「や、やりおった……」
行商人の呻くような呟きが、岩肌に響く。
「殺すことはないじゃろう!」
「マ、マッテクレ!」
両手の剣を振りながらあわてた風に近づいてくる剣士。
「コイツガ勝手ニ突ッ込ンデキタンダ!」
「殺したことに変わりはないです!」
ネフリティスも畳み掛けるように大きな声で非難する。ただどこか一本調子なのは否めない。
「忠告ハシタ! ソレナノニ近ヅイテキタ! ソウダ! 戦場ニ自ラ踏ミ込ムモ同ジダ! 責任ハコイツ自身ニアル!」
声を上げながら倒れた可彦を越えて、さらに近づいてくる剣士。弁解に必至だ。ゆえに背後で起きた動きにも、行商人の驚きにも、まったく気がつかなかった。
「じゃあ背中を見せたのも自分の責任だよね」
可彦は剣士の背後に立つと腰に下げていた短剣を、兜と甲冑の隙間から、首元に向けて差し込んでいた。
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