第3話

「ナンダオマエタチ」

 甲冑の剣士がしわがれた高い声を出す。

「ソイツニ雇ワレタノカ?」

「わたしたちはその橋を渡りたいだけです」

 静かに告げるネフリティスに対し剣士の答えは明瞭だった。

「渡レバイイダロ」

「そうなんですか?」

 聞き返すネフリティスに対し、剣士はうなずく。

「オークノオ前ト人間ノ子供。オ前タチハ好キニ渡レバイイ」

 可彦とネフリティスは顔を見合わせる。

「それじゃ」

「ちょ、ちょっとまってくれ!」

 行商人は先に進もうとするふたりに追いすがった。

「後生じゃから見捨てんでくれ! 本当に安くするから!」

 この期に及んでも『安くする』と言い張るあたり商魂逞しい。

「彼も渡らせてあげてください」

「ソノドワーフハダメダ!」

 剣士は声を荒げる。

「ソイツモツレテイクナラ……」

 剣士は両手の剣を構え直した。

「ウラヲタオシテミセロ!」

「気をつけろ」

 行商人はふたりに忠告する。

「あのゴブリンの小娘、相当使うぞ」

 ゴブリンで、しかも女の子。可彦はそちらの方に衝撃を覚えた。

 そうかゴブリンなんだ。可彦は自分の記憶の中のゴブリンと重ね合わせてみる。

 顔は見えないが、なんとなく近い気はした。

「しかたありませんね」

 ネフリティスは杖を構えると一歩前に進み出る。

「あまり手荒なまねはせんでくれよ」

 行商人が背後から付け加える。ネフリティスはその言葉に振り返る。可彦も大きくうなずいてみせる。それを見たネフリティスは肩をすくませた。

「注文が多いですね」

 ネフリティスは剣士に向き直ると杖を身体の前に斜めに構える。構えた杖の水晶が淡く光りだす。

 剣士の立っていた場所に軽く土煙が舞う。しかしその土煙の中に剣士の姿はなく、その姿はネフリティスの目前にまで迫っていた。

 剣士はその小さな身体には不釣合いなほどに長い突剣を突く。銀糸のような煌きがネフリティスの捻ったからだのすぐ脇を貫いていく。剣士はさらに左手の短剣を突き出す。その一撃をネフリティスは杖でしのいだ。

 剣士はネフリティスの周りを旋風の様に回る。

 回りながらその風の中を銀糸が舞う。

 剣士より大きいネフリティスを、下から突き上げるように、飛び上がって上から突き下ろすように、あるいは横から突き通すように、まさに風に舞う銀糸のごとく、その風に乗り、軽やかに、鋭く、ネフリティスに襲い掛かり、あるいはネフリティスの杖による攻撃を柔軟にいなしていく。

 しかしネフリティスも一歩も引かない。四方八方から攻め立てられながらも一歩も引かず、体を入れ替え、杖で捌く。

 ネフリティスの杖が再び淡く輝く。そこに剣士が激しく踏み込む。輝きかけた杖の光が薄くなっていく。

 ネフリティスは手にした杖を地面に突き立てると後ろに飛び退き手をかざす。追いすがる剣士。剣士の背後に突きたてられるかたちとなった杖が、輝き始めその周囲に砂埃が渦を巻く。

 剣士の背後から放たれる閃光。その閃光を剣士は横に飛んでかわす。二発、三発、剣士の軌跡を追うように放たれる閃光。その閃光を剣士はかわしていく。

 ネフリティスはその間に杖に歩み寄ると、輝きを失った杖を静かに手に取る。剣士も剣を構えたまま、ゆっくりと吊り橋の前に戻った。

 しばらくにらみ合う二人。

 ネフリティスはきびすを返すと剣士に背を向けて可彦のところに戻ってきた。その間剣士は動かない。

「相当な腕ですね」

「じゃろう?」

 行商人は大きくうなずく。

「しかもあれで手加減してくれているようです」

「手加減? あれで?」

 可彦の言葉にネフリティスはうなずく。

「こちらを傷つける意図はないようです。もっとも……」

 ネフリティスは言葉を切り、それから少し力をこめて言った。

「わたしも手加減していましたけれど」

「そうなんだ」

「はい」

 力強くうなずくネフリティス。

「しかしこれでは埒が明かんぞ」

 行商人はうなり声を上げる。確かに埒が明かない。これ以上は誰かが傷つくことになるのは必至だ。

「僕が行ってみようか?」

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