第二章 バルゥ オブ ゴブリンフェンサー
第1話
「とりあえず山岳地帯を抜けて大砂漠に向かいます」
洞穴を出たところでネフリティスは可彦にそう告げた。
「大砂漠?」
「大砂漠には帝国にも王国にも属さない、都市国家が乱立しているんです」
「へぇ」
「その前に行商人とでも出会えればいいんですけど」
ネフリティスは可彦の格好を見てため息をついた。
可彦の格好はあの時と変わらない。
ボロボロのシャツにボロボロのズボン。その上から羽織る毛布。
変わったのは腰に短剣を差している事と、多少なりとも背中に荷物を背負っていることぐらいだ。
「……そうだね」
可彦も自分の格好を見ながら頷く。
「毛布ももう一枚欲しいし」
「毛布は一枚あれば十分ですよ」
「そんなことないよ!」
「無駄遣いはいけません」
「無駄遣いじゃないよ!」
「まぁ……その議論は行商人に出会えてからでもいいですね」
笑うネフリティス。
言い合いながらもふたりは荒野を進む。
砂埃の舞う白茶けた風景が次第に黒っぽいごつごつとした岩肌へと変わり、足元も硬く険しくなっていく。
空気も次第に冷えはじめ、日が落ちるとそれは顕著で、毛布が一つしかないおかげで身を寄せ合う口実が出来たのは可彦にとっては幸いだった。
身を寄せ合い、少ない薪を小さく燃やし、干し肉や硬いパンの切れ端を食べた。
食べながらネフリティスはこの世界のことを可彦に話した。
ここが『クトール島』と呼ばれる島であること。
王国のこと。帝国のこと。
南に広がる大砂漠とその都市国家のこと。
北に広がる密林のこと。
「それじゃ王国と帝国はもともとは同じ国だったの?」
「同じ国というか……この世界を創った祖神のふたりの子供、兄の方が王国を創り、妹が帝国を創った、ということになっています」
「何で二つに分かれたの?」
「それぞれの経典では、兄は祖神は人間を一番最初に創ったのだから人間が他の種族の上に立つと唱え、妹は全ての種族は祖神の創造物なのだからすべて平等だと唱えた、と書かれているようですね」
「なんか帝国の方が差別のない良い国に聞こえるけど」
「そこが難しいところですね」
ネフリティスは眉間に小さなしわをよせながら、微かにほほ笑む。
「王国では確かに人間以外の種族は人間の下に置かれ、権利も制限されています。しかし王国では『上に立つ者は下の者を庇護する責務がある』として、人間以外の種族にも恩恵があるのは確かです。王国は国土も豊かで経済的には安定していますから、生きていくという点でいえば王国は暮らしやすい国です」
「帝国は?」
「帝国は全ての種族の平等を掲げていますから、能力さえあればどんな種族でも要職に就くことが出来ます。まぁ色々と矛盾なところもありますが、基本的には平等です。しかし国土が貧しく経済的には不安定です。ゆえに力の無い者には生きていくのも辛い。平等であるがゆえに苦難する者もいるということです」
「ふーん」
可彦は焚火を見つめたまま何かを考えるように小さな返事を返した。
「……ネフリティスって帝国で暮らしていたんだよね?」
「そうですね」
「何で帝国を出たの?」
「そうですね……」
ネフリティスも焚火を見つめる。
「わたしの父は帝国に独自の領土を許された貴族でした。帝国内のオークの頂点に立っていた、といってもいいでしょう」
「お嬢様だったんだ」
「……違いますね」
「ちがうの?」
「お嬢様と言うより……お姫様ですね。そう呼ばれていましたし」
「そうなの!」
「お城に住んでいましたし」
「お城!」
「でもわたしはお転婆で……よく一人で抜け出して遊びに出て侍女たちを困らせたものです」
「そうなんだ……それでそのお姫様がなんで帝国を出たの?」
「それはまた、次の機会に」
「えー!」
声を上げる可彦に対して、ネフリティスはただ笑って返した。
「明日もたくさん歩きます。もう寝ましょう」
ネフリティスは毛布の中にもぐりこむ。可彦もその脇に静かにもぐりこむ。既に寝息を立て始めているネフリティスは温もりを求める様に可彦の身体を引き寄せ抱きとめる。もはや諦めてなすがままの可彦。そのまま夜が過ぎていく。
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