第5話

 始めは折り重なる屍骸を踏み越え、次第にその脇をすりぬけられるようになる。確実に数が減っている証拠だ。それに伴い進む速度も速くなっていく。

 振り払った杖がサソリを吹き飛ばすとその一匹が洞穴の先の暗がりに消えていく。それからしばらくして何かが飛沫を上げる音が聞こえた。

「水があるようですね。池でしょうか?」

 ネフリティスは杖をついて仁王立つ。その脇に可彦も並んだ。既にサソリの群れは居なくなっていた。

「ネフリティスってさ。シャーマンなんだよね?」

「そうですよ。まだまだ修行の身ですが」

「はじめに使ったのは精霊魔法?」

「精霊の力を借りて雷を起こしました」

「でもさ」

「なんです?」

「魔法より肉弾戦のほうが得意そうだよね」

「だから修行中なんです」

 ネフリティスは可彦の言葉にすこし唇を尖らせてから笑った。

「もっともわたしの師匠も腕っ節のほうが強いですけど」

「師匠? やっぱりシャーマンなんだよね」

 ネフリティスはうなずく。

「偉大なシャーマンであり、賢者といわれた方です」

「賢者なの?」

 腕っ節の強いオークの賢者。あまり想像ができなかったが、可彦はそれはそれで凄そうだとは思った。

「帝国随一と謳われた賢者です」

「帝国?」

「……その話はいずれまた。それよりも先に進みましょう」

 ネフリティスは言葉を濁すと洞穴の先へと進む。可彦も脇に並んで進んでいく。すぐに目の前が大きく開けた。

「すごい……」

 可彦は思わず息を呑んだ。

 ネフリティスの杖に照らし出されたそれは地底湖だった。

 碧く澄んだ水の底は光が届かないほどに深い。ネフリティスが杖を差し入れると淡い水紋が浮かび、静かに流れる。水に流れがあるところを見ると池ではなく川なのかもしれない。

 流されてしまったのか、サソリの屍骸もすでになかった。

「綺麗ですね」

「そうだね」

 ネフリティスも魅入るように呟く。それからしゃがむとその水を手にすくい口元へと運んだ。

「冷たくて美味しい」

「本当だ」

 可彦も喉を潤す。その間にネフリティスは水筒に水を詰め直していた。

「しかし困りましたね」

 水筒を袋に戻しながらネフリティスはため息をつく。

「どうやって渡ったものか」

「泳ぐ?」

 ネフリティスは杖をもう一度かざし先を照らす。思ったほど川幅は広くなく、反対側に続く洞穴も見えた。

「泳げない距離でもなさそうですが、なにがいるかわからないので怖いですね」

「魔法で飛ぶとか」

「風が強ければそれに乗るのも出来るかもしれませんが、ここではちょっと無理ですね」

「うーん」

 可彦は水面をにらむ。

「ちょっと水面を照らしてみてよ」

「こうですか?」

 杖の光が水面を照らす。静かで穏やかな水面。

「……あそこ、みて」

 可彦が指を差した先、ネフリティスもそこを見る。

 穏やかな水面が、そこだけすこし揺らいで見える。

「あそこも」

 可彦の指差す先々に、揺らいだ部分がある。

「飛び石じゃない?」

「なるほど、確かにそうですね」

 浅くなった部分の水が流れによって揺らいでいるのだ。その揺らぎが一定の間隔で対岸まで続いている。

「行ってみよう」

 可彦はそういうと一つ目の飛び石に飛び乗る。石はぐらつく事もなくしっかりとしていた。踏んだ感触も平らで、自然に出来たというよりも道とするために置かれたらしいことがわかる。

 可彦は次の石に飛び移る。それと同じくしてネフリティスもさっきまで可彦が居た石に飛び移った。

「よく気がつきましたね」

「偶然だよ」

 可彦は そう答えながら飛び石を跳ぶ。勢い良く飛び散った飛沫が水面に幾重もの水紋を描いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る