第3話

「ほらほらがんばって!」

 前を行くネフリティスが振り返る。

 手には杖。

 杖の頭部には鉄環と水晶の飾り、石突はまるで槍のように尖っており、振り回せば武器としても扱えそうな代物。

 肩からは大きな頭陀袋。それを後ろに回して腰の辺りで支えている。

 大きな荷物を持ちながらも、大小の石が転がる荒れた地面を特に苦にした風もなく進んでいく。

 対する可彦。

 着ているのはぼろぼろになった、打ち捨てられたときそのままの服。

 ネフリティスが破れた部分を繕ってくれていたが、シャツに残る大きな血の染みだけは消しようもなかった。

 その上から寝るときに使っていた毛布を羽織る。

 ただ王国であつらえてもらった革の長靴はさすがに丈夫で履き心地もよく、荒地を進むのに役立っていた。

 それでもやはりその足取りは軽やかとはいかない。

 しばし躓き、しばし滑らせ、しばし止めながら、何とか後についていく。

「こんな、所で、どこに、いくの?」

「この辺に古い祠があるはずなんですが……」

 息を切らせながら尋ねる可彦にネフリティスはそう答えた。

「とりあえずそれを探してここまで来たのですが、祠を見つけるより先にあなたを見つけてしまいました」

「……それじゃその祠を作った人に感謝しないとね」

「なぜです?」

「その祠がなかったら、それにもし簡単に見つけられていたら、僕は君に見つけてもらえなかったよ」

 可彦の口から出たその言葉に、ネフリティスは小さく笑った。

「おかしなこと言ったかな?」

「いいえ。本当にそうですね」

 もう一度小さく笑う姿に可彦は首をかしげる。再び歩き始めるふたり。

「本当にこの辺なの?」

「そのはずなのですが……」

「ちょっと休もうよ」

 可彦は大きな岩の影にある手ごろな石に腰を下ろす。

「急いで探しているわけでもないんでしょ?」

「それもそうですね」

 ネフリティスも頷く。

「せっかく元気になってきたのに、無理をするのもいけないですし」

「元気になんかなってないよ。へとへとだよ」

 可彦は近づいてきたネフリティスの手から水筒を受け取ると喉を潤す。たいして冷たいわけでもないが、荒涼とした乾いた空気の中を歩いてきた身体には心地よかった。

 ネフリティスも可彦の脇の石に腰を下ろす。そして可彦から水筒を受け取ると喉を潤す。それから水筒を袋に仕舞う。

「どうしました?」

「な、なんでもないよ」

 慌てて顔をそむけた可彦に首を傾げながら、ネフリティスは濡れた口元を手の甲で拭う。

「岩陰は涼しいですね」

「そうだね」

 岩陰に座るふたりの間を冷えた風が微かにそよぐ。乾き切った肌に優しくまとわりつく。

「良い風だね」

「そうです……」

 突如立ち上がるネフリティス。

「ど、どうしたの?」

「風です!」

「風? そうだね風が心地良いね」

「冷たい湿った風です!」

「確かにそうだね」

「こんな荒野にそんな風が吹くはずがありません!」

「……言われてみれば」

 ネフリティスの言葉に可彦も頷く。その風は滝や清流に揺蕩う新鮮な湿り気のある風によく似ていた。

しかし見たところ水のあるようなところは無い。

「おそらくどこかに洞穴が。この風を辿れば」

ネフリティスは杖を自身の前に打ち立てる。石突が地面を穿ち突き刺さる。

その前でネフリティスは目を閉じ、杖の周りを撫でる様に手をかざす。手の動きに合わせるように、唇が小さく動いている。

「……こっちです!」

 地面に刺した杖を手に取りその先を前に突き出すと、暗闇の中を探るように左右に振りながら、慎重に歩き始めた。

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