第4話
謁見に続く晩餐は可彦の予想よりも小さな部屋で行われた。
人数も少ない。テーブルを囲むのは自分も含めて全部で八人。
正面に国王。
続いて妙齢の女性と闊達そうな青年。
可彦より少し年上の女性と同い年ぐらいの女性。
壮年の男性が二人。
そして可彦。
アルタリアも部屋の中にはいたが席には付かず、可彦の後ろに控えている。そして部屋の中には数名の兵士と召使が、その存在を隠すかのようにひっそりと立っていた。
「あまり大げさなのは好かんのでな」
国王は笑みを浮かべながら可彦を見る。謁見したときよりも砕けた口調。
「まずは紹介しよう。妻のエリザベートと長男のルイ、長女のイザベルと次女のミシェル。そして執政のジュール・サン・ファル卿と大将軍のピエル・オス・フォル卿だ」
それぞれが名前を呼ばれるごとに可彦に顔を向け小さく会釈をする。可彦もそれに答えて会釈を返す。
「さぁまずは食べよう。話はそれからだ」
その言葉とともに、召使が動き出す。
次々と運ばれる料理。
鮮やかな緑色の葉の上に並べられた薄桃色の肉。
薄く金色に輝くスープに浮かべられた魚。
銀皿に盛られた見たこともないような色とりどりの果実。
次々と運ばれてくる料理はどれもこれも刺激的で食欲をそそる温かい香りを放ち、または良く冷えた芳醇な香りを漂わせた。
国王は自ら肉をその手でつかむと、自分の口に放り込む。そして満足そうにかみ締める。残る全員、それぞれがそれぞれ、好きなように料理に手を伸ばし始めた。
「遠慮はいらん。小難しい作法も抜きだ。存分に食べてくれ」
国王は杯を傾け料理を流し込むと大きく笑う。
可彦も目の前の肉に手を伸ばした。
「葉に包んで食べるとおいしいですよ」
王妃が気さくに声をかけてくる。その言葉に従って、下に敷かれた葉ごと手に取ると、包み込むように口に運ぶ。
シソのようなものを想像していたが、全然違った。
ほのかな辛みと苦み、そして軽く抜けるような刺激。
それが肉汁の旨みと脂の甘みを引き立て、さらに口当たりが爽やかになる。
不思議な味だが決して不味くはない。いや、とても美味しい。
「美味かろう?」
国王の言葉に可彦は頷く。国王も嬉しそうな笑みを浮かべて手近の皿から同じ肉料理を手に取り頬張る。
「フルテスの葉は滋養もある。沢山食べるとよい」
言われるままにもう一つを手に取り口に運ぶ。考えてみればここは異世界なのだ、その世界の食べ物が不思議な味がするのは当然だ。食べたことのない食材なのだから。
それでも美味しいと感じるのはやはりこの世界が自分を受け入れている証拠だ。可彦はそう感じずにはいられなかった。
「さぁ良く食べて良く飲んで、まずは英気を養ってくれ。そなたには王国の命運を預けねばならんのだからな」
魚を取り寄せた皿を召使から受け取った可彦の動きがしばし止まる。そう、そうだ。それを聞かなくては。
国王は可彦のまなざしを見て深く頷く。
「食べながら聞いてくれればよいぞ」
国王も魚を取り寄せた皿を受け取りながら話す。
「我が王国はこれより帝国の侵略を止めるべく決戦を挑むことになる」
「決戦……」
噛み締めるように可彦は呟く。ここに来て不安がよぎる。自分は戦う術がない。軍を率いたことなどあるわけが無く、剣道初段が通用するかどうかもわからない。
都合よく何か勇者的な力に目覚めるのかもしれないが、今のところ自覚は無い。
「軍のことは心配ない。将軍がすべてを取り計らう」
「お任せを」
国王の言葉に将軍は可彦を見ると一礼する。
「それじゃ僕は何を」
「ベクヒコよ。そなたは光なのだ」
国王の言葉は真っ直ぐに可彦に届く。その言葉の道筋に促されるように全ての視線が可彦へと導かれた。
それはディナーテーブルに居並ぶお歴々だけにとどまらず、背後に控えるアルタリアはもちろんのこと、足繁く料理を運ぶ召使や油断なく警護をする兵士まで、その動きを留め、または留めていた姿勢を動かし、その視線を可彦に向ける。
「軍の指揮ならば将軍に任せればいい。剣の腕ならば騎士の中にも相当に使うものがいる。それだけの話ならば勇者よ。そなたの出る幕などないのだ」
その言葉に、しかし侮蔑の色は無い。
「しかしそなたは光だ」
国王の言葉はただ朗々と湧き出す。
「昼を照らす太陽が一つであるように、夜を照らす月が一つであるように、この戦いを照らすのは勇者よ。そなただけなのだ。そなたこそが唯一無二の光なのだ」
国王の言葉は更に続く。
「そして勇者よ、そなたが何をなすべきかは、その時が来ればおのずと解るであろう。あせらずともその時が来れば必ずなすべきことが解る。それが勇者であるそなたの天命だ」
可彦は頷く。国王の言う通りかもしれない。その時がくれば何をなすべきかきっと解る。言われてみれば確かにそんな思いが確信となって湧き上がってくる。可彦はもう一度頷く。今度は力強く、ゆっくりと、それを実感するように頷く。
「ゆえにベクヒコよ。この場はこの細やかな晩餐を大いに楽しんでもらいたい」
国王のその言葉に召使たちは再び足繁く動きだし、次々と料理が持ち込まれ始めた。
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