第1話 接触 Cパート

あれから急いで家に帰った俺こと四葉希来は、とりあえず妖精の傷の手当だけしてタオルで作った特性ベットの上に妖精を寝かせておいた。正直会心の出来だと思うというしょうもない自画自賛は放っといて、妖精の様子を見た。


「うぅ……」


 運び込んだ時より落ち着いた感じはあるのだけど、それでも寝返りをうつたびに痛そうにうめき声を上げていた。

 なんとも歯がゆがったが、一応できるだけの処置はしたつもりだし、後は妖精が目を醒ますのを待つだけだ。


「待つって言ったって、お母さん相手にどうやって誤魔化そうかなぁ……」


 そう。この妖精の様子を見届けるにあたって、一番の障害は情け容赦なく部屋の掃除に来る自分の母親の存在である。掃除の頻度は一日一回、このまま日をまたぐ事になってしまえば、俺は学校に行かなきゃいけないので妖精を放置しなければならなくなる。もしかするとそのまま放置してくれる可能性があるが、大体机の上の物は雑に引き出しの中に片付けられてしまうため妖精もそうなってしまう可能性がすごく高い。

 かと言って、他に安定した場所があるわけでもないためこのままだと色々と詰みです。

 俺は今ほど、プラモデルとUFOキャッチャーの景品フィギュアまみれの棚の存在を鬱陶しく思ったこともなかった。


「ううん……?」


 妖精が比較的大きく声を上げた。それに釣られて見てみると、妖精はゆっくりと目を開いて周りを見渡していた。少しの驚きと興奮を抑えつつ、妖精に身体の状態を聞いた。


「あっ、起きた! 大丈夫……か?」

「う、うん。あの、ここは……?」


 あんまりガッツリ過ぎたと少し後悔した。理由は単純で、妖精が困惑しているようだった。ようやくひねり出したかのような、小さい声が万全とはほど遠い妖精の状態を察せたからというのもあったかもしれない。

 少し気分を落ち着けるように心の中で称えて、まずは妖精の質問に答えた。


「俺の家だよ。あの怪物を倒せた後、急いで君を連れてきたんだ」

「君の、家……?」


 寝ぼけ眼で俺の言うことを復唱した妖精。すると、痛みに耐えながらゆっくりと起き上がった。少し声を上げたのにびびった俺は、ふいに声をかけた。


「お、おいっ。大丈夫かよ……?」

「な、なんとか……。グっ……!?」


 妖精の足がピクッと震えた。苦悶の表情を浮かべながら、その顔には冷や汗がダラダラ垂れてくる。その原因は、言うまでもなく足の怪我だろう。

 それにしても様子がおかしかった。苦痛で衰弱していたのはわかるのだが、足の怪我を見たところこんなに痛がるほどでもない怪我なはずなのだ。範囲は広かったが、ちゃんと処置すればなんてことない擦り傷だ。


「……痛いっ、キツ……!」

「まさか!」


 俺は急いで、妖精にかぶせていた毛布代わりのティッシュを引き払った。妖精の足には、手っ取り早く済むからと思い巻いた絆創膏。若干強く巻きすぎてしまったのか、そもそも絆創膏が妖精にとって固いのか、理由は定かではないが絆創膏が原因で痛がっていたようだった。


「ゴメン! 今、外すから!」


 と、焦って絆創膏を外そうとしたところで、ハッとして手を止めた。絆創膏を巻いただけで苦しむのに、このまま剥がせばどうなってしまうのだろうか。自分の肌から絆創膏を剥がす痛みを考えて、ある推測が頭によぎった。

 このまま剥がせば、妖精の皮膚ごと剥がれてしまうのではないか?

 そうなってしまったら、もう擦り傷どころではなく、本当に妖精が死んでしまうことになる。そう冷静に判断出来た時、俺はどうやって絆創膏の粘着力を弱める事ができるかを考えた。

 そこでふと、机の上に置いてあるプラモデル作りで使っている塗料皿に目が行った。


「……そうだ、水だ! ちょっと待ってて!」


 そう妖精に声をかけて、すぐさま水を取りに下の階まで降りた。急いで階段を降りて、リビングに入った。ドアを開けた勢いで、でかい音が鳴る。


「わぁっ!? ……どうしたの、そんなに慌てて?」


 驚いた母さんの声を聞いて、俺は一瞬戸惑ってしまう。つい、母さんをごまかす言い訳を考えてしまったからだ。しかし、そんな暇はないとすぐに思い直して、適当な言い訳を思いつく。


「水が必要なんだよ、水!」

「水? ……何もそこまで慌てなくても」


 母さんの言うことを半ばスルーして、俺は水をコップに注いだ。水道水だが、絆創膏の接着を緩めるには十分だ。だが、あの妖精のことを悟られるとまずいので、コップ一杯に並々に水を注ぐ。


「よしっ……!」

「そんなに急いで、何に使うつもりなの?」

「プラモデル! 色塗るのに使うの、それじゃ!」


 とかなんとか適当なことヌかしてますけど、僕が使う塗料は水性でも水で希釈できないほうです……。ラッカーはね、臭いがすごくて。うるさいんだよね、家族が……。


「ちゃんと換気しなさいよぉ~?」

「わかってる~」


 そんな母さんのご忠告に少し申し訳なく思うも、俺は急いで自分の部屋に戻った。

 部屋には、さっきよりも力が失くなっている妖精の姿があった。多分、痛みをこらえる気力がだんだん失くなっているのだろう。

 俺は道具箱の中からスポイトを取り出して、それで水を吸い取ってから、妖精に着けた絆創膏に水を染み込ませた。


「いっつッ……! っ!」


 傷口に水が染みて痛いのだろう。さらに表情が険しくなって、悶絶していた。


「少しの我慢だからな……!」


 気休めにもならなそうな言葉を言いながら、俺はなおも絆創膏に水を流し続けた。しばらくすると、絆創膏はブヨブヨになって少し肌から浮いてくる。俺は、待ってましたと言わんばかりに慎重に絆創膏を剥がしにかかる。

 妖精が痛みにこらえて声を上げる中、慎重に、慎重に剥がしていく。


「……よし、っと!」


 最後まで剥がしきった。妖精は、どこかホッとしたような表情をみせた。


「どうだ? 傷の方は」


 俺は改めてそう聞きながら、手前にあったティッシュを一枚、妖精に渡した。


「ふぅ、うん。なんとか……」


 妖精は何気なくティッシュを受け取って、自分の傷口に当てる。気が抜けて、若干だらしなく背筋が曲がり一息ついた。


「それで、ここは君の……?」

「うん、俺の家だよ。お前が倒れたから一応ここまで運んだんだけど……」


 ほっとした表情をして質問をしてきた妖精。俺はさっきの痛がり様から、少し悪いことしたなと思いながら答えた。


「そっか、ありがとう。それとごめんね、君を巻き込んじゃって……」


 そう言うと、妖精は暗い表情になってしまった。

 まぁ、確かに流石に死んだろこれって思った場面が多かったけど、妖精を助けたことに後悔なんかしてないし。だからこそ、俺はこう返す。


「全然気にしてないし、大丈夫だよ。それに何よりも……」

「何よりも?」


 そう、少し溜めて――――。


「――――君が助かったのが一番だから」


 ここで満面の笑みを見せて、そう! まるでヒーローみたいな台詞を言う! いや~、一度言ってみたかったんだよね。

ナルシじゃないけど、今の俺最高にカッコいいと思う。Foo! バッチェ、決まってんよぉ~。


「そっか……。君って、すごい子だね」

「えっ」


 妖精の思いの外純粋な反応に、俺は思わず開口してしまった。


「対抗する力が無いはずなのに、他人を助けるために自分の命を張る事ができるなんて……。そうそう真似できないよ、そんな事」

「あ、いやぁ……ハハッ。そうかな?」


 うっわ、やっべぇ。数秒前の自分を殴り飛ばしたい。思った以上に純粋で重いわぁ、この子。

 笑顔でそう言ってきた妖精に、多少……。いやかなりの罪悪感を抱いてしまった。穴があったら入りたいとか、純粋に思ったの久しぶりだわ。くっそ……。


「そうだ。そういえば、僕らお互いの名前を知らなかったよね?」

「あ、うん。そうだね」


 ハルトマン、唐突な話題転換はだな……。

 懺悔に追いけなくて、排水口から出てくる沼に引きずり込んでくる奴みたいな動揺のしかたをした俺は、すぐさまさっきまでの自分を置いて波に乗ることにした。


「僕の名前はリオ・レーン、この世界と並び立つように存在する妖精界から来た妖精だよ」


 ニッコリハンサムスマイルをカマしてくる妖精、いやリオ。

 格好も相まって男に見えるけど、俺の見立てが間違いなければ女の子だよねこの子。


「こ、これはご丁寧に……。俺は、四葉希来。えっと、今日で小学六年になった、人間です」


 少しドギマギしながら、軽く自己紹介をする俺。なんかオウム返しみたいになったの軽く死にたい……。


「四葉“さん”……だね。よろしくね!」


 少し元気が無いが、それでも充分にテカる輝かしい笑顔でリオは言ってきた。

 ん~? なんかおかしいぞぉ? なんで“さん”付けなのかな~~~~? まあ、原因はこの女顔にあるんでしょうけど、それだってさあ……。ほら言葉遣いとかで察しない? 察しないかぁ、そう……。


「ああ、うん。よろしくね、レーンさん」


 まるで苦虫を咀嚼しまくってるほどのドス黒い思いを殺しつつ、精一杯なんでもないようによろしくしてやった。

 と、一段落したところで俺はあることを思い出した。

さっきの怪物のことだ。あれは一体なんなのか、なぜリオが追われていたのか、と突き詰める権利が俺にはあるはず。

そう思って、質問を投げてみることにした。


「聞きたいんだけどさ、あの怪物は一体なんなの? いまだに、さっきまでの出来事が夢だとしか思えないんだけど……」

「……そうだね。君は魔獣を見てしまったわけだし、アレについて知る権利があるよね」


 さっきまでの明るい表情が、嘘のように暗くなって俯いたリオ。

 もしかして触れてほしくなかった、いや触れてはいけなかった事なのか。少し不穏めいた物を感じつつ、彼女を見た。

 暗い面持ちのリオ。ほんの少しの沈黙が、異様な緊張感を生む。俺は唾を呑んだ。


「あれは魔獣と言って、太古から人の心を食らうために魔界から現れる化物だ」

「太古から、人の心を……?」


 そんな遥か遠い、それも気が遠くなりそうなほどの昔からいるのか。そんな考えをよそに、一つ疑問が出来ていた。


「アイツらって、心しか食わないのか? だったら――――」

「――――そう思うよね。けど、それだけじゃないんだよ」


 低い声で響くリオの声。めっちゃイケボだけど、そうなるのも仕方ないと思ってしまった。


「魔獣に心を喰われた人間はね」


 なぜなら、その顔は――――。


「最悪、死んじゃう事があるから…………!」


 さっきまでの彼女からは想像ができないほど、怒りに満ちた表情だったからだ。


第1話 完

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魔導戦記 一角 充 @Itikaku

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