第1話 接触 Aパート
学校に行く準備と着替え、それに顔も洗ったし歯も磨いた。それを確認した俺は、自分の部屋を後にしようと思って立ち上がったら、ふとカレンダーが目に入った。
今日の日付は 四月十日、うちの学校の始業式だ。
「今日から学校かぁ……」
そう、少しだけの休みでなんだよ〜〜〜〜とか思っていた春休みも思ってみればあっという間に過ぎて気づいたらもう学校。毎日アニメやゲームにプラモを作ってたりとかしたお母さんに、学校で必要なものってある? って聞かれたから、まだ時間あるでしょって答えたらもう三日前とか言われたからまぁ焦ったよね。急いで積みゲー消費に費やしたもん。無理だったけど。
とは言っても別に学校に行くのが嫌とかそういうわけでこう言ったわけじゃない。むしろ結構楽しみだったりする。だって、学年が上がるわけだからクラス変えが当然のようにあるわけで、そうなるともう五年くらい同じ人たちと一緒の学年な訳だけど、それでも全然関わりを持ってない人とかいっぱいいる訳でそういう人とあわよくば友達とかになれたら結構楽しいだろうなって、そう思うとわくわくが止まらないよね。オラ、ワクワクすっぞ!
「新しいクラス、新しい友達…………できるといいなぁ」
……正直言うと、あんまり自信はない。友達が本当にできるかどうかなんて実際にはわからない。けど、そういったことが実現できればそれってすごくいいよね!
「今年も一年、がんばるぞい!」
と、漫画でみたセリフを言って自分を勇気づけてみる。
よしっ、とガッツポーズして自分の部屋を出る。いや、実に清々しい。はっきりと、わかるのこの興奮。おいおい、まだ家だぞ。
そんな気持ちの中、階段を降りようとすると後ろからガチャ、と扉が開く音がした。振り向いてみると、起きたばかりなのかものすごく眠たそうな顔で二歳下の妹、
「おはよう葵」
「う~~~~ぬ……おはよう、お兄ちゃん……」
目をこすりながらこっちのほうに向く葵。ものすごく眠たそう、かわいい。
「お兄ちゃん、今日は早いね……」
「おう、なんてったって今日は始業式だぜ、始業式! なんかワクワクしない?」
「お兄ちゃん、それ毎年言ってるよね~……」
なんかさっきよりもダルそうに答えてきた。えっ、俺の妹ってこういう時は結構はしゃぐほうだと思ってたんだけど……。
「ん~? なんかつらそうにしてんなぁ。お前は楽しみじゃないのか? 友達と会うの」
「楽しみだけど~……、昨日遅くまでお友達とお話ししてて夜更かしちゃってぇ……」
あ〜なるほど、楽しみが余り余って先に話ししてたって感じか。それで夜遅くまで、話し込んでたと……。
「なるほどね。話し込んじゃうのも良いけど、夜更かしはあんま良くないぞ」
「わかってるよぉ」
まあ、俺も遅くまでプラモ作ってたから人のこと言えないんですけどねぇ~!
それはともかく、朝からそんなお説教聞きたくない! って感じを出してる葵。あくびまでして、すごく眠たそうだ。こういう時って変に話しこまれると結構うっとうしいよな。準備もあるから、さっさと行かせるか。
「……よし。わかったんなら、早く顔洗ってこい。髪は結ってやるから」
「ん〜」
そう返事をした後、廊下の奥にある洗面台に向かってゆっくりノッソリ歩いていく葵。少し心配になったけど、さすがに気にするところが小さいと過保護だとかシスコンだとか色々言われかねないし、あいつもそこまで子供じゃない。そう思いながら葵を見送った俺は今一度、階段で下に降りていった。
途中で曲がり角に当たる階段、それを降りていって一階の廊下へ降りて行って、少し右手に行ったところでリビングに入る。リビングの扉を開けると、部屋中に広がる朝の光が強くて少し目を細めてしまう。しかし、それと同時にどこからか食欲そそる良い匂いと朝の空気が一気に体に入り込んできてる感じがして、すごく心地良い。
そう思いながら、またも右手側にある食卓の椅子に向かう。目の前に長い髪をヘアゴムで一つに結んでいる俺の母さんが台所で朝食の支度をしていた。しかし、食卓テーブルを見てみるともう大体の料理が並んでいる。……どうやらもう支度も終わりが近いようだ。
「お母さん、おはよう」
「あら、
支度をしながら、振り返って挨拶をしてくれたお母さん。
自分のお母さんにこんなこと思うのもあれだけど、すんげぇ美人だと思う。俺と葵を生んだとは思えないくらいには。いやまぁ、まだ四十手前だしね、多少はね?
「おい」
「アッハイ、なんでしょうか」
ヤベっ、怒らせたっぽい?
「ん~ん? 何も? けど何か失礼なこと考えてるんじゃないのかな~って思って」
なぜだろうか、ものすごくプレッシャーを感じる。しかも、考えてることに返事もした。いつも通りの軽い声からだんだん重苦しくなってるような気がするけども、ここは必死にごまかそう。
「いやっ、いやいやいや別に何も考えちゃあいないよ? うん」
一時の沈黙。のはずなんだけど、お母さんのどこか黒い笑顔にビビりまくってそれが結構長く感じる。
「そぉお? なら良いけど……」
お母さんはとぼけた顔でそう言った後、朝ご飯の支度に戻った。
「ほっ……」
と、一息ついて安堵。これで一安心。お母さんは普段は、すっごい温厚で優しいんだけど一回怒らせると元ヤン(お父さん曰く昔はそんな感じだったらしい)の血が騒ぐのか急に荒っぽい口調になる。後、顔つきも変わる。正直怖い――――恐い。
とか思っていると、後ろからガチャとドアが開いた。後ろを見てみると、ピシっと伸ばされた白シャツを着て仕事鞄とスーツを持ってお父さんがやってきた。
「おはよう、お父さん」
「お、おはよう。今日は早いんだな」
笑顔で挨拶した後、少し不思議そうな顔でそう言ってくるお父さん。
「うん! 今日は始業式だからね」
「こういう時だけは、早いんだな~お前ってやつは!」
からかう様な顔でそういって、頭を思いっきり撫でまわしてきた。
「だぁ〜痛いっ、痛いって」
もうそんな子供じゃないのにな。でもちょっと、嬉しくもあったりする。
「はは、そう脹れるなよ」
そりゃ、急にやられたらそういう顔にもなるよ。でも、今自分がそんな顔になっているのにちょっと意外だった。いや、まったく意識してなかったからなんだけど。
「そういえば希来、葵は?」
そう聞いてきたのはお母さん。
「あぁ、あいつは……」
まだ時間が経って無いからまだ準備はできてないだろうな、とか思いつつ。
「今さっき起きたばっかりだから、まだ来ないと思うよ」
「あらそう、また珍しいことがあることねぇ」
お母さんは不思議だというような顔でそう言った。朝ごはんの支度はもう終わりそうだ。
珍しいことってのは、今までの前例交えて話すと葵は元気っ子で、元気が余りすぎて朝なんてもう早く飛び起きるぐらいには元気なのだ。それで言ったら今日はどうだろうか。友達と電話で話してたらついつい長くなっちゃって、夜更かししてるお茶目さんになってしまっているのだ。かわいい。
「は~い、お待ちどうさま」
そこでお母さんが最後の一品を、テーブルの上に乗せた。
料理は至ってシンプルでアジの開きに白みその味噌汁、ほうれん草のおひたしに白ごはん。とどめに納豆と付け加えて、あ~~~~もう健康的!
「ほー、今日も美味そうだな」
「ふふっ、ありがとうあなたっ」
こんな些細な話で朝から桃色のオーラを放つアツアツ夫婦。そんな夫婦から生まれたのが僕と妹です。毎日毎日、ほぼ同じ光景を俺と妹は見せられている。そんな二人の雰囲気はさながら少女漫画。もしくは正ヒロインといちゃいちゃラブラブしてるラノベやアニメで見た感じのソレ。そこまで考え込むと少し馬鹿らしくなってしまった。
「朝からお熱いこと……」
「あら? いけない?」
イタズラな微笑で俺にそう言うお母さん。
「そうそう、お前はどうしてそう捻くれてるんだ? そんなだから、朴念仁とかクソガキとかマセガキとか言われるんだぞ?」
お母さんに便乗する形で、お父さんがそう言ってきた。そこで気になったことが一つできたから、少しカマをかけてみることにした。
「お父さん、マセガキは言われてないよ……」
「えっ、あ、そうだったか? あ、アハハハハ……」
何かをごまかすように笑うお父さん。こういう時って、自分が日頃その人に対して思っていることがぽろっと出てちゃうんだよね。しかも父さんは裏表がないから余計に……、ハッ!?いつも僕のこと、そういう風に思ってるんだね父さん……。
まぁ、自分がそういう子供だってのはわかってはいるつもりだったんだけど、実際に言われると結構傷つく……。
「おはよー……」
と、タイミングのいいところに、葵が朝の支度をし終えてこっちにやってきた。顔は洗っているはずなのに、まだまだ眠たそうにしている。
「あああ、おはよう葵。」
さっきまでの下りがまるで無かったかのように、振る舞うお父さん。
いや、もういいです。ハイ。それよりも……。
「お前、目の下にくまができてんぞ……大丈夫か?」
「ん~、なんとか~……」
目の下のくまは、近くに行けばはっきり見えるくらいのレベルには濃かった。
「結構ひどいわねぇ……夜更かしは美容の天敵よ?」
「うん……今度から気を付ける……」
そう返事した葵。あんまり夜長く起きてると、健康に悪いから気を付けてほしいんだよなぁ。ま、俺はやってるんですけどね。
「希・来・も!」
「ひゃい!?」
母さんがこっちに矛先を向けてきた。いやまぁさすがにわかってたかぁ……。
「夜更かししてアニメゲーム漫画ネットにプラモデル作りなんて、とても小学生が夜更かししてまでするようなものじゃあないわよねぇ?」
母さんがまるで自分を名探偵か何かじゃないかと言わせるような、ニヤケっぷりで俺に迫ってきた。
やりたいことやって何が悪いんだ! やってることはちゃんとやってるのに!
……と言いたいところを抑え込んで、とにかく笑顔でこの場でやり過ごすことにした。
「アハハハハ……。すんません」
「遊んじゃダメ、とは言わないけど夜更かしは本当に健康に悪いから、あんまりしちゃダメよ?」
口に一指し指を置いてダメ、という独自のジェスチャーを俺に向かってする母さん。
少し年上のお姉さんならともかく、お母さんの年だと結構きついっす……。
すると、母さんの雰囲気がピリっと黒い渦のようなオーラが見えるくらいにきつくなった。
「希来……?」
「イエ、ナンデモアリマセンヨナンデモ…………」
あきらかなヤバさを感じた俺は、母さんから目をそらして朝食に没頭する。
「あっ、おいしいなァーーーー!」
「おにいちゃんうるさぁい……」
「ハイ、すみませんっ」
母さんの気をそらそうと、大げさに朝ごはんを褒めたら妹に鬱陶しがられた。結構本気そうだったから、少しブルーになりますよ……。
「……ほら、冷めないうちに食べきっちゃいなさい。学校、楽しみだったんでしょう?」
呆れるように笑って促す母さん。
「葵も、もうちょっとシャキっとしないとカッコ悪いぞ」
「ぅもう、わかってるよぉ……」
少し鬱陶しそうに、返事をする葵。
ま、そう言われると少し急がないとなって思ったりしちゃったり。
少しごはんを食べる速度を上げて食べ進めていくと、部屋中に家のチャイムの音が鳴る。
「むぐっ、も、もう来たのか!?」
やっべ急がないと!
「もう、お母さんが少し引きとめとくから……」
「ハムハムハフホムッ!!」
急いでごはんをかき込む俺。
「ムグっ! んーーーーっ!!」
食べ終わったと思ったら、食べ物が喉につっかえてしまった。
牛乳で喉に詰まった食べ物を流し込む。無事に流し込んでかばんを手に持つ。
「いってきまーす!」
『いってらっしゃーい!』
その家族の声をしり目に俺は、食卓を飛び出していく。
廊下を走って靴を履いて、玄関のドアを開ける。
「ごめーん、遅くなった!」
そうすると、目の前には友達の
「朝から元気いいなー、お前」
「はぁー、びっくりしたぁ。急に出てこないでよね!」
「あー、ごめんごめん。いや朝飯食ってたからさ、少し慌てちゃって……」
結構びっくりしていたようだから、とりあえず謝っておく。
「そんな慌てなくても、おばさんに出てもらえばよかったんじゃねえの?」
「ほんとにね、まったくあんたは昔っからそそっかしいから……」
呆れた感じで言う二人。少し、むっとなったけどそこは抑えて。
「あともう少しで食い終わりそうだったんだよ。それより早く行こうぜ! 早くみんなの顔がみたいよ!」
そう、俺はこの日を待ちわびてたんだ。新しいクラスで、新しいクラスメイトに先生、いつもと変わるこの日こそ、始まりにふさわしいと断言せずにどうする!?
自分でも結構はしゃいでんなとか思いながら、二人のほうを見てみると少し引かれていた。
「普通がっかりするとこだろお前……」
「いやでもさぁ、実際結構楽しみじゃない? クラスの連中はともかく先生とかさぁ……」
歩き始めながら稔にそう言う。今自分結構いやらしい顔をしております。というのも……。
「あー、確かに。ゴリとかだとイヤだけど、花子先生なら……」
「「いいよなぁ~」」
俺と稔の声がハモる。ゴリっていうのは、俺が通ってる学校の指導監督をしている熱血漢の体育系教師。そして、校門の番人と呼ばれ、一部の生徒は忌み嫌っている。まぁ、ぶっちゃけて言うなら挨拶運動ですね。それと一緒に生徒指導もやっているから遅刻常習犯の連中はみんな嫌っている。まぁ、わからなくもないんだ。だって、声でかいしうるせえし。
それで花子先生っていうのは、俺たちが小学五年。つまり去年にやってきた女の先生。少し抜けていてビビりなところがあるけどすっごく優しい性格で、男女とわずかわいいとか美人とか言って大盛り上がりだったっけ。あと結構おっぱい大きい。
「このスケベどもが……」
呆れたという表情でドスの効いた低い声の円果。
「スケベだなんて失礼な!」
「俺たちはそんな目で先生を見てないもんね~」
「ねぇ~~~~」
俺と稔は息を合わせてそう言った。円果は、そんな俺たちを見て呆れてしまった。
「はぁ~あ、なんで他の男子と違って、こいつらだけこんなスケベなのかしら……」
そう言い放ち、円果は先に行ってしまった。俺は台詞を聞いて、少し疑問に思ったことがあった。
「なぁ、希来?」
「ん?」
「他の奴らも、そんな変わんねえよなぁ?」
どうやら稔も同じ考えだったらしい。
「まぁな、俺らほどオープンじゃないだけで……」
そうだとも、男だけとなるとそういう話もするようになる。まあ、中にはそういう話に照れて嫌がるやつもいるけど。だが、そういうやつらも女子の前では猫被ってあんまりそういう話をしないようになる。そういうやつがモテるんだよなぁ、くやしいねぇ。
「男は度胸! どんな時だって、自分の道を貫くもんだろ? 少しくらいがっついたって文句は言われねえだろうよ!」
そう声高らかに言う稔。んまあ、そうかもしれないけどこいつの悲惨なフラれ歴を思い返すとそれはもう哀れなもんだ。
「そう言って、もう何人にフラれましたか柿崎の兄貴?」
「へへっ、そうだなぁ四葉の兄弟。一、二、三、四ぃ、五ぉ、六ぅ……、七ぃ……」
稔の手が止まる。ものすごくどんよりしたオーラを放ち始めた。
「どんくらいでした?」
「十二人……」
「へぇ……」
思ったより多かった。八人くらいだと思っていたけど、……そんなにアタックかけてて一人も引っかからないとかこいつもうダメなんじゃないか。とかそう思ったりする。
「だけど、俺は諦めない! いつか、この人だ! って思える人と出会えるまで、俺は諦めないぞ! んでさ」
「ん?」
会話の矛先がこっちに向かってきた。なんか嫌な予感がする。
「お前はどうなんだ……!?」
「ん……!」
「キャッ……!」
急に突風が吹いてきた。前髪と女子みたいに長いもみあげが目の前をチラつく。
『……タイ……痛い……!』
「えっ……!?」
「ど、どうした?」
声が聞こえた。誰かはわからないが声の特徴から、自分と同じくらいか年下かのように思えた。
『……助けて……誰か……誰カ……ッ!!』
突風が止んだと同時にその声は消えてしまった。
「なんだったんだ、今の……?」
「っあー! 惜しい! もう少しで見えそうだったのに……!」
いきなり稔がそう言ったから、びっくりしてしまう。
「何がだよ……」
「ほら、あいつのアレ。アレ……!」
「ん……?」
稔が指を指した方向は、円果だ。正確には円果のスカート。アイツは外ヅラ良い方だが、中身は立派なゴリラモンドだ。絵師ゴリラとか生優しいもんじゃない。気を抜くとウンコという名の暴言を投げてくる、ツンデレとかで片付けるのは少々無理のある性格だ。だからこそ、俺はこう思った。
「いや、あんなのみたってロマンティックもらえないだろ」
「いいや、わからんぜ~? 意外とああいうのが、カワイイ下着を履いている可能性も……!」
と、そこでまた風が吹く。これはまた、すごい下からくる風で円果のスカートをあっという間にひっくり返してしまう。勿論円果は、スカートを抑えるが前だけ。後ろからみる俺たちには丸見えになってしまう。
「おぉ……!!」
「おぉぉぉぉ!!!」
俺たち二人の歓喜がハモる。しかし、それはすぐに平坦な物に変わった。
「あぁー、んだよ短パン穿いてんじゃん……」
そう、短パンだったのである。これに露骨にがっかりする稔。それ結構失礼だと思うぞ?
「んまあ、そうだよな」
ほんの少し期待してた俺も居ましてですね……。
そう思って前を見てみると、目の前にニコニコしながら円果がいた。その笑顔は、どこか怖い。いやめっちゃ怖い。
「いやぁ……」
「これは……そのぉ……」
そう言って、その場を誤魔化そうとする俺たち。そんな俺達を、円果が許してくれるはずがない。これまでの経験が、勘がそう言っている。
「オラァッ!」
「「はぅう!?」」
ノーモーションでのキック攻撃!
思いっきり金的を食らった。めっちゃ痛い。痛い。
「おううう……」
「っ……っ……!」
「反省しろ! この変態ども!」
くっそ恨むぞお前ぇ……! そう思って、俺は円果を睨んだ。が、円果はそんな俺達を見向きもせずにスタスタと学校へ行ってしまった。
「放置とか、ウッソだろお前ぇ……」
その後、十分ほどもだえた後俺達は急いで学校に向かった。遅刻寸前だったことを考えると、なかなかギリギリだった。正直生きた心地がしませんでした……。
そこから俺達は、ショートホームを受けた後始業式に向かうことになる。始まりから災難だったけど、俺はこれからの学校生活がとても楽しみで仕方がなかった――――
「―――まっ、特に何かあったわけでもないんですけどね」
「何言ってんのお前」
「なんでもねーよっ」
そう机でうなだれる俺に稔がツッコんできた。特に意味があるわけじゃないから、俺もそっけなく返す。
あっ、もう下校時刻です。
帰りのショートホームが終わって、そそくさと帰っていくヤツもいれば友達と喋って残っているヤツもいるこの教室。そんな中、俺こと四葉希来は新しく始まった新学年に少し絶望していた。なぜかというと理由は単純、何も無かったからだ。
せっかくの新学年、クラスのメンバー以外の変化が欲しかったのだ。具体的に言うと、転校生や新任の教師とか。でも何にもなかった。現実は非情である。
「あー、今日はなんか良いこと起こりそうだったのになぁ……」
「何、さっきからブツクサ言ってんだよ。良いから早く帰ろうぜ」
愚痴を重ねた結果、ダチに急かされました。くっそなんて情け容赦ないヤツめ。
「わかったよ、ちょっと待っててよ」
けど早く帰りたいのはこっちも同じだし、いつまでも稔を待たせるわけにはいかないから帰る準備をする。といっても、ほとんど置き勉するし筆箱とノートぐらいしか、持っていくのは無いけど。
「早くしろよ、ホラホラホラホラ」
こんな感じでうざくカバディする稔を尻目にせっせと帰りの準備を終わらせて、学生カバンを強く握る。
「オラッ」
「イテッ!」
そのままカバンをカバディしてる稔の顔面にぶつけた。痛そうに鼻を押さえる稔。そんなに強くしたつもり無いんだけどな。
「何すんだよっ!」
「お前がカバディやって煽るからだろ? ほら、準備できたしさっさと行くぞー」
俺は稔の言葉を一方的に押しのけて、そそくさとその場を立ち去る。
「ちょっ……待てよ、お前ぇ」
稔がちゃんと付いて来てるのを確認して、俺は教室を出ようと思った矢先にあの子が目に入った。
「あっ……」
「……四葉くん?」
その子は、少しのんびりとしていて物静かで臆病なところがある子。名前は白雪 歩美。ここだけの話、俺の元カノだ。俺はどうもその子が気になって仕方がないみたいだ。まったく未練がましいったらありゃしない。
「あー、えっと……」
「しーらゆーきさーん?」
「は、ハイ!?」
俺がこの微妙な雰囲気をどうしようかと迷っているところに、突如割って入ってきたゴリラがいた。ナイスゴリラ。
「せめて名前で言えや女男」
「アッ、ハイすんません」
あんなドスの低い声で言われたらいつもは食って掛かるような言葉でも、タマ掴まれたみたいに縮こまるんですね俺……。
後が恐いから訂正すると、割って入ってきたのは円果だった。
「あっ、えっと、その四葉くんにそんな事言ったら可愛そうだよ……。気にしてるんだし……」
俺と円果どっちにも気を使うように、小声でそう言う白雪さん。もうゴリラなんてどうでもよかった。やはり彼女は天使……!
「優しいね~白雪さんは。けど良いのよ別に、自分から振った女の子に今更色気づこうとした挙げ句、人をゴリラ呼ばわりする最低男はちょっっっっっっっっっとでも痛い目見なきゃ」
「うぐっ!」
「あわわ……」
この野郎ウンコじゃなくてナイフ投げてきやがったぞ。時が止まってないだけましだけど、それでも痛えもんは痛えんだぞ。おうちちちちち……。
少し解説を加えると、お察しの通り振った女の子とは白雪さんのこと。そう、俺は自分から彼女を振ったのだ。それなのに仲良くしたいなんて、自分でも虫が良すぎるなとはかなり思う。振った理由は、まぁ大した理由じゃないから言う必要もないでしょ。
んで、人をゴリラ呼ばわりしたことの弁明だけど……。ゴリラをゴリラと呼んで何が悪いんですか? それともあれか、学名で呼んだほうがいいのか。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ。
「お前、明日憶えとけよ」
「ひえっ」
「さー、行きましょう白雪さん。どっか甘いものでも食べに行こうよ!」
「う、うん……!」
円果はものすごくドスの聞いた声から転調して、媚びるような高い声で白雪さんを連れ出してしまった。白雪さんは教室を出る時、俺に向かって苦笑いで「バイバイ」って感じで手を振ってくれた。
やっべすっげえかわいい、俺なんで振ったんだろあの子。
「なんだぁお前? まだ白雪に未練あんのかよ」
くっそムカつくニヤケ顔で言ってきた稔。クソほどムカついたが、そんなものは水に流すにかぎる。
「未練っつーか、いやあの子ほんとに可愛すぎかなって」
「そう思うならなんで振ったんだよお前……」
ごもっともです! いや~、なんでって言われてもなぁ……。
「うーん、なんでだろうな」
「俺、お前というヤツがちょっとわからなくなってきたよ……」
そういう稔の気持ちもわからなくない。けど、あの子と恋人っていうのはこう……。
「なんか違ったんだよなぁ、あいつ」
「は??」
やっべ、しまった。つい本音が……!
そう思って咄嗟に口を抑える俺。けど、稔がそんな失言を見過ごすような性格じゃないことはもうすでにわかっているため、この後の展開が何となく予想できてしまう。
「今なんか聞こえたなァ~? 何が違うってこの野郎……?」
ガン付けるように迫ってくる稔。いつもとは違う怒気のこもった声が、彼の異常を訴えていた。
これはまずいと思って、俺は言い訳を探した。
「い、いや……違うっていうのは、別に白雪さんがダメってわけじゃなくて。むしろ、め、めっちゃ良い子……!」
「問答無用だッ! 恨み晴らすからなァァァァ!!」
「アイエエエエ!?」
獲物を狩る鷲の如く飛びかかって来た稔。俺は逃げるように教室を出ていくことを避けられなくなった。
「まったく稔のヤツ、やるだけやりやがって……。明日憶えとけよ……!」
下校中。さっきまで稔にモミクチャにされていた俺は、ようやく開放されて一人自宅への道を歩いていた。ボサボサになった髪と乱れた服を直して、もう別々の帰り道についた稔に対して毒づいた。
そうしていると、いきなりの突風が俺を襲った。
「うわっ!? んもぉ、なんだよ……。朝からこんな感じだなぁ~もう」
だが突風は一向に止まない。なんか風に通せんぼでもされてる気分だ。
『誰……カ……!』
「っ!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。間違いない、朝も聞いたあの声だ。その声は頭全体に響くように、徐々に大きくなっていく。
『助ケテ……! 誰、か……!』
「助けて? そう言ったのか……?」
鮮明になっていった謎の声に、俺が反応するといきなり風が止んだ。ピッタリ過ぎるタイミング、俺は少し寒気を憶えた。だってホラーみたいじゃんこれ……。
「でも、助けてって聞こえたし……」
今になって、ようやく状況の整理ができそうだ。あの声は、まだ子供。たぶん俺と歳は変わらないと思う。直感だけど。
『助……けて……!』
「…………っ!!」
行かなきゃ。もう何であろうとかまっていられるか。誰かを助けられない後悔なんて、もう二度としたくない。
そう思った時、勝手に身体が足を動かし始めた。オンラインゲームでも使ったことが無いような神経すらも集中させて、俺はその声がする方へ走っていった。どこに向かっているかなんて、もはや俺には関係なかった。
こうして夢中で走っていくと、近所にある森林公園にたどりついた。ここは森林と言えるほど木だらけでもないけど、それなりに木が密集している公園だ。
「ここ……、なのかな」
アテもなく走って来たわけではないんだけど、なんとなくここだと思ってここに来たからあまり実感が湧かなかった。
とりあえず公園に入ってから、考えてみよう。そう思って、何故かさっきから妙に冴え渡っている気がする勘を頼りに進んでいく。
中に進んでいくほど、強くなっていく勘。それはちょっと息遣いのようにも聞こえてしまう。そんな妙な感覚に不安を抱きながら、俺は勘に沿って進んでいく。
「う……うう……」
「こ、声っ……!」
近く、もうすぐそこにまで勘に近づいているのがわかる。そこでうめき声が聞こえたから、立ち止まって辺りを見渡した。すると、前方斜め左側の方に不自然に凹んでいる草があった。
「あれだ!」
そう確信した俺は、急いでその場所へ駆け寄った。その先にあったのは、まるでアニメや漫画、いやそれよりも童話とか絵本とかに出てきそうな小人だった。
正直、夢でも見てるかのようだった。
「…………っ」
「人形……?」
とてもそうは見えない。そんな言葉が出てきそうになるほど、その小人は生々しかった。微妙にだが動いている、肩で大きく息をし、右足から真っ赤な血が流れているように見えた。
もっとよく見てみようと、俺が小人をそっと手に取ろうとしたその時だった。
「うぐっ……!!」
「わっ!?」
小人が大きなうめき声をあげたので驚いて、うっかり落としそうになってしまう。なんとか落としてしまわなかったことに安心した俺は、もう一度その小人を近づけてよく見てみる。
特徴的に言うと、まず日常生活で見ることがない派手な白と黄色の衣服。長袖のジャケットに長ズボンなので肌の露出は少ない。所々に炎のような複雑な模様が入っているため、それがどこかカッコいいと思ってしまう。頭はキャスケット帽を被っているから髪型は分かりづらい。顔も中性的で性別も判別しにくいが、おそらくこの子は女の子だ。長年の勘が言っている。
まとめるとクッソクオリティが高い何かのコスプレかと思えるような格好だった。
そうやって一通り観察していると、その小人のまぶたがピクリと動いてゆっくりと目が開いていく。
「あっ、目を醒ました……!」
「…………っ!?」
その小人は、俺を見て警戒心マックスの驚き方をした。自分がまともに動けるような状態じゃないとどこかで悟っているのか、その顔は恐怖で歪んでいるようだった。
「あ、あああ、そんなに怖がらないで! お、俺は……!」
「……え?」
このままじゃ流石にマズイと思った俺は、直ぐに弁明をしようとしたけど上手く言葉が出てこなかった。疲れている声でポツリと漏らした小人。おそらく不信感を抱きまくりだろう、そう思った俺はひとまず深呼吸した。
そして、自分がここに来た目的を素直に話す。
「俺は、君を助けに来たんだ」
真剣な表情でそう言い放った俺、けど内心では。
(あ~~~~!! 今すっごいカッコいいセリフ言ってない俺? くうぅ~~~~!)
一度は言ってみたかったセリフを言えて、歓喜いていた。
そんな高揚感に浸っていると、小人がまたも小さく呟いた。
「……僕を、助けに?」
心底驚いたという顔をしているその小人を安心させるためにも、思いつく言葉でここに来た理由を話した。
「嘘じゃないって! ……変な話だけど、助けてって声が聞こえたんだよ」
「助けてって……、僕が?」
いや言ってないよ感を、ジェスチャー付きで伝えてきた小人。だけど聞こえたのはホントの事だし……。
「俺は、別に嘘を言ったつもりはないけど」
「……えぇ?」
どうもすれ違ってしまう互いの主張に、俺は混乱してしまう。向こうも混乱しているようだ。
(このままじゃ埒が明かないな)
そう思った俺は、無理矢理に話題を切り替えようと意を決した。
「とりあえず、家に行って足の怪我をどうにかしよう。痛々くて、見てられないよ」
小人がこの提案を断ってしまったらそれまでだと思いながらも、相手の反応を見る。
「えぇっ、でも……!」
やはりと言うか、困っている感じだった。それも当然か、不用意に見ず知らずの他人の家に行きたがる奴なんて世の中に存在しない。いるとしたら、まあよっぽどアレな奴だろう。
けれど、もしいまここでこの子を見捨てたらこの小人はどうなる? 自分の手のひらよりも少し大きいくらいのサイズの人間が、誰の助けも受けないで生きていけるとはとても思えない。
見殺しにはできない。だから、ここは譲るわけにはいかないのだ。
「大丈夫だって! 家の心配なら…………ッ!?」
そう俺が言いかけた時、背後から異様な気配がした。全身を舐めずり回すような視線、体毛全てが逆立ってしまうような気配、悪寒。今までの生活の中で、こんな感覚を得たのは始めたと断言できるくらい異常な恐怖感だった。
「どうしたの……、ッ!! アイツ……!」
その小人がそう言ったのを感じた。けれど身体が硬直して、意識全てが背後にいる何かに集中してそれどころではなかった。
息を飲んで恐る恐る背後を振り返る。
「ダメッ!! 速く逃げて!」
小人が俺を止めようと声を張り上げた。しかし、もう遅かった。俺はもう観てしまったのだから。
「――――ひっ!?」
木々の間の茂みに潜む、ギラついた双眼。全身が真っ黒の異形な怪物の姿を。観てしまったのだ。
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