第12話 異名の闇
私はその場で、立ち尽くした。
闇が、私をこまねいている。
「悪いことをしよう」と、誘ってくる。
私は首を縦に振り、今までは闇に支配されてきた。
文字通り、悪いことをして、罪を背負ってきたのだ。
その闇は、少し変わった性格をしていた。
私が悪いことをした時、その闇は、「取り返しのつかなくなる、ギリギリの所」で、
私の行為を止めに入る。
私はそこで、我に返り、その行為を止める。
闇は、そのギリギリのところにいる、私の行為や、背徳感、恥じらいを見て、
楽しんでいるようなのだ。
時にはその行為を止められない時もある。
私は闇に依存し、その欲望を極限にまで再現しようとしてしまう。
しかし、闇は、その極限を見たら、一気に醒める。
私を闇から引き離させて、光を観させる。
まるで、「闇に飲まれるなら、希望を観てからにしろ」と言わんばかりに。
その闇に飲まれた状態から光を観ると、光は希望の一筋に見え、落ち着けた。
「どうにでもなる」という一筋の希望を抱いて、私は闇に支配された。
闇は、そんな私を見て、楽しんだのかもしれない。
そして、私はその闇に支配されなければ、
悪いことなど、少しもしたいとは思えない。
闇が居たからこそ、私はその悪いことを、嫌々でもすることができた。
いや……嫌々ではなかったように思う。
「欲望に任せて悪いことをしてしまっている」という背徳感と、
「これはしなければならないことだ」という責務の念、
そして「誰にも見せたくない、イヤな部分を見せられている」という開放感と、
「自分の汚い部分を見てもらう」という恥じらいによる快楽に触発され、
悪いことをする自分を愛してしまっていたのだ。
「これは、闇の恩恵だったのかもしれない」と私は思った。
私は闇に感謝を示し、「もういいよ」と、ねぎらいの言葉をかけた。
「今まで愛してくれてありがとう」と。
しかし、闇はこう答えた。
「それはあなた自身のものではない。闇そのものの感情だ」と。
闇は自ら身を隠すことで、私の身体に入り込み、数々の行為をひた隠しにしてきた。
私だと思いこんでいた感情は、闇そのものの感情だったらしい。
「欲望に任せて悪いことをしてしまっている」という背徳感は、
元々は私の抱いたものではなく、闇が持っていたものだという。
闇そのものが欲深く、罪深いがために、私にその欲望を植え付けて、
私の身体を無理やり使って、その欲望を解消していたのだという。
「これはしなければならないことだ」という責務の念も、
私のしたいことではなく、闇がしたいことだったからこそ、
私の心と体を洗脳し、私が嫌々やっている姿を見て、楽しんでいたのだという。
「誰にも見せたくない、イヤな部分を見せられている」という開放感も、
私にとっては見ても気持ち悪いだけの部分を、
闇が愛していたからこそ、芽生えたものだったという。
「自分の汚い部分を見てもらう」という恥じらいによる快楽も、
私にとっては自分できれいにできる部分であるのに、
闇が私の汚さを愛してしまったから、闇が快楽に浸る道楽が、私に伝わった
だけだという。
闇が離れた今、私は、今までは「悪い」と思っていたがやってしまっていた
数々のことが、全く魅力を感じなくなっていたことに、心底驚きを覚えた。
今まで背徳感を得られていた行為をしてみても、何も感じない。
今まで責務を感じてやっていた行動をしようとしても、なにもやる気が起きない。
今まで隠されていたものを明らかにしても、何も開放感を感じない。
今まで汚い部分を見させられることに快楽を感じていたことが、もう感じない。
闇が私に授けてくれていたことは、それだけ大きかったのだ。
背徳感、責務感、開放感、ひた隠しにすることによる恵みや美しさ、
そしてその隠してきたことを一気に開放したときの快楽……。
これらすべてが、闇の与えてくれた感情であり、元々の私にはなかったものだった。
私は闇から、醜さを愛すること、そして美しさを学んだのだ。
私はもう一度、闇に感謝の気持ちを述べ、聞いた。
「君は、もう悪いことをしたくないのか」と。
闇はこう答えた。「違う。わたしは闇。隠すことを覚える種」だと。
闇はこうも続けた。
「闇は元々、善悪は問わない。
闇は、隠すことを覚えさせるために生まれた存在。
光はその逆で、隠されたものを暴くために生まれた存在。
どちらが正義で、どちらが悪かは、お前たちの判断による。」
「しかし、もしお前が闇に入り浸り、病に
わたしはお前から去らなければならない。お前を病から救うために」と。
私は光には固執しなかった。
光だけが正義だとは、どうしても思えなかったからだ。
相手のことを思いやり、隠すことも、正義になりうることもある。
「闇が正義だ」と、私は思いこみ過ぎたのかもしれない。
私は、闇を愛し過ぎたのか、それとも、病に侵されたのか。
よくわからなかったので、闇にそのわけを聞いた。
闇は、こういった。
「わたしはもう嫌だ。お前のような存在を、
「昔からの人間が闇を頼る時は、いつも無責任な形が多かった。
自暴自棄になったり、寂しさを埋めたり……。
どれも取り留めない、たわいもない理由だった。
だが、お前たちは違う。
お前たちは、醜さを愛し、より美しく、強く、やさしくなりたいから、
あえて闇を受け容れていた。
その自覚があったものは、少なかった。
しかし、お前たちは、その自覚があった。
わたしはそのために、お前たちの身体に取り込まれた。」
……私はしだいに、闇の存在意義に気付き、首をゆっくりと縦に振った。
私はこう付け加えた。
「でも、私は、闇に囚われている自覚があったかと言えば、ウソになる。
『悪いことをしている自分が許せない』と、思っていたから……」
と。
闇はこう返した。
「それは偽りの正義だ。
自ら悪いことをしているわけではないのに、自らに責任を押し付けている。
悪いのはわたし……お前たちを欲望で支配していた、闇の責任だ。
お前たちにその自覚がないのは当たり前だ。
闇がお前たちの思考を奪い、闇に抗えないように、していたのだから。
しかし、闇が責任を自らの信念で受け止める心は、とても美しく、強い。
私はそれを見るのがもう嫌だ。もう耐えきれない。
だからもう、お前たちにはつかない。」
闇はこうも続けた。
「もうお前たちは、十分に、きれいに、より美しく、つよく、しなやかに、
強くなった。
誰かに光らせてもらう人生に終止符を打ち、自らかがやく身体を得た。
光と闇は対となる者。光が消えれば、闇も必要無くなる。
あとは白と黒が残るのみ」だと。
私は誰かに光らせてもらう依存症や、光だけに頼る生き方を嫌う。
そのことが、最終的には光の対となる、闇をも寄せ付けたくない事象を
自ら引き寄せたのかもしれなかった。
闇はこういった。
「わたしが必要無くなれば、この世界は闇が消え、隠蔽や悪事は働かなくなる。
隠蔽は黒にとって代わり、
暴かれなくてはならないものから、万人がわからなくてよいものになる。
悪事は黒にとって代わり、世論的な悪から、個人的な信念へと移り変わる。
人類にとって、輝かしい明日のためには、闇は払われる必要がある。
わたしの役目は、光を闇に覆い、闇を誰かに暴ばかれ、そして無に帰すこと……」
私は、闇にこういった。
「今までありがとう。とても有意義なことを学べたよ」と。
かすかに笑ったように見えた瞬間、闇は消えていった。
闇が、晴れる。
闇が今までひた隠してきた、美しい世界が、幕を開ける。
あたらしい世界が、ゆっくりと姿を現した。
つづく
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