第8話 シーソーゲームの怖さ
ゼウスは悩んだ。
人生はアトラクション。スリルを楽しむジェットコースターのようなもの。
落ちては上がり、落ちては上がりを繰り返す、最高のアトラクション。
そう信じていた。
しかし、「そうだ」と思っていたのは、自分だけだった。
彼にとっては、一人はつまらなく、楽しめない。
だから、誰かと勝ち負けを競うのが好きだった。
口をぶつけて、シーソーゲーム。
誰でも彼でも、シーソーゲーム。
買っても負けても恨みっこなし。
そんなゲームだと想いこんでいた。
しかし、「自分」と思われていたのは、自分だけだった。
「自分」というシーソーの先に乗っていたのは、赤の他人だった。
自分という存在は、その赤の他人同士と「自分」のシーソーゲームを、
アトラクションのスリルと、勝ち負けを勝ち取るシーソーゲーム。
彼自身は確かに、それを楽しんでいた。
しかし、ゼウスの相手をしたその相手方は、皆不幸になった。
楽しいのは、ゼウスだけ。
他の誰もが、ゼウスに価値を譲る挑戦者となっていただけだった。
誰もそこのアトラクションには、存在していない。
ただ、ゼウスが楽しむ歯車でしかなかったのであろうか。
ゼウス「…」
ゼウスは一人寂しく、首を傾げた。
「こんなはずじゃなかった…」と。
皆が楽しめればそれでいいと思い、オーディンの命の下、
皆をスリルの渦に巻き込む、自分対他者のシーソーゲームを用意した。
だが、そのゲームを楽しんでいたのはゼウスだけで、
他のみんなは、楽しんでいなかったのかもしれない。
…見ているオーディンも、楽しんでいたとは言えなかった。
ゼウス「…オーディン。私は…何をしたんだ?」
オーディン「よくやった、ゼウス。これでお前の命運も終わったな」
ゼウス「どういうこと…だ?
私の目的は、皆を不幸のどん底に突き落とし、そして上げていく、
皆を幸せにすることじゃなかったのか?」
オーディン「違う。よく見てみるがいい、ゼウス。
お前が創った世界は、不幸だ。」
ゼウス「…どうしてこうなったのか、わからない。どうしてだ?
教えてくれ。」
オーディン「それは教えられないな。私には私の目的があった。
だからお前を利用させてもらった。それだけだ。」
ゼウス「…何をするために? どうして私をだましたのだ?」
オーディン「私がしたかったことは、総ての人を幸福に導くことじゃない。
すべての人の人生を見、
ゼウス「省みる? どういうことだ?」
オーディン「お前にはわからないだろうが、私はすべてを知っていた…
宇宙の在り様から、お前の役割まで、何でもお見通しだったわけだ。
その中で、どうしてお前だけかわいがったんだと思う?」
ゼウス「…知るか。私はただ、他人の命を聞いていれば、それでよかったんだ。
一人じゃ、サボってしまうから…何もできないから…」
オーディン「お前が、一番利用価値が高かったからだと言ったら?
お前が一番私の命を聞いて、一番働き、動き、一番成果を上げてくれたから
…だと言ったら?」
ゼウス「私を利用したのか。目的は何だ?」
オーディン「お前の好きなそのたたかい…その根源を探るためだよ」
ゼウス「たたかいの根源? どういうことだ?」
オーディン「たたかいを知り、己を知れば、次第に争いは収まるだろう。
そのたたかいに、総ての者を傘下させれば、争いはなくなっていく。
全世界に争いの火ぶたを切って落とせば、世界に平和が訪れる。
そういうことだ。」
ゼウス「…わからない。何を言っているか、さっぱりわからない…。」
オーディン「お前は私の影武者として、よくできたたたかいを仕向けられて
いただけなんだよ、ゼウス。
そして、クラウド…雲に包まれた者よ。」
ゼウス「…」
オーディン「私の役目はもうじき終える。
私がなすべきことは、この世の理の全てを知り尽くし、
後世について考えること。
今後は、好きなように行きよ、ゼウス。
もうお前に命ずることはせずとも、世界は回るだろう。
好きにするがいい。」
ゼウス「…わかった。」
オーディンはゼウスを一瞥すると、その手の甲に軽く唇を添えた。
ゼウスは瞬く間に火カギ輝き、怪しき光に包まれた術が溶けた。
オーディン「
お前にかかっていた
さあ。もう好きにしていいぞ、ゼウス。」
ゼウス「…‥‥」
ゼウスは歩きだした。今度は一人の人間として、力強く、軽やかに。
もう自分はオーディンの命を聞く操り人形じゃない。
ニーベルンゲンの指輪の効果は、音もなく崩れ去ったのだ。
ゼウスの光輝く一歩が、これからの世界に幸ある未来を生み出さんことを。
つづく
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