第2話

 門土みかどがまだ別の名前だったころ、痛くて怖くて恐ろしい夢に毎晩のようにうなされた。


 夢の中の自分はいつも汚くてみじめでひどい状況にいて、起きるときはいつも叫んで飛び起きた。

 そのさけび声があまりにも大きいから、親に当たる人からボカッと殴られたりどかっと蹴られたりした。


 夢から目覚めたあとの現実も夢の世界よりちょっとマシな程度で大概ひどかった。小さいころに行政の手によって早々に救われたおかげで無事生き延びることができたのはみかどの半生における幸運の一つであったか。

 親に当たる人たちが今どうしてるのかは知らないし興味もない。


 衣食住を確保してそれなりに親切な職員に恵まれたおかげで、みかどになる前のみかどは落ち着いて自分と向き合うようになった。

 夢の中でひどい目にあっている自分は一体誰なのか。どうして自分はこんな酷い夢を毎日のように見るのか。身近にいる大人たちに話しても首をひねるか、児童心理にたけた専門家が訪れて話しを聞くかであまり芳しくない。周囲にいる大人も子供もみかどのように同じ人物に自分自身が憑依した夢をみないようだ。


 最初は夢が怖いので眠るのが嫌だとゴネていたみかどだが、所詮誰も自分の恐怖などわからぬと割り切ってからは自分なりに対策を練るようになった。

 いい夢を見られるおまじないを実践したり、夢などみないように外で体をくたくたに酷使してから眠ったり……。

 効果はあったりなかったり様々だったが独自の夢研究に没頭するうち、みかどは周囲から浮いた子供になる。

 が、特に痛くもかゆくもなかった。安眠の確保がだいじだ。



 自分なりに手を尽くしても、似たような内容の夢を見てしまう。

 業を煮やした幼いみかどはノートに夢の内容を書き留めるようになった。分からない物事は紙に書くと整理されるという大人のアドバイスによるものだ。こうすれば夢の弱点がわかるかもしれない。


 わかったことは以下の通り。

 自分はみなしご。悪い神様を信じるように大人たちに強制されている。嫌だっていうと痛くて辛くて怖い目にあう。だから大人たちの言いなりになっている。

 みかどは夢の中に出てくる憎たらしい大人たちの顔を一つ一つ覚えてノートに似顔絵を書く。



 こんな夢の中でもたまにいいことがある。

 ボロボロでみっともない女の子である夢の中のみかどの身の上を知って憤り、必ず助けると約束してくれた男の子が現れた。燃えるように赤い髪をした、何歳か年上の男の子で大きな剣を持っていた。

 目鼻立ちがキリッとして背がほどほどに高くて完成の取れた体つきの格好いい男の子だった。後ろに金髪のお姫様みたいな女の子が必ずいたけど無視をする。


 その男の子の絵を描いたら、あまり仲のよくない女の子に見られて笑われた。ひどい妄想だといって笑われたので叩きのめした。



 どうせひどい夢ばかり見るのならちょっとでもいい夢をみたい。

 みかどはその男の子が夢に出るように祈りながら眠った。その甲斐はあった。三回に一回は彼の夢を見ることができた。優しくて格好いい男の子。名前はユーマ。魔王を倒すために各地を旅して歩いている男の子。


 私もあの子と一緒に旅ができればいいのに、後ろにいる金髪のお姫様じゃなく。



 赤毛のユーマに出会いたい一心で昼間でも目を閉じて夢を見ることを望むようになる。今までとは正反対に。

 ユーマに会えるなら、あんな酷い夢だって怖くない。子供達から気持ち悪がられ、大人たちから持て余される現実だって怖くない。




「こりゃあんた、生まれる前のあんたの記憶じゃないかね?」



 ある時妙なおばあさんがみかどに会いにやってきた。

 毎日毎日同じ設定の酷い夢をみるというみかどのことがさる界隈で評判を呼んだらしい。



「生まれる前の記憶?」

「そう考えるのが自然じゃないかい? しかしまあ、わしも無駄に長生きはしているが、前世の記憶を持った子供に会うのは初めてだよ。しかも異世界の。一昔前にそんな子供は山ほどいたけれど大抵は単なる憑き物だったからねえ」


 これも1999年の影響かねえ……と、おばあさんはみかどのノートを読みながら感心したように呟く。

 いやいや見せたノートだけど、みかどは嬉しかった。今までみかどのことを知った学者や大人たちが現れて猫なで声で無理やりノートを見せるよう命じては、ああだこうだと喧々諤々するだけで、この夢がなんなのか説明してみかどの不安を取り去ってくれる人はいなかったから。



 そうか、これは自分が生まれる前のこと。ならこの夢は本当なのか。

 だったらこの赤毛の男の子、ユーマもどこかにいるのかしら。



「可能性はゼロじゃないね。……えーと、あんたは14だか15ぐらいの時にバケモノかなんだかに生贄に食われるハメになるんだっけ? で今のあんたがせいぜい10だか。そのバケモノに食われてすぐに輪廻の輪に乗ったってんならその男の子もどこかで元気に魔王退治でもやっていてもふしぎではないね。ま、ここの世界にはいないだろうけどさ」



 門土キヨノと名乗ったおばあさんの言葉はみかどに福音をもたらしたのだった。

 あのユーマが生きている……! 結局夢の中の自分を助けだすのに間に合わなかったあの男の子だけど、それでもどこかに生きている。



 もしかしたら、いずれあのユーマと再会して、あたしもユーマと一緒に冒険に出られるかもしれない。



 このおばあさんに引き取られ、門土みかどという名前を与えられ呪術や占術を叩き込まれた。


 習った占術でみかどは毎日ユーマのことを占う。あの男の子はどこにいるのだろう? 異世界に? それともこの世界に?


 占うと同時に、情報収集も怠らない。1999年に地球を救った勇者やヒーローと呼ばれる人の中に、赤毛の少年がいることを突き止める。粗い画像や数少ない資料で知った名前は火崎雄馬。夢の中でみるユーマより若干幼い。でも間違いない、私のユーマはこの少年だ。



 ここまでわかれば居場所をつかんだも同然だ。

 ユーマはこの世界に帰っていて、妻子と暮らしているという。


 妻子、というのが気になったがそんな障壁はみかどにとっては屁でもなかった。


 夢の中のあの男の子に、やっと会えるんだから。



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