門土みかどの大晦日。
ピクルズジンジャー
第1話
首や腕に手脚のちぎれた人型、首のない動物の死骸、瘴気もれだす小さな壺。
縁の下を掃除するとこれらのガラクタがごっそり出てきた。呆れるような呪われっぷりだ。さすが相続税なにするものぞと言わんばかりな大邸宅を何代にも受け継いできた一族の主人である。まあよくあることである。
「おやおや今年は多くありませんかねえ」
門土キヨノはにこにこ笑顔で物騒な呪具を見聞した。地元に帰ってきた壮年の主人は鷹揚に笑う。
「いや、今年は私も死力を尽くしましたからなあ。お陰で敵を作ったとみた」
邸宅の主人は数年ぶりに国政復帰を果たした議員である。
とある不祥事がきっかけでしばらく国政から遠のいていたが先の選挙では選挙区をくまなく行脚し時にはドブ板に立つという地道な努力が実を結んで当選した。死力を尽くしたというのは嘘ではないのだろう。
全力で、そして彼に煮え湯を飲まされた者は呪術という手段でしかその恨みとつらみを形にできない程度には巧妙に。
まあ蛇の道は蛇である。
所々にレースをあしらった、白と黒のモダンな着物すがたの門土みかどは、ふわあ、と欠伸をしながらも大人の会話に聞き耳を立てている。表向きは祖母で師ということになっているキヨノが引き出す話を記憶する。
「この前までいなさった家政婦さん、なんとおっしゃいましたかな? おおそうだそうだ、野寺さん。野寺さんだった。あの方はどうなさいました?」
主人の顔がかすかに変化する。そのあとわざとらしく残念そうな顔を作って見せた。
「実はご家族がお体を悪くされてその介護が必要になったそうでお辞めになったんです。親父の代からお世話になっていて私にとっては姉も同然だったのですが、どうしてもと申されては……」
キヨノとみかどはさっと目配せしたことを悲嘆にくれる演技をした主人はそれを見ていない。みかどはさも興味なさげによそ見をし、キヨノはおばあちゃんらしくオーバーに残念がってみせる。
「まあまあそうでしたか……。まああ〜、それは残念。野寺さんなら縁の下までくまなく掃除してくださっておったのになあ。惜しい家政婦さんを手放されたもんで……」
「家庭の事情とあれば致し方ないでしょう」
「ほんにほんに、老老介護はわしのような商売をしてるものにとっても降りかかる問題ですからなあ」
「それの解消すべく人力いたしましょう。……新しく雇った家政婦にも時々縁の下を掃除するように伝えますよ」
壮年と老人の二人は和やかに会話をしてみせる。でもみかどもキヨノも家政婦の野寺が主人から一方的に暇を出されたことを知っている。
野寺が直接キヨノに報告したからだ。もうすでにこの世にいない議員の父の依頼によってキヨノが差配した術者であることを、議員は知らなかったようだ。
霊障、呪術から二代にわたって議員の一族を守り抜いた野寺は今キヨノの差配で失脚したライバル候補の事務所で働いている。そのことを議員はおそらく知らないし、知らせる予定もない。
キヨノが面倒を見ている若い衆が、見つかった呪具を段ボールにつめて運んで行く。
「はてさて、これで今年も無事に年を越せますな」
「あれらは例年通り、わしらが浄化して処理をしますんでご安心くだされ」
信心深い田舎の老婆そのものの声でキヨノが言うが、もちろん持ち帰って呪具をしかけたのはどこの誰かを分析するのである。これらはただのガラクタではなく貴重な情報源だ。
そのことをどうやらわかってないらしい議員は笑顔で若い衆を見送っていた。こいつはあんまり賢くないなとみかどは心の中でジャッジする。
お茶でも飲んで行ってくださいと乞われるのに甘えて、キヨノとみかどは客間に案内された。和室に年代物の欧風家具をあしらった客間には受け継がれてきた伝統の風格が漂う。
お茶とお菓子を運んできたのは若い家政婦だった。シンプルなセーターにジーンズの上にエプロン。長い髪をまとめて薄化粧でもそれとわかる美人であった。議員の話によると妻子は年末年始を海外で過ごす予定で不在であるとのこと。
みかどはわざと無作法に茶をすすり、野放図に発言する。
「このお茶まっずーい。いいお茶っぱが台無しい。野寺さんの淹れてくださったお茶は美味しかったのにぃ〜。新人さんはイマイチなんですねぇ〜」
「これ、お前は! ……すみませんねえ、躾の行き届かぬ娘で……」
これは演技である。
ぱっつんに切り揃えた黒髪、白と黒のモダンな着物にレースなどを合わせた和洋折衷スタイルの着物を合わせ、目を糸のようにして笑う不穏な少女の粘っこい口調に、後ろ暗いところのある人物は勝手に怯えてボロを出すのだ。
現に議員はなんとも言えない顔つきになった。若い愛人を家に入れるという無茶を通した結果、親の代から尽くしてくれた忠実な家政婦を難癖つけて切ったという罪悪感が疼いたのだろう(以上のことはとっくにネタがあがっているのだった)。
えへん、と議員は咳払いをした。話を変えたいのだろう。
「本年も先生にはお世話になりました。特に異世界関連の事業へのアドバイスについてはまた個別にお礼を申し上げます」
「ほほ、あれはこれからも伸びて行く分野ですからなあ」
「ええ、特に魔法……こんなものがあるとはなかなか想像が難しいのですが、しかしあれは頼もしい。失礼ですが、優れた魔法使いがこちらの世界にやってくればあなた方ものうのうとしてはいられないのではないですかな?」
議員が余裕げにわらう。呪術料をケチりたいという合図だろう。予想通りの展開だ。
しかしみかどはお茶菓子をかじりながらブンむくれた。数年前、この世で一番大嫌いな人間からこう言われたことを思い出したからだ。
『悪いけどこちらは科学技術先進世界だけど魔法や呪術に関してはかなり後進よね? そんなところでトップになったって威張るのってどう思う?』
その通りだ。当たっている。だからムカつく。腹立ちに合わせてムシャムシャと饅頭をかじった。無作法さが却ってみかどの規格にはまらない不気味さを際立たせる。
「そうですなあ。わしらの商売もやりにくうなりますなあ……。せいぜい先生には見捨てられんようにせんとなりますまい」
キヨノは穏やかに笑って議員をいなした。
こうして呪術元締・門土組の代表としての年内の挨拶を済ませて議員宅を辞した二人だった。怨敵からの恨みつらみによる呪詛を年内のうちに払い、心穏やかに過ごせるように心を配るのも大事なサービスである。
呪術屋に良からぬ仕事を持ち込む類の人間は、概ねしきたりに固執する。
あの酒でないとダメだとか、お節にあれが入ってないとその一年はたち行けないだとか、縁起物がそろわないと年は越せないなどとつまらぬことにこだわって下の者をどなりちらす。
しきたりに固執する故、祭やそれにともなう宴が大好きだ。年末年始は忘年会だ大掃除だ初詣だ新年の挨拶だとしきたりに宴が目白押しだ。
そういった手合いがお得意様なので、門土みかどの年末年始は忙しい。表向きは祖母となっているキヨノと歳暮を届けて回ったり、新年会に顔を出したり、年端もいかない少女がこの業界で何を? というインパクトを、得意の媚び売り笑顔とともに与えておかないといけないのだ。
気まぐれで扱いづらい娘だと思われがちだが、みかどはこれで仕事熱心だったのだ。
正面からではなく、使用人の使う通用門から二人は出て行く。外には若い衆が運転する車が待機していた。なんてことのないファミリーカーで、みかど一人が浮いている。二人は後部座席に乗り込んだ。
「……残念だねえ。あのお屋敷は敷地含めて立派なものなのに、ありゃ十年後には半分手放さなきゃなんなくなるね。立派な建物が無くなるのを見るのは胸が痛むよ」
優しいおばあちゃんぶりをかなぐりすてたキヨノが冷徹に批評した。
「あの人には過ぎたお屋敷ってことでしょお?」
車内でみかどはさっそくスマホをいじり、趣味のヲチ行動に走る。
お嬢さまだの元プリンセスだの、世の中にはみかどの癇にさわる連中がウジャウジャいるのだ。目ではそれらをおいながら耳はしっかりキヨノにむけてきる。
「所詮オヤジの地盤を引き継いだだけのボンクラさ、仕方ないね。一緒に生活しながら野寺の価値に気づいてなかったんだから」
家政婦として支えながら陰日なた、怨敵による呪術を受け止め払い続けた呪術師・野寺を失った痛手を知るのはしばらくのちであろう。今まで野寺が始末してくれていたマスコミも周辺をかぎまわっている。
今まで押さえつけていた呪いの反動が一気に議員を襲うはずだ。そうなった時に頼るのは、はたして異世界からやってきた魔法使いかそれとも自分たちか。
「あの口ぶりからすると、異世界の魔法使いに接触持ったっぽかったね。バカだよね〜自分からカモられにいってるし」
「どうせ向こうの営業にそそのかされたんだろうさ。こっちの劣った呪術師なんぞより手前どもの最新式魔法であなた様を守ってみせますってね。魔法が進んでるってこたあ、その分その商売でなんも知らない連中からどうやってぶんどるかの方法も進んでるってことなのにさ。つきつけられた刃物掴んでるのは自分なのに新大陸に来たスペイン人だと思い込んでりゃ世話ないよ」
呪いの反動を食らった議員は、少しでも懸命であればキヨノに救いを求める。愚かであれば異世界きらやってくる魔法使い達に縋り、そこで痛い目をみてからキヨノのもとにやってくるだろう。どっちを選ぶかの選択肢はあたえることにする。
若い衆が運転する車は閑静な住宅街をすり抜ける。
「……でも、異世界の魔法使い業者が進出してきてんのはウチとしても厄介じゃないの?」
「臆すんじゃないよ、アメリカだってベトコンには往生したじゃないか。草の根には草の根の戦争の仕方ってものがあるのさ」
そう嘯くキヨノだが、その表情は厳しい。
この世界で魔法も異世界もただのフィクションだと思われていた前世紀からひっそりと闇に生きる呪術者たちを束ねてきた頭目として、界外の進んだ魔法や呪術のテクノロジーは脅威であり恐怖でもあるのだろう。
みかどは表向きは祖母となっている人の横顔をちらりと見る。
見るけど決して「なんのためにあたしがいると思ってんの?」といったことは言わない。そんな血と情の通ったやりとりを自分もキヨノも苦手だからだ。
キヨノがもつ異世界の窓口はみかどだ。みかどには前世異世界で生きていた忌まわしい記憶がある。その時に生まれつき備わっていた恐ろしい力の片鱗も一部分だが使える。
それを解放すれば、きっと異世界の魔法使いたちなど吹き飛ばせるだろう。そうなった際に自分が保てるかどうかはわからないが。
キヨノがみかどに「お前だけが頼りだよ」とは決して言わない所が、みかどは好きで、だから術者元締めとしての仕事はそれなりに真面目にこなしている。
「まあ今は精々、火崎先生と仲良くしておこうかね。……ミカや、あんまり先生たちを困らせるんじゃないよ」
「困らせてないしい。勝手に困ってんだし」
そこだけはかなりムキになる。
ちょうど手元のスマートフォンで、火崎マーリエンヌ(HNまーりん)が初挑戦するというおせち作りの様子を逐一アップしているインスタグラムを見てチッと舌打ちしていたところだったから。
「おせち作り初挑戦!
私にも旦那サマにもお正月を特別祝う習慣がなかったんですけど、
一度こちらの伝統的なお正月を体験するのも大事かな〜なんて思って
今年はチャレンジ!
美味しくできるかなあ? 」
というキャプションの下にはずらずらとバカげたハッシュタグがならんでいた。
お世辞にも美味しそうとは言えない料理がお重に詰められた写真があがっている。なんの工夫もなくスマホで撮っただけの画像の仕上がりも拙く、見るものの食欲を奪う効果にあふれたある種の芸術だった。
まーりんのインスタにはそんな写真が投稿され続けているので、汚料理主婦インスタグラマーとして彼女は一部界隈で有名になりつつあった。
みかどはそんなまーりんの、言わば古参ファンである。別のHNでブログを描いていた時から粘着していたのだから。舌打ちした直後にはさっそくコメントを打ち込んでいる。
「黒豆はシワだらけだし、お煮しめの色も黒くて汚いし、そんなのを食べさせられる夫さんやお子さんたちがかわいそうですね。それにどうして生物いれてるんですか? それより先に台所の大掃除は済まされたんですか? 新年早々食中毒が起きそうな調理台ですけど?」
「……なんだいこりゃ、火崎先生とこの奥さんが作ってんのかい? よくこんなもんを全世界に公開する気になるねえ。異世界から来たお姫様っていうのは大らかでいらっしゃるねえ」
みかどのスマホを覗きこんだキヨノも呆れたようだった。
平気で不味そうな料理写真を載せて、嘲笑コメントを浴びせられてもけろりとしてのほほんと平穏に生きている図太い神経を有するこの女は、みかどが前世から恋い慕っている男の妻である。
その上数年前にはみかどをコテンパンにのした女でもある。
みかどはあらゆる意味でこのまーりんこと火崎マーリエンヌを嫉妬することによって生まれるエネルギーを活力に生きていた。
車内であるにもかかわらず、みかどはある相手へ電話をかける。
「もしもし? 日向子? あんたのママまたくっそ不味そうな料理アップしてんだけど何アレ? あんたら正月にあれ食うの? あのノロウィルス五億匹くらいいそうなアレ。モチ喉詰まらせたわけでもないのに救急車の世話になるとか笑えんだけど……は? 直接言えって? 着拒されてんだから仕方ないじゃん」
仕事から解放されて、糸のように目を細めた媚びと恫喝を同時に含んだ笑顔を消して、みかどはイキイキと毒を吐く。
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