佐倉ゆかりについて Side:K

「それにしても、また派手にやったね」


 摘出した銃弾を手の中で転がしながら、カヲルはベッドに横たわる女を見る。すがめられた目が、カヲルを見返した。


「詮索はしないのが約束のはずだ」

「してないさ。だって、そもそも興味がないからね」

「だったら、余計なことは言わないでくれ」


 横たえていた身体を起こし、女は枕の下から茶封筒を引っぱり出す。


「なんだ。今日はそんなところに隠してたの」

「雑で悪かったな。考えている余裕がなかったんだ」


 淡々とした口調とともに、茶封筒が投げつけられる。カヲルは、それをなんなく受けとめて言った。


「もう少し丁寧に扱ったらどうだい。君だって、これが欲しくて仕事しているんだろうに」

「他人に渡すような金に興味はない」

「ふうん」


 手にした茶封筒の中身をたしかめるついで、その一枚を指で挟んだ。


「そうは言うけど、こんな紙切れ、使わなきゃ意味なんてないんじゃないの?」

「黙れ。その金、奪い返すぞ」

「短気だなあ」


 札をひらひらとさせ、カヲルは笑った。


「それが治療を依頼してきた人間の態度かい?」

「金を紙切れ扱いする男に言われたくはない」

「見あげた精神だね」


 笑みは絶やさないまま、軽く肩をすくめる。大人しく札をしまい直すと、封筒をコートの内ポケットに押しこんだ。手早く後片づけをすませ、商売道具の入ったカバンを持ちあげる。


「それじゃ運び屋、俺は帰るよ」

「私は寝る」

「賢明な判断だ。今回は傷が深いからね」

「うるさい。とっとと帰れ、闇医者」


 再び横になった女のつっけんどんな物言いに、カヲルもまた肩をすくめた。いつになく機嫌が悪いらしい。よほど手傷を負ったことが腹立たしいのか、仕事中に嫌な相手とでも鉢合わせたのか、それとも、その両方か。カヲルの知ったことではないのだが、こういうときの運び屋を相手にすると、ろくなことがない。


 呼びだされたホテルの部屋から早々に退散し、カヲルは町の大通りへと出た。親子連れや恋仲同士で賑わう通りを、ひとり歩いていく。


 この辺りには、守童町で一番大きなショッピングモールがある。そのため、昼間であれば、平日も休日も関係なく、ショッピング目当ての人々が多く行き交うのだ。現に、カヲルとすれ違う人々の中には、多様なロゴの入った袋を提げている姿が多くある。だからこそ、このときのカヲルが人混みの中で少女を見つけることができたのは偶然だった。


「やあ、ゆかりちゃん」


 後ろから声をかけ、その肩を叩く。振り返った少女は、カヲルを視界に映すなり、目を丸くした。「え?」


「珍しいね、こんなところで会うなんて」


 カヲルが笑って言えば、ゆかりは戸惑ったようすで口を開いた。


「そういうカヲルさんこそ、なんでここに」

「俺? 俺は、ちょっとした仕事だよ。もう片づけて帰るところだけどね」

「じゃあ、知ってたわけじゃないんですね」


 まるで、ひとりごつようだった。呟かれた意味深な言葉をカヲルが怪訝に思っていると、ゆかりの表情が変わる。


「カヲルさん、たしか都々楽ツユリをさがしてるって言ってましたよね」


 唐突に出てきたのは、「彼女」の名前だった。心臓が、大きく脈打ったのを感じた。しかし、まだその意図がつかめない。意を決したような面持ちをするゆかりに対して、カヲルは笑顔をとりつくろった。


「ああ、覚えてたんだ? 興味なさそうだったから、三歩くらい歩いて忘れられてると思ってたよ」

「それくらいじゃ忘れませんよ、ニワトリじゃないんですから」


 馬鹿にされたと思ったのだろう。少し不満げな口調で返してきたものの、ゆかりの肩に入った力が抜ける気配はない。おもむろに肩がけのカバンから一枚のフライヤーを取り出したかと思うと、それを手渡してくる。カヲルは、ポーカーフェイスを忘れた。


「ゆかりちゃん、これ」

「今日、ここのモールでサイン会があるみたいなので、渡しておきます」


 硬い表情のまま、ゆかりはそう言った。


 闇医者という仕事柄、拠点とする守童町での情報は念を入れて収集するようにしている。裏社会はもちろん表社会の事柄に関しても、仕事に支障をきたすことがないよう、可能な限り耳に入れているつもりだった。けれど、今ゆかりが口にしたような話は、これまでに一度も聞いたことがない。


「へえ」


 唇を歪め、カヲルは笑った。


「これはありがたいな」


 そもそも、ずっと疑問だった。誰も知らず、どこにも情報を残していないはずの「彼女」が、どうして作家として公の場に姿を見せているのか。そして、その「事実」を知る存在が、どうして、ほんの一握りながらもいるのか――


「ああ、そうだ。せっかくだから、ゆかりちゃんも一緒にいかない?」

「あ、いえ、私は友達と買いものがあるので」

「そうなの? それは残念だな」


 表面上は笑顔をつくりながら、心中で舌打ちをした。「彼女」を知るゆかりがいれば、あるいはなんらかの情報が得られるかもしれないと踏んだのだが、どうやら、そこまで上手くはいかないらしい。どこか挙動不審なゆかり自身のことも気になるが、ここで深追いして警戒されるのは得策ではないだろう。


「まあ、サイン会まではまだ時間があるみたいだし、俺は一度帰ることにするよ。荷物もあるから」


 仕事道具の入ったカバンを軽く持ちあげ、カヲルは笑った。じゃあ、またね。と、きびすを返す。


 人混みに紛れるまでの間、背中にゆかりからの視線を感じたものの、カヲルは振り返ることをしなかった。

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