レールの上を歩いて
『私、ポーカーでは負けたことがなかったの』
先輩は唐突にそう切り出した。負けたことがなかった、と過去形になっているのはこの間の”賭け”ポーカーで負けたからだろう。それがなかったら今日動物園にも行っていないし、今こうして話を切り出されていない。そうして因果を考えていくと、なんだか不思議な感覚になる。
それにしても、負けたことがないとは、どういうことだろうか。ポーカーは所詮運だ。先輩が毎回裏面に特殊な細工がしてあるトランプを用意して、イカサマをしているのなら負けなしかもしれないが、先輩の性格からするとありえないし、毎度自らトランプを用意してポーカーをしないだろう。ポーカーなんて、そう意気込んですることじゃないからだ。では、なぜ負けなしだったのか。
俺はそのまま話を聞き、先輩は話を続ける。
『ううん、ポーカーだけじゃない、大体のゲームは負けないの。 どうして? そんなこと私にも分からないわ。 商店街の福引だって必ず1等が当たるし、マークシート方式のテストなら毎回満点。もちろん、ちゃんと勉強してるけど。 これって信じてもらえてるのかな、ねぇ、ホタル』
なるほど、これは信じたくはないが、先輩の話を全面的に信じるのであれば、だ。先輩は「強運」の持ち主になる。それも、とんでもない強運だ。いや、必中と言うべきなのだろうか……。
「でも、この間のポーカーでは勝っていない。 先輩の話を信じようとしても、証拠がありません」
流石にこんなホラを吹くために電話をしに来たのではないだろう。それはわかるが、現にポーカーでは俺に負けている。俺視点からしたら、この一度しか勝負事はしていないが、先輩の勝率は0パーセントだ。
『そうね……。 勝てると思ったから”なんでも”って言ったんだけど』
「それはズルい」
完全無欠の美少女が”なんでも”の何を要求するつもりだったのか、一人ベランダで悶々とする男子高校生が一人。
『うーん、でも、負けちゃったわ。 だから、ホタルには証明できないかもしれない』
「でも、信じますよ。 先輩のこと」
突拍子もない話だ。有り得ない話だ。でも、俺は信じてみたい。
これは、証明とかそういう話ではない。希望、いや願望だろうか、欲望かもしれない。兎に角、望んでいることだ。そう、この退屈な日常から湧き出てきた、非日常を、俺達は、少なくとも俺は望んでいる。
「そうじゃなきゃ、あんなこと、しないですよね」
そして、先輩からすれば、必中が日常だったのだ。少なくとも、あの時俺とポーカーをするまでは。それはつまり、突き詰めれば死ぬまで運命が確定していることと、同じなのかもしれない。先輩は、決まったレールの上を歩いて、そして、死んでゆく……。そう考えると、それは羨ましいことではない。むしろ恐ろしい、呪いだ。
『……。 ありがとう。 だから、』
先輩はなにか言いたげだったが、この後に続く言葉は俺には分かる。出会って間もないかもしれないが、どうしてか、分かる。理解できる。これも先輩の呪いなのかもしれない。それとも、退屈を否とする、思春期がそうさせているのか。
「そうですね、どうして先輩がそのような体質なのか、気になるところです」
それなら、これは集合的無意識から湧き上がる感情だ。退屈から逃れることを知りたい。理解したい。知ってどうするかは問題ではない。ただ知りたい。
「俺も協力しますよ。 先輩のそれがどうして起こるのか、知りたいですから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます