大した話じゃないけれど
「疲れたー」
妹がそう言い出したのは日も傾いて、空が赤く焼けてきた頃であった。なんて子供はパワフルなんだ! そのまま俺は妹と先輩に引きずり回されるようにして、今の今まで動物鑑賞をしていた。俺は行きの電車ですでに疲れていた、このまま帰って寝たい。
「そうね、そろそろ帰りましょうか」
先輩がそう言って、妹の手を引く。夕焼けが二人を影にして、シルエットだけがくっきりと浮かぶ。俺は思わず手を枠にして、二人が収まるようにかざした。うむ、良い絵だ。微笑ましい、なんかずっとこれいってる気がするけど。
「何してるの、ほら、帰るわよ」
見られてしまった。恥ずかしい。しかし、この先輩はずっと元気だ。疲れを知らないようで、妹以上にはしゃいでいた。出会ったばかりで決めつけるのはアレかもしれないが、俺と先輩の性格は真逆と言っても過言ではない、気がする。消極的と積極的、陰と陽、月とスッポン、猫に小判、って段々ズレてきてる。
要は、俺は先輩と釣り合わないってわけだ。たまたま下駄箱に手紙が入れられて、たまたま出会った、それだけの関係だ。交際を始めたとしても上手くいくはずがない。そもそも、気まぐれでするようなことではないだろう。
ここまでわかっていても、非常識だとか、人の気持ちを弄ぶなとか非難できないのは理由がある。あのとき、音楽室で初めて会った時に握られた手は小さく、そして、少し震えていたのだ。それだけが引っ掛かっていた。だけど、何か事情があるんじゃないか、そう思うには十分だった。
『今日は楽しかった、また妹さんと遊びたいわ! ところで、今晩電話できるかしら? やっぱり、言っておくべきことは言っておこうと思って』
家に着いて早々に来た先輩からのメッセージだ。この文脈でまさか今日のダメ出しをされるわけではないだろう。いや、悩んでるのは俺だけかもしれないし、思い返せばダメ出しをされる余地は十二分にあるな……。
「って、ホントにダメだしされるんかい!」
何一人でツッコミ入れてるのよ、と電話越しに言われる。
『いい? 妹さんがいたとはいえ、仮にもデートなのよ、なんなの? あのダルそうな態度は?』
「すみませんでした」
物凄く怒られている。つまらなかった訳ではないが、二人のパワフルさにやられてしまったのは否めない。
『以後気を付けるよーに』
「は、はい、それじゃあ……」
『ちょっと、待って待って、本題はここから。 今のは大した話じゃないわ』
俺が電話を切ろうとすると、先輩はそう言った。十分怒られて委縮しているので話は大したことあった気がするのだけど……。
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