ティータイムは唐突に
やっと放課後になった。
俺はステルスを発動しあの先輩との仲を聞きたがっているデブと体育会系を撒いて、音楽室の前まで来た。うーん、いずれあの二人には説明しておかなくてはいけないのだけれど、どうやって説明したら良いものか。
それからその先輩との仲に関しても問題はある。昨日は勢いで返事をしてしまってはいたが、冷静になれば、出会ってすぐに交際だなんて、なんともいかがわしい話ではないか。
相手の見た目が良いからだとか、それだけでそんな仲になろうとは思わない。だけど、向こうから来てくれたのだから前向きに検討したい。やはり多少なりとも会話して、相手の性格だとかを見る期間が欲しいのだ。しかしまぁ、あんなに綺麗な先輩に対してこんなことを思うのは贅沢なのか……?
入学して二週間でこんなにも心が揺れ動いている男子高校生は俺だけかもしれない。またしても目の前の扉が重い。いきなりは入りたくないので、扉に付いているガラスから中を覗いてみたが、人影はなかった。
「おーい、ホタルくん、そんなところに突っ立ってたら入れないじゃない、どうかしたの?」
うわ、びっくりした。背後から声をかけられたので振り返ってみると、訝しげな顔をした御子柴先輩がいた。なんだか少し不機嫌そうなのだが……、昼休みから放課後までの約三時間で何があったのだろうか。アンニュイに学生バッグを肩に下げながらそんな顔をしていると、さながらヤンキーのようだ。明るい色の髪にはこういったイメージの欠点があるのか。
「あ、ごめんなさい。 それから俺の名前はホタル、じゃなくてケイ、です」
この名前の漢字のせいで、中学時代はホタルというあだ名が付きそうになったことがあった。俺はそれが女の子っぽくて好きじゃなかったから、ホタルと呼ぶ人一人一人にケイか、普通に苗字で呼ぶようにお願いしていた。
「いいじゃない、ホタルって呼んでも。 構わないでしょう? いい響きじゃない」
ホタルの方が響きがいいから、という理由でそのあだ名が付けられそうになったわけではなく、皆「なんとなく」でそう呼んできたから、今の先輩みたいに言う人は居なかった。そう言われると、今まで断って回っておきながら、そう呼ばれるのも悪くないと思ってしまった。
ところで皆さんは放課後ティータイムという言葉をご存知だろうか。そう、放課後にお茶を嗜み、ただくっちゃべることである。先輩と俺はなぜか、その言葉以外に見当がつかない程、放課後ティータイムをしていた。
この音楽室には昨日と違うものがある。湯沸かし器だ。今並べて使っている椅子と机は元からあったものだが、この平然と佇んでいる異質な物体は、きっとこの先輩が予め用意していたのだろう。俺は、先輩に言われるがまま椅子と机を二人分持ってきた後、座って待っていた所、先輩はいつの間にか居なくなり、またいつの間にかティーカップとお菓子、トランプとかけん玉とか紙ふうせんとかなんか色々を持って現れたのだった。
ティータイムは始まったものの、先輩は話を切り出そうとせず、かと言って俺も話すことはない。俺の紅茶を啜る音が響く。しばし沈黙の時間が過ぎた。
「さて、と。 ポーカーでもやりましょ、折角トランプ持ってきたんだし。 ルールはわかる?」
まいったな、トランプといったらババ抜きと大富豪くらいしかわからない。そもそもトランプを二人でしたことがない。
「すいません、わからないです」
そう答えると、先輩は顎に手を当てて考える素振りをしながらそうね……、と呟く。
「まずは一回やってみましょう、私、説明するのがあまり得意じゃないの。 とりあえずカードを配るから。 まずは五枚ね」
そう言って、先輩はカードをシャッフルする。手が小さいからか、思ったよりも上手くない。たまにカードが裏返ったり、机の上に落ちたりする。代わりに切ってあげようかと思いながら見ていたが、下手を指摘されると機嫌を損ねそうなので黙って見ていることにした。
シャッフルが終わると一枚ずつ交互にカードを配る。机は向かい合ってくっつけているのだが、その上には物がたくさんあるので、先輩は俺にカードを配る度にこちらに手を伸ばす。その度にシャンプーだかなんだかわからなくなるくらい女の子らしい香りが鼻を突付く。
「よし、と。 これで準備完了ね。 その五枚のカードの絵柄とか、数字を揃えればいいのよ。 合わないカードは捨てて、その捨てた枚数分ここから引くの。 それを二回繰り返して、たくさん揃っていたほうが勝ち。 やってみましょ」
ハートの3、ダイヤの7、スペードの8、クラブのクイーン、と、ジョーカー。見事にバラバラだった。
「先輩、ジョーカーは何にでも使えるんですよね」
「そうよ」
それじゃ、ジョーカーだけを手元に残して、四枚引いてみるか。
「おお、随分と大胆なことするのね。 それだとその持っているカードがジョーカーで、他が揃ってないってバレバレよ。 ま、今は練習だからいいけど」
あっ、それもそうか……。ところで今、妙に嬉しそうな顔をしなかったか、この先輩。何かを企んでいる、というか今思いついたような顔だ。
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