確率ゲーなら任せなさい

  数回やって、やり方も分かってきたところで先輩はこんなことを言い出した。やはり嫌な予感は当たったみたいだ。


 「さて、そろそろ慣れてきた所じゃない? 次の一勝負、負けたら勝った方の言うことをなんでも一つ聞くってどうかしら、面白そうじゃない?」


 なんでも言うことを聞く、というフレーズはグラっとくる。俺の言うことを、なんでも……、悩ましい……。

 いやいや、これは罠だ。いくら確率のゲームだといっても覚えたての俺のほうが不利だ。ここは丁重にお断りした方が良さそうだ。


 「さぁ、やるわよー!」


 しかしそうは問屋が卸さない。勢いのままにこのリスキーなゲームは始まってしまう。カードが配られて、お互いに手札を確認する。ここまで来たら勝つしかない。

 ダイヤの3、スペードの8、スペードの9、クラブのキング、ジョーカー。またしてもバラバラだ。ただ、今回はスペードの8、9が揃っている。ストレートか、フラッシュが狙えそうだ。

 とりあえず相手の表情を伺ってみたが、物凄く無表情だ。見つめあってむしろ俺のほうが先輩に情報を与えてしまったかも知れない。仕方ない、ここは無難にダイヤの3とクラブのキングを捨てるか。


 「へー、二枚か。 私は一枚交換するわね」


 先輩はカードを引くと、なんとも不気味な表情をした。笑っているのか怒っているのかわからない。どういうことだ?

 俺の番。望みは半分叶ってスペードの9とダイヤの9を引く。困ったな、スリーカードが出来てしまった。ストレートとフラッシュの線は捨てるべきかも知れない、よし、ここはフォーカードかフルハウスを狙っていこう。


 「私はもう交換しなくていいわ、ホタルの番よ」


 なんだって? 交換しない、だと? そんなにいい役なのか。じゃあさっきの表情は笑いを隠していたのか。くそっ、このままじゃ言うことを聞かされてしまう。この先輩のことだ、何を要求してくるのかわかったもんじゃない。これ以上この学園での俺の立場を失うことはしたくないぞ。

 ええい、頼む、二枚ペアか、一枚9、どっちでもいいから来てくれ――。


 「いいかしら? ……、はい、ファイブカード。 私の勝ちね、見るまでもないわ」


 先輩はそう言ってカードを表にする。ドヤ顔で脚を組み直す。これからどんな要求をしようか考え始めているようだ。


 「あの、先輩、この場合って、引き分けなんですか?」


 俺はカードを表にして先輩に見せる。同じ役だ。ファイブカード。それを見るなり先輩はみるみるうちに顔が青くなる。


 「えっ……、ああ、うん、そうね……、私のは7のペアだから、私のまけ……」


 「やった! それじゃ、なんでも言う事聞いてくれるんですね? よっしゃ、どうしようかな~」


 「ちょ、ちょっと待ちなさい。 もう一回、もう一回よ。 納得行かないわ!」


 そりゃ先輩からしたら納得行かないだろう。ファイブカードで負ける可能性なんて殆どないのだから。俺が先輩だったとしても同じ気持ちになるだろう。先輩、南無三!


 「いーや、勝ちは勝ちですよ。 もう一度やってもいいですけど、もし先輩が負けたら二つ言う事聞いてくれるんですか?」


 「…………」


 御子柴先輩は今にも噛みつきそうな顔で悔しがる。この表情は傑作かもしれない、是非写真に収めておきたいくらいだ。今まで振り回された分を取り返したくらい良い気分だ、さて何を頼もうかなぁ。


 「そ、そういうのはダメだからねっ!」


 そう言って自分の身体を抱きしめる先輩。いや、可愛すぎる。このまま要求しないで反応を見ていた方が楽しいんじゃないか?


 「いやいや、流石にそんなことはしないですよ。 うーん、思い付かないんで、また次の機会まで保留ってことにできませんか?」


 「ダメよ、今決めなさい、そうじゃないとゲームの事自体なかった事にするわ」


 考える隙を与えない作戦。うーん困ったなぁ、何も思いつかないや。でも、こんなチャンスを無駄にすることは出来ないな。そうだな、次に繋がるような要求にしよう。例えば――。


 「先輩、今週末、時間ありますか?」


 「あるわよ、日曜日なら丸々空いてるわ。 それがどうし……、って、それって」


 それじゃ、どこか出かけましょう、と言ってみた。先輩は両手を頬に当てながら動かない。物凄く恥ずかしがっているみたいだ。そんな反応をされるとこちらも恥ずかしくなる。何やらボソボソと呟いているのだが声が小さくて聞こえない。そのうちに先輩は赤い顔のまま言う。


 「しょ、しょうがないわね! 行くわよ、デート! いい? ホタルが言い出したんだからね!」


 「なにもデートとまでは言ってないんですが……」


 「――っ! うるさい、うるさい!」


 これ以上からかうと本当に噛みつかれそうだ、よしておこう。この人は本当に予想通りというか予想外というか、本当に飽きない反応をしてくれる。昨日から交際が始まっているのか、そうでないのか、よくわからないところだが、今日はそれに触れることは出来なかった。困ったな、でもこのまま仲良くなっていっても悪くはない気がする。この先輩はとっても魅力的な人だ。俺には全くもって、不釣り合いだ。あんな手紙を寄越さなくても、言い寄ってくる男は沢山居たんじゃないか。


 尽きぬ疑問をよそに置いて、いい時間になったので俺は先輩と後片付けをする。湯沸かし器はそのままでいいらしい。どうやら先輩は音楽室の主である沢村先生と仲が良いらしい。沢村先生は美しいという形容以外に形容する言葉が見当たらないくらいの美人教師である。入学式でひと目見ただけの新入生でも皆覚えていることだろう。ティーカップなどもここの備品になっているらしく、洗って棚に置いておくだけだった。それにしてもあのティーカップ、随分と高級そうじゃなかったか……? 


 最後に先輩が恥ずかしそうにスマホを出し、連絡先を交換しようというジェスチャーをしてくるのでそれに応じた。先輩の連絡用SNSのアイコンは初期アイコンのままだった。この人、友達がいるのかどうかすら怪しくなってきたが、まぁいいだろう。

 

 片付けが終わったところで今日はお開きになった。校舎の外に出ると日も落ちそうだ、夜の帳が下りかかっている。先輩は車が迎えに来ているそうで、校門には黒塗りの高級車が佇んでいた。この人、見た目だけではない、正真正銘のお嬢様だ。


 「それじゃ、またね」


 そう言って、先輩は車に乗り込む。中から黒いスーツとサングラスを纏った男が出てきて襲われるんじゃないかと心配したが、そんなことはなく、優しそうなお爺さんが運転席の窓を開け、俺に会釈した。俺は頭を下げ、車が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。


 さてと。言い出したはいいものの、出掛けると言ってもどこへ連れていけばいいのだろうか。帰ったら調べてみるか。

 

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