第20話「わっしょい」小野謙一(七月)

「リック、身体でかすぎじゃね? Tシャツがパツパツだぜ?」

 Tシャツはオレが手配したものだった。お釣りはごまかしてない。五百円くらいしか。テツの言葉に、リックだけじゃなくてノブ君もオレを睨む。ジャストフィットしてるはずのショータ君までオレを見た。ケージ君、来れなくてよかった。鷹匠町連たかじょうまちれんに感謝しちゃうオレ。

「でもほら、ナオはダブダブだよ? これ以上大きいとヤバい」

「だぶだぶじゃないよ?」

「……そろそろ、撮っていいかな?」

 オレたちはタカのデジイチの前で、真田十勇士ばりにキメてみせた。タカを数に入れても七人しかいないけど。センターはもちろんオレ! じゃなくて、一番ちっこいナオになっちゃった。ムカつくぜ。

 七月最後の土曜、お城の東虎口櫓門ひがしこぐちやぐらもん前の広場で、オレは今夜の祭りに飛び入り参加するメンバーを確認してる。

 上田わっしょい。ご当地版の阿波踊りみたいな祭りだけど、もう四十年以上続いてるらしい。一万人くらいの人間が集まって同じ歌を唄って街中を練り歩く。夜店もいいけど、きっと参加した方が楽しいと思う。

 別にオレは、祇園祭でマリーに会えなかったリベンジをしようとしてるわけじゃない。ねえノブ君、マジ違うよ? 人生でたった一回しかない高一の夏の思い出を、オレの仲間達と作りたかっただけだ。そう、オレ様をリスペクトする愛すべき仲間達。

「オノケンのくせになんか張り切っちゃってね? やっぱ女目当て?」

「え、あ、そういうわけじゃないよ」

「ショータ、ケンあんまりイジメるな」

 ノブ君カミッテル!

「で、来るのか? 噂のマリー」

 ノブ君ひどいよ! ナオと仲良くなってから、ちょっと意地悪になってきてない? ナオ、ムカつくぜ。

「ケン、顔赤いぜ。フラグ立ってんのか?」

「馬鹿にすんなテツ! 現実じゃめったに赤くなんねーよっ」

 ナオが黙って微笑んでる。ムカつくぜ。



 初めてマリーとハモった日以来、オレは完全に開き直ってた。サッカーはぜんぜんうまくなんない。テストの結果もパッとしない。彼女だってすぐにはできそうもない。でも、ぜんぶ投げ出さない。朝六時に起きて朝練行って、授業でわかんないところはとにかくメモって、暗くなるまで班活頑張って、家帰ったらヘトヘトでもギターを弾き続けてみせる。オレはきっと、いつまで経ってもどんくさいオノケンのまんまなんだろう。だけどちょっとずつでも、身体で覚えていってることが実感できればそれでいい。

 テツやショータ君みたいにちょっと力を抜いて、リックやタカみたいにコツコツとしぶとく続けるつもり。オレはノブ君やケージ君みたいには絶対なれないし、なれたとしたってオレが満足できるかどうかもわかんない。何しろノブ君、女子とツーショット経験ないみたいだし。オレ、あるよ? 古くっさい校門から海野町うんのまちまでだけど。

 ナオ? そんなヤツ知らない。嫌いじゃないけど、ぜんぜんリスペクトしてない。強いて言えば、女をとっかえひっかえしたせいで知らない男子に殴られることだけは気をつけたい。絶対オレ、チビっちゃうから。



飛入連とびいりれんってどこだ?」

 ノブ君がみんなを引き連れて歩き出した。先頭に立つ姿がめっちゃさまになってる。言いだしっぺはオレなのに。

「あ、すいません。急いで調べなきゃ」

「オノケン! 今ごろ調べんのかよ?」

 ショータ君、オレあんまりイジメるな。ノブ君に言いつけるよ?

「馬っ鹿だなケン、段取り悪いなー」

「いいじゃない」

 オレたちは威風堂々と、市役所の前を通り過ぎて大手町のカギノテに向かってる。先頭はノブ君。オレは名誉の殿軍しんがりを守りながらスマホで飛入連とびいりれんを検索中。

 祭りの熱気は、もうそこまで届き始めてる。

「テツ、ときどき金井と会ってるんだって?」

「最近リック、情報通だなー。あと、色気づいてきてねーか?」

 色気づき巨人のリックが照れくさそうにしてる。

「……今度四人でどっか行かないかって、カホが」

 テツもリックも頑張ってるけど、まだ付き合ってるわけじゃないみたい。オレはぜんぜん焦りなんて感じない。彼女なんて、焦ったってできやしないんだ。ただひたむきに、やるべきこととやりたいことを頑張るだけ。強がりじゃないよ? ショータ君もタカも、もちろん彼女はいないはずだし。

「ショータ君、彼女いるの?」

「いねーよ。なんかユージは今日もデートで忙しいらしーけど」

 安心した!

「原とはよく遊びに行ってっけどなー。知ってるよな、原?」

 やっぱ爆発しろ!

「タカは?」

「ハハ……それより僕、今、自分で写真集つくってて」

 うん。オレもギターは毎日続けてる。どんなに眠くっても、どんなに落ち込んでても、毎日。

 人気者になってモテまくりたいとか、セレブになって乗馬やゴルフやじまん焼きの大人買いで散財したいとか、そんな妄想は今はもうしてない。世の中はもっと厳しくなってくかもしんないけど、大学行けても就職難でサラリーマンにさえなれないかもしんないけど、オレはとにかくどんな仕事でもいいから食べられるだけは稼いで、マリーと一緒に唄い続けるんだ。生きる意味とか目的とかそんなカッコいい話じゃなくて、もともと落ちこぼれみたいなオレにとっては、命があるうちはこうやって生きよう、と決めちゃっただけの話。

 今日だってマリーは飛入連とびいりれんの前で待っててくれてるはず。残念ながら恋愛っぽい話はないけど、オレたちは音楽で通じ合ってる。

 オレは手に持ってたスマホをギュッと握り締めた。



「キミコ」

 カギノテに差し掛かった時にナオが呟いた。オレ的にはかなりカッコいいことを考えてたのに、ナオのせいで台無しだ。ムカつくぜ。

「チビリ!」

 つまんなそうな顔したキミさんが、オレの知らない女子を三人も連れてナオに近付いてきた。ナオを呼んだ瞬間、すげーうれしそうな顔をしてたみたいに見えたけど、気のせいだったのかな? 

「久しぶり。ユーカ、モエ、アオイ」

「ねぇなんかあの人カミッテね?」

 ユーカって女子が我がオノケン軍団の先頭をガン見してる。あーあのツーショット経験もないお子ちゃまノブたんね? そう思ってたら、頭ひとつ飛び出してるノブ君が振り返った。オレはめっちゃビビる。ノブ君はキミさんを真剣そうな目で眺めてた。わかるよノブ君。キミさんの美貌はオノケン軍団の宝だから。

「ナオ、待ってたよー。あたらしー彼女みしてー」

「うん」

「アオイ、腕はずして。アズサがヤキモチやくから」

 アオイって女子はナオをヘッドロックしてた。このまま爆発しろナオ。キミさんはやっぱつまんなそうな顔をしてたけど、それでもみんなを見守ってるような感じだった。

「ばったり再会って、すげー偶然だなー」

 テツが無気力な声で感動してる。なーテツ、やっぱあるだろ? ばったり再会イベント。

「キミコとぼくは、偶然で会ったことなんて一度もないよ?」

 じゃあ何? 待ってたってこと? 誰がそんな機密をリークしたんだよ! まあいっか。

 十一人に膨れ上がったオノケン軍団が中央交差点を渡る。サマーウォーズのアバター軍団が見えた。飛入連とびいりれんだ。篠原夏希もいる! じゃなかった、マリーはどこ?

「マリ」

「えっ!? どこどこ?」

 ナオに先を越された。ムカつきながらも人頼みなオレが愛しい。

「あそこ」

 マリーだ! すのみーも一緒にいる。もしかしてばったり再会イベント? LINEで約束してたから当たり前なんだけど、何事もポジティブに考えなきゃ!

 一歩ずつマリーに近付いていく。オレはいつでもサムズアップできるよう心の準備を怠らない。ドキドキしちゃって思わず深呼吸しちゃうオレ。

 今だ!

「あー立石君! こないだ柳町に入ってくの見たよ。B組の子と一緒だったでしょ」

「うん」

 ひどいよマリー。オレは泣きたくなった。



 ナオの新しい彼女も合流して、飛入連とびいりれんの後ろにくっついた十四人のオノケン軍団。もはや、っていうか最初からまったく統率できてないけど、そこはノブ君にお任せしちゃってる。オレはマリーに釘付けで、ナオと新しい彼女が女子三人に囲まれてるのはぜんぜん気にしてない。ぜんぜん。

「土屋さん、久しぶり」

 意外なことに、マリーはちょっとオドオドした様子で切り出した。

「あー武井と春原すのはらじゃん」

「名前、覚えててくれたんだー」

 マリーの背中に隠れるみたいにしてた、すのみーの顔がパッと明るくなる。

「当たり前っしょ。にしてもあんたら、ちょー目立たなかったのに明るくなったねー」

 キミさんは、マリーたちとしゃべりながら微笑んでる。マリーすいません。不謹慎にもオレはキミさんに見とれちゃう。

「おかげさまで、勇気をもらったんだよね」

「はあ? おかげさま?」

 マリーとすのみーは顔を見合わせた。オレを爆笑する直前みたいに。せーのっ!

「チビリ!」

 小さな声だったけど、元気に弾むような響きだった。キミさんはビックリしたような顔でチラッとナオの方を見る。だけどマリーの方に向き直った時には、半分呆れたような、わが子でも見てるみたいな顔になってた。

 オレはこの時ばかりは、ナオにムカついたりはしなかった。チビリ武勇伝がなんだったのか、少しだけ分かった気がしたんだ。


 町があるから道がある 道があるから人が来る わっしょい

 男だ女だわっしょいだ わっしょいわっしょい 上田わっしょい

 人が来るから恋がある 恋があるから夢がある わっしょい

 男だ女だわっしょいだ わっしょいわっしょい 上田わっしょい


 わりと上手に踊ってるナオがムカつく。歌詞もぜんぶ覚えてるみたいで、今も四番、五番まで唄っちゃっててキモい。休憩時間にオレは愚痴ることにした。

「テツ、なんかこの歌詞ちょー単純じゃね?」

「じゃーさ、お前に作れんのかよ?」

 隣りのマリーが何か言いたげに口を開けた。もちろん、オレを助けようとしてくれてる。

「えっと、私たちバンドやってて、今年中にはみんなの前で演奏するから!」

 えっ!? 何それ? ってかテツ以外にも聞こえちゃってるよ? マリーは止まらない。

「ほとんどはコピーだけど、オリジナル曲もあるよ。オノケンがつくる」

 マジっすか!? ショータ君とリックがこっちを見た。ノブ君に至ってはニヤッとしてる。タカが胸にぶら下げたデジイチを構えた。

「いいじゃない!」

 ナオのうれしそうなはしゃぎ声が、背中から響いた。

 ——オレは腹をくくった。次の小さな夢だ。すげーカッコいい歌をつくって、みんなをビビらせてやんよ。



「オノケン何カッコつけてんの?」

 怒られた! 母ちゃんみたいだよマリー。すのみーは横で失笑してる。

 オレのギターはメキメキ上達していた。一曲だけなら誰にも負けない。松高一年E組男子の中では、誰にも。

 上田わっしょいの翌日、例のごとく朝一番でスタジオ入りして、今はナオのバイト先でランチ中。ここ、カフェってより古くっさい喫茶店じゃね? ナオもいないから社員割引的なオマケも期待できないし。そんな苦境にもめげずにオレは、昨日の閃きをドヤ顔で語ったんだ。ちょっと言葉は変えたけど。

 ——世の中はもっと厳しくなってくかもしんないけど、オレはとにかくどんな仕事でもいいから食べられるだけは稼いで、チビリ! のみんなで唄い続けるんだ。生きる意味とか目的とかそんなカッコいい話じゃなくて、命があるうちはこうやって生きよう、とオレは決めちゃっただけ。

「すのみーも私も、オノケンにカッコいいことなんて期待してないんだよ?」

「わたしはいいよー。今の話も笑えるし」

 オレはブルーになった。だけど瞬時に立ち直った。オレの目を見つめて話す、マリーの瞳の奥がキラキラしてたから。

「すのみーと私、ずっとバンドやれたらいいねって話してたのに始められなかったんだよね。現代音楽班げんおんにも入らなかったし」

「うん。なんで?」

 オレも実は不思議だった。こんなに音楽が好きなのに、技術も確かなのに、どんくさいオレのスローペースに付き合ってくれてる。

「自分にまったく自信なかったから。すごく地味で目立たなくて、すごく上がり症で顔もすぐ赤くなっちゃうし、人前ではしゃいじゃう勇気もなくて」

「わたしもそうだよー?」

 意外だった。地味で目立たなくしてるのは、世を忍ぶ仮の姿だと思ってた。

「天然で馬鹿やれて格好悪いとこも見せられる人に会えて、勇気が出たんだよね」

「ふふー、マリーそういう男子が好きみたいでさー。LINEでしゃべってると延々終わんなくて」

「ちょっと、すのみー!」

 ドキドキした。オレ、そういう男子、すげー知ってる。

「え、えーと、どういう男子が好きなんだって?」

 マリーはすのみーを睨んで口を閉ざした。なんとなく怒り出しちゃったのか、耳とか赤くなり始めててちょっと怖い。なのに、すのみーは笑顔でマリーが止める間もなく一気に話した。もちろんオレは必死で聞いた。今までのどんな授業より真剣に。

「陽気な馬鹿でお調子者で、常識に欠けてて語彙に乏しくて、ちょっとケチでー、背はあんまり高くなくて顔はわりと可愛らしい男子っ!」

「すのみぃっ!!」

 マリーの叫びに合わせて、ドキドキしてた胸がズキンと痛んだ。胃のあたりもギュギュッとなる。やっぱオレ、その男子すげー知ってる。

 ——それは、ナオだ。全部当てはまってる。

 ナオはいつもヘラヘラ笑ってて、上田わっしょいをフルコーラスで唄っちゃうくらいお調子者で、別れた日に彼女つくるとか非常識なことを何かとやらかしてるし、言葉づかいはまんま子供。ケチっていうよりは超貧乏で、背は超低くて、顔だけは超可愛い。

 その点オレは基本的に根暗で、かなりの慎重派かつ良識派。知識が豊富で塩中二年四組の秋から冬にはクラスで三位になったくらいの天才。キミさんたちに豪快にアイスおごってケロッと忘れちゃうくらい気前が良くて、背もナオよりずっと高い。三センチくらい。しかも顔はオレ的に言って精悍なタイプ。

 すのみーは動揺するオレにとどめを刺す。

「いいところはー、すぐに行動できて、素直に人の言うことを聞けて、なんだかんだで努力を続けられて、お互い支えあってる感じがするところっ!」

 あれ、それ、オレ、失恋確定じゃん。

 家帰るとダラダラしちゃうし、母ちゃんの言うこと素直に聞けねーし、いつもサボるための言い訳を探してるし、何より、一度だって誰かを支えてあげられたことなんかない。

 オレはどんどん落ち込んできた。すのみーはオレの凹んだ顔を見て、なんで? とでも言いたげにキョトンとしてる。

 オレのマリーへの片想いに、配慮ってもんがなさすぎる。すのみー最低っ! この人、人の気持ちに鈍感すぎない!? 

 マリーも顔を真っ赤にしていよいよ怒ってるっぽい。すのみーはなだめようとしてるのか、何やら耳打ちを始めた。マリーは三回くらい頷いて、怒りは解けたみたいだけど上気したままの顔をオレの方に向けた。ひと息吸って、あ、この曲、とつぶやくマリー。

 なんだか古くっさい英語の歌。オレはテンション下がりまくりでどんより沈んでる。ぶっちゃけ、食事ものどを通らない。

 そしたらマリーは言ったんだ。

「本当に馬鹿だね! いいよオノケン。そのまんまで!」

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