第17話 次の仕事へと

 翌日、メイを連れて俺は近くの山林を散策していた。

「ほぅ、これは凄いな……」

 気の周囲に氷が張り付き、実に幻想的な光景だった。

「ああ、樹氷ですね。あんなになっても、木が枯れる事はないんですよ」

 真白い息を吐きながら、メイが解説してくれた。

 ふむ、面白い事もあるものだな。

「さて、あと一時間くらい回ったら戻りましょう。お話ししておかないといけない事もありますし……」

 メイの言葉に、俺はうなずいた。

「分かった」

 どうせ楽しい話しじゃないだろうなと思いつつ、俺は散策を続けたのだった。


 無駄に豪華で無駄に広いリビング。その片隅のテーブルにはノートが山と積まれ、俺は軽い目眩を覚えていた。

「これが『使い魔召喚』に関する全てです。イコールで『主』に関する全てでもあります。いかに『主』優位かと言うことが分かります」

「当たり前だろう。使い魔はは従者なのだからな」

 ノートをペラペラ捲りながら、俺はメイに返した。

 さすがというか、几帳面に纏められたノートは分かりやすい。

 使い魔というのは、その主の相棒であるが、絶対服従を誓わせた家来でもある。

 その拘束力は非常に強く、「主」が本気で死ねと命じれば実行するほどだ。

 フン、いけ好かない……。

「なぁ。これを知っていながら、俺を『主』にするなんてどうかしてるぜ。お前、俺より立場が下になったんだぞ?」

 思わず口を突いて出て締まった言葉を、メイは軽く笑い飛ばした。

「あはは、そうですね。私はムツの使い魔。立場的には『従者』ですが、それがどうかしましたか? 私だって少しは脳みそがありますから、もしムツが信用に足らない相手なら、こんな事はしません。猫の使い魔なんて、馬鹿げていると思う人間は多いでしょうが、そんなものくそ食らえでしょう?」

 ……

「なんだか知らんが、買いかぶられたようだな。俺はただの野良猫だ。信用を担保するものなんざなに一つない……右でも左でもいいから、ちょっと手を出せ」

「はい?」

 不思議そうながらも、メイは左手を差し出してきた。

 悟られぬうちに呪文高速詠唱!!

「メリファ・ジン!!」

 古代魔法だ。現代語ではない。

「あー!?」

 メイの左手の甲には、小さな紋章のようなものが浮かんでいた。

「ななな、なにするんですか!!」

 さすがに分かったか、メイが怒った。

「大した事はしていないだろう。元々俺が死んだらお前も死ぬから、『お前が死んだら俺も死ぬ』という『条件』を追加した。ただ、それだけだ。これが、お前に対する信用の担保になるか分からんがな」

 全く、魔法には使い道がよく分からないものが多い。

「ふぅ、全く……カウンター・マジック」

 メイの紋章が消えた。

 ……うそぉ、あれ一生ものって!?

「この種の古代魔法は研究が進んでいて、すでに解除法も確立しているのです。どういうつもりですか」

 ……抜かった。

「俺はお前に示してやれるものがない。だから、せめてとおもったのだがな。猫などイチコロで死ぬぞ?」

 俊敏性と柔軟性は人間より高い俺たちだが、耐久性は勝ち目がない。

「そうならないようにするのが、私の役目です。ムツを守るという目標が出来たら、急に元気になってきました」

 ……守るか。笑えるな、よりによってポンコツにか?

「全く、もうちょっと大きな物を守ればいいのにな……」

 俺は軽口を返した。

「……私にとって、ムツ以上に大きいものはないですよ」

 ん?

「何か言ったか?」

 聞こえなかった。猫の耳で聞こえないほどの小声で言うな。

「いえいえ、ムツくらいでないと、私の手には余る……で、ではなくですね。えっと……」

「俺くらいで悪かったな。このポンコツ女!!」

 シャキーンっとまあ、音はしないが、爪を全開でメイににじり寄る俺。

「か、顔だけはやめて……ぎゃあ!!」

 今気が付いた。俺も段々ポンコツになってきてないか?


「おう、話しは聞いておるぞ。人間を使い魔に持つ猫とな。愉快愉快」

「不本意だがな」

 静養期間が終わり、王都に戻った俺たちは国王に挨拶をした。

 しかし、どこで聞いたんだ。この話し。

「近々、少し手間の掛かる仕事を頼むかもしれん。その際はお前さんの家に使いを出す。まあ、待っていてくれ」

 こうして国王の前を辞した俺たちは、久々の我が家に向かってソリを向けたのだった。

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