第16話 ある意味転機

 王都に帰還した俺たちは、国王に事の次第を報告した。

「どうだった。なかなか手強かったろう?」

 国王はニヤリと笑みを浮かべた。

 不覚にも、気絶させられた事は間違いない。ある意味、どんな魔物よりも強敵だった。

「全く、人が悪いぜ……。それじゃ、俺たちは行くぞ」

 我ながら、いつか不敬の罪でぶった切られるんじゃないかと思うが、猫のプライドが謙る事を許さない。

「まあ、待て待て。お前さんたち、急ぎの用事はあるのか?」

 国王が俺たちを引き止めた。

「ん、特にないが?」

 俺は国王に素直に答えた。

「今回は仕事ではない。この王都の近くに王家の静養地がある。いつも世話になっているからな。一週間ほど滞在してくるがいい」

 俺とメイは顔を見合わせた。そして、ありがたくこの申し出を受ける事にしたのだった。


 何もない雪原を、方位磁針と地図を頼りにソリでぶっ飛ばす。

 それなりに気分爽快ではあったが、これから先が問題だった。

「国王のやつ、なにも山の上にある場所を指定しなくてもなぁ……」

 王都からソリで三十分ほどの距離にある、「ガガーリン山(546メートル)」。その山腹に目的とする王家の静養地があるらしい。

 登山道も完備され、静養地までは除雪もされているようだが、なぜこの寒い時期に、わざわざ山登りなどしなければならないのだ。

「ムツ、バチが当たりますよ。王家の施設なんて、私たちには無縁の場所なんですから」

 メイが窘めるように言ってきたが、俺にはそんなもん関係ない。

「そろそろ街道を外れます」

 メイが言うが、どこが街道だか見当も付かない。

 ソリはより一層深い雪原へと滑っていった。曳く馬が蹴立てる雪が凄い。

「道は間違っていないだろうな?」

 どう考えてもただの雪原を行くメイに、俺は心配になって問いかけた。

「大丈夫です。あと十分で登山口に着きます」

 かくて、ソリは雪原をど派手に進んで行くのだった。


「お前、本当にこういう時だけは頼りになるな……」

 時計がないので分からないが、俺たちは見事に登山口に到着した。

「はい、地図読みは田舎暮らしの必須技能ですから」

 心なしか胸を張り、メイはご機嫌で言った。

「そうか……。さて、登るか。確かに、除雪はされているようだが、ソリで行けるか?」

 除雪されているとはいえ雪がないはずもなく、結構な急坂である。最悪は、徒歩を覚悟したのだが……。

「この程度なら大丈夫だと思いますよ。ゆっくり行きましょう」

 メイの操るソリは、ゆっくりと急坂を登り始めた。

 すげぇな。この馬……。

 徐々に高度が上がるに連れ、自然の「匂い」が濃くなってきた。

「一応、警戒しておくか……」

 俺は最小範囲で周辺警戒魔法を使った。

 今のところ、特に異常はない。

「ムツ、警戒しなくても大丈夫ですよ。この山全体が王家の所有になっています。定期的にパトロールが巡回していますから……」

 周辺警戒に感あり。

「メイ、敵だぞ。大したパトロールだな」

 この距離なら、それが野生動物である事が分かる。俺は……ん?

「反応が消えたぞ。代わりに人間一人?」

 しかし、その反応も消えた。なんだ?

「ガイドブックに書いてあります。この登山道一帯には、クロスボウ装備の狙撃手が配置晴れているそうです。その場所は機密みたいですけどね」

「ガイドブックって……いつの間に」

 そんなもんあるんかい!!

「はい、謁見の間のパンフレット置き場に積んでありましたよ。ムツの使い魔として、このくらいは働かないと……」

「あったか、パンフレット置き場なんて? そして、使い魔は俺だ!!」

 パンフレット置き場は知らんが、メイがたまにやるこれは俺もどうかと思う。

 主としての自覚が足らん。全く……って、なにを力説してるんだか。

「いえ、決めたのです。私が使い魔だと!!」

「……ついに、寒さでおかしくなったか。早く行こう」

 俺はため息交じりにつぶやいたのだが、メイはとんでもない事をした。

「アル・チルデスト!!」

 うわ、バカ!?

「何してくれんだこのカボチャナス!!」

 ……メイの使った魔法。それは、非常にレアなものなのだが、使い魔の「主」と「従」を入れ替えるもの。誰だ、こんなもん開発したバカ!!

「はい、これでしっくりきました。どう考えても、私の方が使い魔でしたから」

「あ、あのなぁ~!!」

 ちなみに、俺はこの魔法を使えない。

 使い魔の「従」の者が使ってもキャンセルされるので、端から覚える気などなかったのだ。

「ええい、今すぐ覚える。『主』なんて冗談じゃねぇ!!」

 ご機嫌でソリを滑らせ始めたメイの傍らで、俺は魔法書を取り出して……うわ、ページ破ってやがる!!

「なぁ、おい。猫缶やるから勘弁してくれ……」

 役立たずの魔法書を放り捨て、俺はメイにしがみついた。

「『従』の者は使えません。使えても教えません。まさか、猫の使い魔になるなんて」

「お前がやったんだろ。そして、なぜ嬉しそうなんだ!!」

 こうして、最悪の気分のまま静養地の施設へと到着したのだった。

 ……なあ、メイよ。お前は何がしたいのだ。


「うう……メイが来る」

 施設の中は、広く豪華だった。

 しかし、そんな事はどうでも良かった。

 俺はリビングのソファに寝転がり、一人うなされていた。

「はい、私ならここにいますよ」

「ぎゃあ!?」

 耳元で声が聞こえ、俺は思いきり飛び上がった。

「どうしたのですか。もう……」

 メイにとっ捕まえられ、無理矢理抱きかかえられると、俺の呼吸も落ち着いてきた。

「あのなぁ、俺はお前の使い魔だから側にいるんだぞ。ひっくり返してどうするんだ?」

 ついでに引っ掻いてやろうと思ったが止めた。

「ほら、やっぱり。ムツが『主』なら、嫌でも私から離れる事は出来ません。もう忘れていると思いますが『使い魔が生ある限り、主は死ぬ事がない』。ちゃんと説明したはずです」

 ……完璧に聞き流していたからな。って、おい!!

「つまりだ、お前が死なないと俺は死ねない?」

「はい」

 ニコニコ笑顔のメイ。

「俺たちの平均寿命、知ってるか?」

「えっと……百年くらい?」

「全員妖怪になるわ!!」

 俺はたまらず怒鳴っていた。精々頑張って二十年くらいだ!!

「つまり、俺はメイと一蓮托生で化け猫確定かよ。泣ける……」

「嫌ですか?」

 メイが聞いた。

「当たり前……う……」

 メイはこちらの目をジッと見つめていた。なんか、泣きそうだ。よせ……。

「分かった。『主』でもなんでもやってやるよ。どのみち、今と変わらん」

 俺が言った瞬間、メイの顔が笑顔になった。

 ……えっ、なに今の微妙に泣き面。あれ、嘘?

 だ、騙された!!

「さて、落ち着いたところで、お風呂行きましょう」

「どこがどう落ち着いたのか分からんが、俺に風呂は要らんぞ。毎日手入れしている」

 暇さえあれば毛繕い。猫の基本である。

「ダメです。臭います!!」

「……え?」

 猫にとって、臭いは致命的な事に繋がる。狩りの時に、獲物に感づかれてしまうのだ。

 ゆえに徹底して清潔を保つのだが……臭い?

「いきますよ」

「いや、待て。そんなはずは!?」

 こうして、俺はメイに抱かれたまま、風呂場に突撃するハメになったのだった。


 ……不快だ。

 湯船にチャポンと浸からされ、なぜか頭にタオルを乗せた俺は、どうにも溜まらん感覚にひたすら絶えていた。

 猫の毛というのは、それぞれ敏感なアンテナでもある。それが濡れる感覚というのは、言葉に出来ない気持ち悪さがあった。

 そして、さらに不快にさせるのが、目の前で体を洗っているメイの全身に付いた傷。何度も治そうとしたのだが、俺との出会いの記念とか言って消させてくれない。

 思えば、この傷を治そうと、魔法の第一歩を踏みしめたのだが……。

「ムツ、思念ダダ漏れですよ。今だったらいいです。この傷がそんなに気になるのなら……」

 どうした風の吹き回しか、メイがそんな事を言ってきた。

 俺にとっては忌まわしいもの。消していいなら、消してしまおう。

「まずは、第一段階……」

 比較敵小傷の治癒だ。これだけでも、だいぶ見違えた。

「第二段階……少し痛むぞ」

 先ほどより強い魔法を掛け、やや深い傷の治療を行った。メイから小さな声が漏れたが、無事に完了した。残るは背中の一本のみ。

「最後だ。こいつは痛い。お前が放っておいたせいだからな」

 前置きして、俺は最強の回復魔法を放った。

「……くっ」

 押し殺したメイの声と共に、最後の傷が塞がった。

「以上だ。まあ、風呂でも入って休め」

「はい」

 メイはヨロヨロと湯船に入り、俺の隣に並んだ。

「……これだけは教えておきますね。『使い魔解除』の魔法」

「不要だ。そんな事をさせるくらいの覚悟なら、最初からこんな馬鹿げた事はしないだろう」

「はい」

 こうして、不愉快な入浴は過ぎていくのだった。

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