第10話 吹雪の終わりに

 この地域には「三日嵐」という言葉がある。一度吹雪が起きれば、三日は収まらないという意味だ。

 食料も水も余裕はあったが、俺たちは真剣に話し合った結果、この伸ばした腕の先すら見えないような猛吹雪の中を、無謀にも突っ走る事を選んだ。地図によれば次の村は近い。テント泊よりそちらがいいとの判断だ。

 叩き付けてくる雪の中、俺は御者台に立って全神経を張り巡らせ、『危険探査』の魔法で半径六十キロ圏内を探る。次の村の姿はもう捉えていた。

『あと二十七キロだ。無理はするな』

 吹き荒れる風で音声による通常会話は望めない。俺は思念会話でメイに言った。

『はい、意思共有で位置はバッチリです。寒かったらすぐに言って下さい!!』

『使い魔の心配をしている暇があるなら、道に迷うなよ』

 亀の這うような速度ではあったが、馬車は着実に村に近づいていった。

 しばらく進むと、いよいよ吹雪が酷くなり、危険探査の魔法すら影響が出はじめた。ノイズが混じって美味くないので、探査距離を短く二十キロとして、精度も大幅に下げた。村がギリギリ確認出来る程度だ。これですら、雪の影響で時折霞む。

『ムツ、速度上げます。このままでは危険です!!』

『おいおい、どっか乗り上げて横転でもしたら、シャレにならないだろう?』

 気持ちは分かるがな……。

『現在位置をムツの魔法と地図で照合しました。危険探査の有効範囲を十メートルに、精度は最大でお願いします。これなら、危険物を回避出来ます』

 ほう、なにか知らんがポンコツにしてはやるな。

『分かった、コケたら殺すぞ』

 俺は言われた通りに危険探査魔法の設定を変えた。瞬間、メイは馬に鞭を入れ、ソリはど派手に雪を掻き立てながら爆走を開始した。

 かなり無茶だなと思ったが、これが功を奏する事になるとは、まだ知らなかった。


 「ポイント・ヒキラエル」そんな名前の村だったと思う。

 俺たちはその消滅を確認した。吹雪に埋もれたわけでもなく、滅多に見ない魔物に襲われたわけでもなく……。

『酷い……』

 まだ思念通話で喋る理性が残っているだけよしとしよう。

 そこら中に人形みたいに散らばった死体、火を放たれて燃える家々。明らかに、人為的な殺戮の痕だ。

『全く、こんな日にご苦労なこった……』

 俺はもう次の作業を始めていた。『危険探査』のレンジを徐々に広げていく、精度を落とさないと雪に負けてしまうが、幸いここから三キロの地点に動く集団を見つけた。

『メイ、見つけたぞ』

『……やって』

 なにかを秘めたメイの声。俺は何も言わない、粛々と攻撃魔法の呪文を呟き、そして放つ。ただそれだけだ。

 相手は一団となって走る二十名。爆発系の魔法でまとめて吹き飛ばすのもいいが、それでは芸がない。

「寒い時期だしな、コレでも食らってろ!!」

 俺の前には二十本の細い氷の矢。それが、一斉に三キロ彼方にすっ飛んで行く。

 ここが腕の見せ所。俺は走り去るソリ群十台に分乗している、二十人の右肩を正確に射貫いた。何か、決めセリフでも吐いていた方が、いいかもしれんな。考えておくか。

 さて、十台のソリが止まった。追うなら今だ。

『メイ、下ごしらえは出来たぞ』

『……分かった』

 メイは手綱を取って猛吹雪の中を滑り出す、一気に加速していくその中でこのポンコツは護身用のクロスボウを取り出した。

『よせ、お前がそんなもん振り回すな。それは、俺の仕事だ。使い魔のな』

 魔法で位置情報をメイに送りながら、俺はクロスボウを引っ込めさせた。

『……任せます』

 ふぅ、相当迫られなけば……いや、あるいはそうであっても、メイには殺しは出来ない。そこが、コイツの数少ないいいところだ。しかし、そのタガが吹っ飛ぶと、どこまでも残酷になれるもんだ。そんなのは、俺は見たくない。

『とりあえず、防御の準備だけはしておいてくれ。相手がなにをしてくるか分からん』

『はい』

 全く、素直に休憩もさせてもらえんのか。やれやれ。


 そこはうめき声の嵐だった。この吹雪の中、ソリから雪上に転がり落ち、さらには右肩を背中から貫通した氷の矢がジワジワと体を蝕んでいく……下ごしらえにはおあつらえ向きだろう。

「さて、お前ら。なかなか派手に暴れてみたいだな。言っておくが、俺たちは正義の味方じゃない。取りあえず、アジトの場所を聞きたいんだが、まずはこいつか……」

 適当な男の旨に手を当て、優しく呪文を一言。

 パン!!

 小爆発が起き、胸に大穴を開けた男は静かに事切れた。

「知ってると思うが、盗賊の類いは私刑が認められている。あれだけ殺しておいて、帰れると思わないことだな」

 ちらっと連中のソリを見れば、僅かながらの財宝類。全く、気に入らない。

『ムツ』

『なんだ、忙しい』

 俺は二人目を「処理」し、三人目へ……

『……なんでもありません。お任せします』

 ふん、半端に引き止めるな。

 そして、最後の一人になった時、俺はその胸に手を当てて問うた。

「……見ていたな? 温まりたいならそうしてやるが、アジトまで導いてくれるのなら……頑張れ。途中で凍死しても知らんが、俺はなにもしない。破格の条件だと思うが?」

 男は恐怖に歪んだ目で俺を見てうなずいた。これだけ植え付けておけば、おかしな行動は取らないだろう。

「ほら、適当なソリに乗れ、俺は気が短い」

 痛みで呻いていたはずが、うそのような勢いでソリに飛び乗って滑り出す男。

『よし、急ぐぞ』

『はい!!』

 こうして、猛吹雪の中の追跡行が始まった。

 この吹雪である。俺たちから逃げようと思えば、そういう素振りがあっても然りなのだが、よほど怖いのか真っ直ぐ雪原を滑って行く。

 そのまま、三十分くらいしたころだろうか。『危険探査』の魔法に何かがかかった。

『メイ』

『分かっています。前方十キロ地点に集落のようなもの確認。この当たりにそのようなものはありません。今は見えませんが、森林地帯になっています』

 どうした、メイ。今だけはポンコツと呼ばないでおいてやろう。

『よし、止めろ』

 メイはソリを止めた。魔法で追尾しているが、あの男はその集落目がけて突き進んでいく。当たりだ。

「いくぞ!!」

 素早く呪文を唱え、俺の前に現れた「炎の矢」は最大数の二百五十六本。それが一斉に集落に向かって飛んでいき……吹雪すら押しのける爆光と爆風を撒き散らした。

「……フィール・グリュック」

 一応、決めセリフ考えてみたぞ。現地語で意味は「幸運を」だ。

『よし、終わった。村に戻るぞ。どっか寝られるところくらいあるだろう』

『はい!!』


 村の犠牲者は四五名。生存者確認出来ず。

 その全ての死体を大きな穴を掘って埋め、何とか無事だった民家に落ち着いた頃には、もう日が傾いていた。

 ちなみに、俺がやった事は魔法で穴を掘って埋めただけ。運ぶのは俺は無理なのでメイが全て一人でやった。

『ああ、待って下さい』

 民家に入る前、メイが急に埋めたばかりの穴の周りに魔法陣を描き、なにやら術を放った。これは、霊術か……。

『簡単なものですが『鎮魂』の術を使いました。これで、妙なものに憑依される心配はないでしょう』

 どうした、本当にメイが冴えているぞ?

 これは不安定な状態の霊魂をはっきりと肉体から切り放し、ある意味「安定」させる効果がある。これで、妙な魔物に変化してしまう可能性はなくなった。

 というわけで、民家に籠もった俺たちは、取りあえず煖炉に人をつけて温まるのをまった。お互いに雪まみれではあったが、それを払う気力はなかった。

「ねぇ、ムツ。結構無理したでしょ?」

「……なんの話しだ?」

 俺は自分の荷物袋の中から、スティック状に切って乾燥させた、鶏ささみを取り出して噛んだ。一服入れるにはちょうどいいお供だ。

「あなたは、平気で人の胸板に穴を空けられる子じゃないって、分かってるつもりよ。これでも、一応主だから」

 ……。

「だったらどうした? 俺は必要な事を必要な時にやっただけだ」

 どうにも、居住まいが悪い。俺は笑みを浮かべるメイから目を反らすと、手にしていたささみをガリガリ囓った。

「さて、温まってきましたし、まずは寝る準備をしましょう。ソリから寝袋を取ってきますね」

 こうして、惨劇の村での夜は過ぎていった。

 全く、今日は疲れた。休もう……。


 「三日嵐」も気が変わったようで、嘘のような好天となった。

 さて、ここからは時間勝負だ、再び荒れる前に先に進めるだけ進むのみ。

 結局、それ以降はトラブルもなく、無事に魔法薬を渡して帰宅したのだった。

「あー、もうしばらく休むぞ。外出はなしだ!!」

 俺は窓際の特等席に陣取り、そっと目を閉じた。

「……やっぱり、ゴロゴロ言ってる」

 思いの外近くで聞こえたメイの声に、俺は特等席から転げ落ちてしまった。

「ななな、なんで、お前そんな場所に!?」

 まるで俺に顔をくっつけようかという位置に、メイのニマニマ笑顔があった。

「いえ、猫さんはやはり、ゴロゴロ言っているのがいいなぁと。お茶でも飲みながら……」

「三件隣のばあさんとやれ!!」

 よかった、メイがポンコツに戻った。こうでないと気持ちが悪い。

 こうして、吹雪の行軍は終了した。願わくば、面倒な事が起きませんように。

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